第141話 私のことが好きなんだと思う
「アレクー、レリーナー」
何やら僕達を呼ぶ声が聞こえた。
この声は――
「ジスレアさんだ」
1-4エリアにて休憩を取ろうとした僕とレリーナちゃんの前に、美人女医のジスレアさんが現れた。
「やあアレク、レリーナ」
「こんにちはジスレアさん。ジスレアさんもダンジョン探索ですか?」
「ダンジョン探索?」
「違うんですか?」
「あ、うん。ダンジョン探索か、ここがダンジョンだっていう感覚があんまりなかった」
「そうですか……」
まぁ仕方ない。正直なところ、僕もあんまりないのだから……。
「あ、それじゃあもしかして、ヒカリゴケですか?」
「ヒカリゴケ?」
「はい。ヒカリゴケは薬の材料になると――なんでもないです」
ヒカリゴケは薬の材料になると、村の人から聞いたのだ。
ならば美人女医のジスレアさんも、ヒカリゴケを求めてダンジョンに来たのかと思ったのだけど……ジスレアさんが薬を
「ヒカリゴケがどうかした?」
「いえ、なんでもないです」
「そう? えぇと、二人に話があるんだけど……とりあえずレリーナ、その顔はやめてほしい」
さっきからレリーナちゃんが黙っていると思ったら、ジスレアさんに向かって変な顔をしているらしい。
言葉につられてレリーナちゃんの方を向くが――特別変わった顔はしていない。
「えっと、別に変な顔はしていないみたいですが?」
「アレクが見たからやめたんだ。さっき私に対して――あ、ほら今」
「えぇ?」
再びレリーナちゃんの方を見るが……レリーナちゃんは不思議そうにキョトンとした顔をしているだけだ。
「いつものレリーナちゃんですけど?」
「違うのに……」
……まぁたぶん、僕が見ていないとき、レリーナちゃんはジスレアさんに怖い顔をしているんだろう。
きっと二人の時間を邪魔されると考えて、ジスレアさんを
いったいどうしたものか。『見ていないけど怖い顔をしている気がするから、それはやめるんだレリーナちゃん』と、注意した方がいいのだろうか……?
「レリーナ。確かにレリーナが怒る気持ちはわかる。デートの邪魔をされたと感じたんでしょう?」
「いえ、私は別に……」
「けど別に、私はそんなつもりじゃない」
「はい……」
レリーナちゃんを優しく
「たしかにアレクは――私のことが好きなんだと思う」
「……は?」
……はい? え、急に何? どうしたのジスレアさん。
「アレクは私の診療所に、事あるごとに訪ねてくる。指のささくれ程度でも訪ねてくる。私のことが好きなんだと思う」
ささくれ痛くて……。それに、ジスレアさんはすぐ治してくれるから……。
「二週間に一回くらい訪ねてはお金を置いていくから、相当好きなんだと思う」
……二週間に一回通っていることを、レリーナちゃんに
あ、もしかしてジスレアさん迷惑だった――?
「私もアレクと話すのは楽しいから、それは別に構わないんだけど、『ささくれ痛くて』とか『なんか体調が悪い気がする』とか言って、しょっちゅう現れる。たぶん適当な理由をつけて、私に会いに来ているだけだと思う」
別に迷惑でもないのか、それは良かった……。
ちなみに『なんか体調が悪い気がする』ってのは、狩りで怪我をした日のことだろう。感染症とかが怖いので、怪我をした日は毎回ジスレアさんの診療所へ寄っているのだ。
決して『適当な理由をつけて、会いに行っているだけ』ではない。……まぁ、美人女医さんとお喋りしたいって気持ちも、ないことはなかったりするんだけど。
「そんなアレクが好きな私のことを、レリーナが警戒するのもわかる」
……さすがに『アレクは私が好き』をここまで連呼されると、なんだかちょっと恥ずかしい。
「だけど、今日は少し二人に伝えたいことがあっただけで、デートの邪魔しようと思ったわけじゃない――だから落ち着いてほしい」
すごいなジスレアさん……。ここまで
果たして今の言葉を聞いて、レリーナちゃんは落ち着いてくれたのだろうか……?
