第139話 恋人つなぎ


 ダンジョン開放三日目。

 いよいよ今日は、レリーナちゃんとダンジョン探索だ。


「さてナナさん、新エリアはまだ作っていないんだよね?」


「はい。マスターが出発してから作る予定です」


「そっか、それじゃあ――『ダンジョンメニュー』」


 まだネタバレの心配もないということなので、僕はメニューを開き、現在のダンジョン状況を確認する。


「うーん……。今日も大勢探索者がいるなぁ――っていうか、なんだか増えてない?」


 メニューの時計を見ると、まだ朝の十時前だ。だというのに、そこそこの探索者がすでに集まっている。僕らがダンジョンに到着するころには、もっと増えていることだろう。


「昨日までと比べても、妙に人数が増えているんだけど、これは……」


「ほうほう。これはやはり、マスターのお遊戯会効果ではないですか?」


「え……。じゃあこの人たちは、僕のお遊戯を見ようと集まっているわけ?」


「そうだと思います。他に理由も考えられませんし」


「えぇ……」


 だとしたら、僕のお遊戯会はすごいな。下手にダンジョンを改築するよりも集客効果があるじゃないか。


 というか、やはりエルフの口コミはすごい。お遊戯会は一昨日から始めたというのに、もう噂が広まっている――


 広まっているのか……。僕がお遊戯会をしているという噂が、広まっているのか……。

 恥ずかしいので広めないでほしい……。


「これはもう、今日もやるしかありませんね」


「まぁ本当に僕のお遊戯会目当てかどうかはわからないけどさ、そこまで期待されたら、やっぱりやるしかないのかな……」


「なんだかんだマスターもやりたいのでは?」


「いや、そんなことは……うん?」


 ぼんやりとメニューを眺めていて、ふと気になったことがある。――メニュー内に表示されたダンジョン名だ。


 昨日は確か、『ユグドラシルさんとナナアンブロティーヴィのダンジョン』だったはずだ。

 それを見て、『なんかナナさんの名前が増えている……』なんて考えていた。


 そして今日、またしてもダンジョン名が変えられていたことに気が付いた。


 新たなダンジョン名は――


『ユグドラシルさんとナナアンブロティーヴィフォンのダンジョン』


 ……また増えてる。


 ダンジョン名には、新たに『フォン』が、追加されていた。

 ……どういうことなのだろう? 一日一つずつ足せば、僕が気が付かないとでも思ったのだろうか?


 どうでもいいんだけど、ダンジョン名には記号が使えないから『・』も打てないんだろうな。中点がないせいで、ナナさんの名前も少し読みにくい。

 『アンブロティーヴィフォン』とか言われると、なんだかスマートフォンの一種っぽい。……いや、本当にどうでもいいんだけどさ。


「……どうかしましたか?」


「ん? んー……」


 とりあえず僕はメニューを操作して、ダンジョン名を『アレクシスとユグドラシルさんとナナのダンジョン』に変更した。


 『アンブロティーヴィフォン』を消去して、代わりに僕のフルネームである『アレクシス』を追加してみた。


「さて――」


「今、何をしました?」


「いや別に」


 なんだかナナさんが疑いの視線を投げかけてきたけど、素知らぬ顔をする僕。

 まぁナナさんがメニューを開いたら、その瞬間バレるんだけれども。


「それじゃあ行ってくるよ?」


「はぁ、いってらっしゃいませ……」


 ナナさんは僕に疑いの視線を送り続けているけど、そろそろ出発だ。


「とりあえず、新しい階層をよろしくね?」


「あぁはい、お任せください。すでに新エリアの構想は固まっていますし、ダンジョンポイント的にも問題ないことを計算済みです」


「そっかそっか」


「マスターは、大船に乗ったつもりでいてください」


「……うん。ありがとう」


 大船か……。



 ◇



「あ、お兄ちゃん。おはよう」


「おはようレリーナちゃん」


「早いねお兄ちゃん」


「うん」


 今回は待ち合わせに遅れることなく、レリーナ宅に到着した。

 道中で走りキノコにさえ会わなければこんなもんよ。レリーナちゃんも、早く到着した僕を褒めてくれた。走りキノコより少し速い程度の僕だけど、レリーナちゃんは僕の早さを褒めてくれる。


