第135話 お遊戯会


 ダンジョンができて、三ヶ月ほど経った。


 さすがに三ヶ月も経つと、ダンジョンに訪れる探索者の数も減ってきた。予想はしていたけど、寂しいものだ。


 とはいえ、すぐに飽きられてしまうと考えていた僕の予想を裏切り、三ヶ月もねばったのだ、大したものだろう。


 それに、だいぶ減少傾向にあるとはいえ、未だにダンジョンへ訪れる探索者も少なくはない。

 できる限りそんな探索者さんたちに楽しんでもらえるよう、ダンジョンマスターとして精進しょうじんしていこう。


 ――そんな中、いよいよ僕たち子供エルフにも、ダンジョンが開放されようとしている。


 村長である父は『そろそろ子供たちの探索も許可するよ』なんてことを言っていたけど――結局それから一ヶ月も待たされた。


 ……まぁ、おそらく僕とナナさんが、毎日こまめにダンジョン拡張を繰り返したせいだろう。

 そのせいで心配になった父が『もうちょっと、もうちょっと待って……』と、ダンジョンの解禁を先延ばしにしたのだ。


 いい加減ユグドラシルさんに規制解除をお願いしてしまおうかとも考えていたが……ダンジョン発見から三ヶ月経った今日、ようやく子供エルフによるダンジョン探索が解禁される――