「そ、そういうことらしいけどレリーナちゃん――ヒッ」
僕がレリーナちゃんに問いかけながら、おそるおそる振り返ると――そこには般若がいた。
なるほど……。どうやらもう、表情を変える余裕はないようだ……。
◇
「それで、僕たちに伝えたいことがあるそうですが?」
「う、うん。レリーナは大丈夫……?」
「ええ。だいぶ落ち着いたみたいですから」
びくびくしながら尋ねるジスレアさんに、僕は答えた。
「大丈夫だよねレリーナちゃん?」
「フーッ! フーッ!」
……まぁ『ふーふー』言っている様子からは、とても落ち着いた様子には見えないだろう。
しかし最初から比べると、これでもずいぶんと冷静さを取り戻してくれた方だ。
本当に、一時はどうなるかと思った。――ジスレアさんが回復魔法を使えてよかった。
「ごめん二人とも。少し無神経なことを言ってしまったかもしれない……」
「いえ、まぁ……」
どう考えても『かもしれない』どころじゃなかったけどね……。完全に煽っていた。すごい煽りスキルだった。
「それで、伝えたいこととは?」
「あ、うん。昨日まで、このエリアの先にはダンジョンコアのエリアがあったんだけど、今はもう変わっている」
「あー……そうですか」
ダンジョンコアのエリアは、ダンジョンの最奥に配置しようとナナさんと決めていた。
なので今までは、1-4エリアの先にコアのエリアがあった。
そして今回、地下二階に2-1エリアを作った。
なのでコアのエリアも地下二階へ移動し、2-1の先へ配置されているはずだ。
「世界樹様のメッセージが書かれた扉もなくなっていて、代わりに地下への階段ができていた」
「ほうほう。さらに地下ですか」
「階段の先には――森が広がっているらしい」
「森? ――あ」
あぁ、それは言わないでほしかったのに……。
ネタバレをくらってしまった。ここにきて、ジスレアさんにネタバレをくらってしまった……。
しかし森? 森だと? 森の中のダンジョンの中で……森?
……ちょっとナナさんのセンスがわからない。
「今も十人くらい森のエリアを探索している」
「ジスレアさんは行かなかったんですか?」
「ジャンケンに負けてしまって」
「……なるほど」
どうやら誰が最初に新エリアへ挑むかを、ジャンケンで決めたらしい。そしてジスレアさんは、負けてしまったようだ。
「みんなで話し合って……階層も変わるし新しいエリアだし、最初は少人数で様子見しようって」
「それで十人が先行したんですか」
「うん。十人が無事に探索を終えて戻ってきたら、他の大人達にも開放しようって」
「そうですか……あれ? 大人達? え、子供は?」
僕達子供は? 子供エルフにはいつ開放されるの?
「子供は……大人達の探索が終わったその後」
「えぇ……」
またなのか。またしても子供エルフには規制がかけられるのか。
ディアナちゃんじゃないけど、『ずるいずるいー』と泣きたい気分だ。結構楽しみにしていたのに……。まぁ、すでにネタバレはくらってしまったが。
「そうですか、入れないんですか……」
「うん」
「本当にダメなんですか?」
「うん」
「そうですか……」
「うん……」
本当にダメらしい。
残念、僕たちの冒険はここで終わってしまった。
そうか、ここまでか。これで探索が終わりとなると――あれほどしつこく立てていたフラグは、いったいなんだったのだろう?
ナナさんの『大船に乗ったつもりで』発言とか、いったいなんだったのだろう……。まさか大船が沈没どころか、出港すらできないとは……。
「とにかく、それを伝えようと思った」
「そうですか、わかりました。ありがとうございます」
まぁジスレアさんに文句を言っても仕方ない。大人エルフも子供エルフの安全を考えてくれた結果なんだ。残念だが仕方ない。
「今日の探索はここまでらしいよ、レリーナちゃん」
「ふー、ふー」
ん、だいぶ収まってきたみたいだ。もしかしたらレリーナちゃんの右手を恋人つなぎにしていたのがよかったのかもしれない。
レリーナちゃん右手は危険なので掴んでいたのだけど、せっかくならレリーナちゃんが好きな恋人つなぎをしてあげようと思ったんだ。
恋人つなぎは、レリーナちゃんへのリラクゼーション効果が見込めるらしい。
「じゃあ、少しここで休憩したら帰ろうか?」
「ふー」
まだ軽く人間性を失っているレリーナちゃんだったけど、こくんと首を縦に振って意思表示してくれた。
「もう探索は終わり?」
「はい。少し休んだあと、帰ろうかと思います」
「そう。それじゃあ休憩が終わったら、始めてもらってもいい?」
始める……? 何を?
「私も、今日はそれを
いや、だから何を?
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