「だけど少し待たせちゃったかな?」


「ううん。大丈夫。私待つの得意だから」


「そう?」


「うん。ちゃんと待っていれば、お兄ちゃんは必ず私のところへ来てくれるから――ね? そうだよね、お兄ちゃん? 結局は私のところへ来てくれるんだよね?」


「う、うん」


 なんだか妙に深い意味をもった問いかけな気がする……。


「えぇと、とりあえず行こうか?」


「うん」


 笑顔でうなずいてから、手を差し出してくるレリーナちゃん。僕はその手を握って、二人で歩き出す。


 手をつないでの移動は、レリーナちゃんとの約束だ。

 以前ナナさんと手をつないでいるのを見られて、僕の眼球やナナさんの爆乳を削ぎ落とされそうになったときに、『これからはレリーナちゃんとも手をつなぐ』と約束した。


 なので、今日も手をつないで歩き出そうとしたところ――素早くレリーナちゃんの指先が踊り、指と指が絡むように手を握り直された。


 ――いわゆる恋人つなぎというやつだ。


 この世界でそんな呼び方は聞いたことがないのだけど、何故かレリーナちゃんはこの握り方を非常に好む。


「どうしたの、お兄ちゃん?」


「いや、なんでもないよ? 行こうか」


 とりあえず手をつないで歩き出す。別にどんな握り方でも構わないんだけどさ、結構恥ずかしかったりするんだよね。

 時折道行く人から、『ヒューヒュー』って言われるんだよ『ヒューヒュー』って……。



 ◇



 仲良く手をつなぎながら歩き続けた僕とレリーナちゃんは、村を抜けて森に到着した。


 ……最近気が付いたんだけど、レリーナちゃんは僕のスピードに合わせて、微妙に速度を落としてくれている気がする。

 こういうのって、普通は男性側が速度を緩めるものだと思っていたんだけどな……。


 まぁそれはさておき、森に着いた。


「レリーナちゃん?」


「どうしたの、お兄ちゃん?」


「いや、手を」


 ここからは森だ。危険なモンスターが出る森だ。

 よくよく考えると、大して危険でもないけど、一応はモンスターが出る森なのだ。


 そんな森の中を恋人つなぎで闊歩かっぽするのは、さすがに舐めすぎだろう、森を舐めすぎだ。

 というわけで、絡まれた指を解除したい。


「もう森に入るから、手を離そうかレリーナちゃん」


「えー」


「いやいや、『えー』じゃなくてさ。この状態でモンスターが来たらどうするのさ、これじゃあ戦えないよ?」


「うーん……。お兄ちゃんが弓を持って私が矢を引けば、手をつないだままでも戦えるんじゃないかな?」


 何そのラブラブな合体攻撃は……。

 時と場合によっては、ラスボスすら倒せる必殺技に昇華しょうかしそうだけど……。


「ダメかな?」


「いやダメでしょ。まぁちょっと面白そうだから、訓練場とかで試してみたい気もするけど……」


 まとに命中させるくらいは、普通にできそうな気がする。


「けど、さすがに実戦ではやめよう」


「そっかー」


「やっぱり森で手をつなぎ続けるのは危険だよ。僕はもう、あんな目にはいたくないよ……」


 ――以前、僕とレリーナちゃんとディアナちゃんの三人で森に行ったとき。

 僕とレリーナちゃんは恋人つなぎをしていたわけだけど……その逆の手をディアナちゃんに恋人つなぎにされてしまった。


 ガッチリと両手の指をロックされてしまい、『二人とも、これは危ない。危ないからやめよう』と、必死に抗議こうぎしたのだけど、そのまま森の中に連れて行かれてしまった。


 そして運悪く、イノシシ型のモンスター――ボアと遭遇そうぐうした。


 僕を挟んで、やいのやいの言い争うレリーナちゃんとディアナちゃんは、ボアに気付いていなかった。

 ボアは僕に視線をロックし、まっすぐ突進してきた。両手をロックされて動けないままの僕は何もできず、そのままボアの突進をくらった。死ぬかと思った。


 突進を受けて、そのまま吹き飛ばされでもしたら、衝撃を逃すこともできただろう。

 しかし、両サイドの二人はガッチリと指をめたまま、なおかつ僕を離さないように踏ん張った。


 その結果、僕はボアの突進を真正面から体で受け止め、その衝撃を余すところなく体に受けることとなった。死ぬかと思った。


 あのとき僕は悟ったんだ。森の中で恋人つなぎは、非常に危険だと……。





 next chapter:レリーナちゃんとダンジョン探索

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