「マスタ――アレク様、よろしいですか?」


「いいよー」


 出発の準備をしていると、部屋の外から僕を呼ぶナナさんの声が聞こえた。

 誰かに聞かれるとまずいので、『マスター』ではなく『アレク様』と言い換えたのだろう。

 ……まぁ、ほとんど『マスター』と言い切った後だった気もするけど。


「失礼します。あぁ、もう準備はできていますね」


「うん。行ってくるよ。えぇと……『世界樹様の迷宮』へ」


 『世界樹様の迷宮』――これがアレクナナカッコカリダンジョンに付けられた名前だ。


 いつしかアレクナナカッコカリダンジョンは、ユグドラシルさんが作ったダンジョンだと認識されてしまった。

 そして、いつの間にか『世界樹様の迷宮』なんて名前で呼ばれ始めた。


 僕からすると、なんだかその名前は前世でやっていたゲームのパクリっぽくて、微妙に気になるところではある。

 しかしメイユ村でもルクミーヌ村でも、もうすっかりその名称が定着してしまった。仕方ないので僕とナナさんも、それにならうことにしたのだ。


「それで、ナナさんは何か用かな?」


「はい。そろそろ出発だと、お祖父様が」


「あぁ、そうなんだ。ありがとうナナさん」


 今回のダンジョン探索は、父が同伴する。

 父と僕がダンジョンを探索し、問題がなければ子供エルフのダンジョン探索が許可されるという流れだ。


 逆に言えば、僕がダンジョン内で上手いこと立ち回らなければ、子供エルフのダンジョン探索は引き続き規制されてしまう。これは責任重大だ。


 責任重大なのだけど――


「正直なんの心配もないよねぇ」


「まぁそうでしょうね」


「そもそもさ、今だってダンジョン内には多くの村人がいるんだよ? あんまりまともな探索になるとも思えないんだけど……」


 僕は『ダンジョンメニュー』と唱え、メニューを目の前に呼び出す。


「ほら、今も結構な人数が……うん?」


「どうかしましたか?」


「えぇと……」


 気になったのは、メニュー内に表示されているダンジョン名の項目だ。


 ダンジョンの名前が『世界樹様の迷宮』と決まったとき、僕はメニューのダンジョン名もそのように変更しようとした――が、そこで問題が発生。


 メニューで設定できるダンジョン名は、最後が『ダンジョン』で固定されているのだ。

 なので『世界樹様の迷宮』と打ち込もうとしても、『世界樹様の迷宮ダンジョン』になってしまう。


 なんとも締まらない名称だ。どうしたものかと迷って……とりあえず『ユグドラシルさんのダンジョン』と、打ち込んでおいた。


 打ち込んでおいたはずなのだけど、今メニューに表示されているダンジョン名は――


『ユグドラシルさんとナナのダンジョン』


 ナナさん、こっそり自分の名前もダンジョン名に足してる……。


「これは……」


「マスター……?」


 そこで、ナナさんが微妙にソワソワしていることに気が付いた。なんだかイタズラがバレた子供のようだ……。


「いや、なんでもないよ?」


「ふぅ……そうですか」


 まぁ別に怒ることでもないか。

 僕の名前は足してくれなかったことは少しだけ気になったけど……まぁいいや。


「とりあえず行ってくるよ」


「ご武運をお祈りします」


「そこまで気合を入れるものでもないと思うけどね……」


「とはいえ、万が一ということもあり得ますので」


「あるのかなぁ……。まぁ三ヶ月ぶりのダンジョンだし、いろいろ確認して、村人の様子なんかも見てくるよ」


 ダンジョンメニューにはライブ映像を見る機能があるけれど、一番最初に決めた誓いを守り、僕は一度も映像を見ていない。

 なので、実際に誰かがダンジョンで活動しているのを見るのは、これが初めてだ。


「僕たちが作ったダンジョンを楽しむ人達を、この目で確認できるのか。なんだかそれは楽しみだね」


「そうですね。あとで私にもお話をお聞かせください。――では、いってらっしゃいませマスター」


「うん。じゃあ、行ってくるね!」



 ◇



「もう行きたくない……」


「出発前の元気はどこへ行ったのですか……」


 父とのダンジョン探索を終えて自宅へ戻ってきた僕は、めそめそとナナさんに泣きついた。


「何か失敗があったのですか?」


「いや、探索自体は問題なかったと思う。何事もなく済んだよ……」


 明日からは、他の子供たちにもダンジョンが開放されるはずだ。


「では何が?」


「ダンジョンで、とてもひどいはずかしめを受けたんだ」


「辱め? なんだか穏やかじゃありませんね……」


「うん。あれは、なんというか――お遊戯会?」


「……お遊戯会?」


「お遊戯会」


 たぶん『お遊戯会』が、一番近い表現だと思う。


 父とともにダンジョン内へ入ると、そこには多くの村人がいた。そして僕は、村人から熱烈な歓迎を受けることとなる。


 幼い僕がダンジョンを探索している姿を見て、村人たちは応援しようとしてくれたのだろう――保育園のお遊戯会で、劇を演じる幼児を温かく見守る保護者のように。


 僕はそれが、なんだかとても恥ずかしくなってしまったのだ……。


「大勢の村人が、僕を遠巻きに応援しだしたんだ」


「えぇと……そうですか」


「なんだか声援もいっぱいもらったよ……。大ネズミを倒したときなんか、大声援で拍手喝采はくしゅかっさいだよ」


「はぁ」


「とても恥ずかしかった……。あれほどの辱め、生まれ変わって初めて――――え、何?」


 なんだかナナさんが微妙な顔でこちらを見ている。まるで『心配して損した』とでも言いたげな顔だ――


「心配して損しました」


 言われたわ。


「いやいやいや、ナナさんはあの温かい空間を体験していないからわからないんだよ」


「温かいならいいじゃないですか」


「大ネズミを一匹倒しただけで、『これは将来剣聖だな!』とか言われたんだよ? 『末は博士か大臣か』みたいなノリで」


「いいじゃないですか、将来を嘱望しょくぼうされているんですよ」


 なんだかナナさんが僕の気持ちをわかってくれない。僕はとてもつらい気持ちを味わったというのに。


「それで、マスターはどうしたんですか?」


「え?」


「『将来は村長だな!』って言われて、どうしたんですか?」


「村長は言われていないんだけど?」


 というかその言い方、微妙に村長を馬鹿にしてやいないかい?


「失礼しました。それで、村人にちやほやされてどうしたんですか?」


「ちやほやって……。まぁ普通に笑顔で応えたけど……」


「笑顔……?」


「だって、村の人たちも悪気はなかったんだろうし……」


 仕方ないので、僕もそのノリに合わせた。

 僕はお遊戯会で劇を演じるような幼い子供ではないけれど、それで怒るほど子供でもないのだから……。


「つまり大ネズミを弓で倒して、笑顔でカーテンコールを受けたわけですよね?」


「カーテンコールて……あ、弓じゃなくて、倒したのは剣だね」


「そうなんですか? 何故剣で?」


「ん? まぁ、みんな剣聖の息子って部分に期待しているんだろうなって……。だから、そこはアピールしとこうかなって……」


 実際剣で大ネズミを倒したときには、大いに盛りあがった。


「……もうノリノリじゃないですか。お遊戯会の主役を、ノリノリで演じきっているじゃないですか」


「いや、ノリノリではないんだけど……」


 ただやっぱり舞台に上る以上、観客の期待には応えなきゃなって……。





 next chapter:VS走りキノコ

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