第105話 ナナ・アンブロティーヴィ・フォン・ラートリウス・D・マクミラン・テテステテス・ヴァネッサ・アコ・マーセリット・エル・ローズマリー・山田


「んー……。ん?」


「…………」


「ヒッ」


 目が覚めると、知らない人に見られていた。


「あ、あの……」


「…………」


 え? 何? 誰? どこ?


 えっと……。普通に家だ、自室のベッドだ。知らない人に上から覗き込まれているけど、自室のベッドだ。


 僕は昨日、レベルが15に上がった。そして寝ている間に天界に呼ばれ、チートルーレットを回してから、再び自室のベッドに戻されたのだろう。


 そして……起きたら知らない人に見られていた。

 たぶんこの人は、昨日チートルーレットで獲得した『ダンジョンコア』の関係者だと思う。

 何故なら――明らかにエルフじゃない。


 前髪パッツンショートボブの黒髪黒目の女性。年齢は二十歳くらいで、黒いブラウスとスカートを着用している。

 髪型もそうだし、髪色も目の色も服装もエルフじゃない。こんなよくわからない人が突然僕の部屋にいたんだから、昨日のチートルーレットが関係していると考えるのは当然だろう。


「あ、あの、どちら様で……?」


「問おう。あなたが私のマスターか」


「…………」


 えぇと……。


 確かに僕はダンジョンコアを獲得した。そうすると僕は、ダンジョンマスター的な存在になったのかもしれない。

 そしてこの女性がダンジョンの関係者、もしくは『ダンジョンコアそのもの』ならば、僕は『マスター』で合っている。


 マスターで合っているんだけど……なんだか妙に聞き覚えのあるそのセリフが引っかかる。偶然なのかな……?


「問おう。あなたが私のマスターか」


「えっと、ちょっとわかんないです」


 呆然ぼうぜんとしていたら、再び名セリフを繰り返された。

 そもそも僕はあなたが誰だかわからない。ダンジョン関係者なの? それともアーサー王なの?


「いやあの、突然すぎて何がなんだか……。どちら様でしょうか?」


「あなたは昨日、ダンジョンのマスターになりましたね? 私はあなたが獲得したダンジョンコアの『ナビゲーター』です」


「ナビゲーター?」


 そうか。昨日獲得したダンジョンコアには、そんな助手的な人も付属されていたのか。

 正直なところ助かる。いつものように女神ズは、獲得した景品の詳しい説明をしてくれなかったのだ。『アレクちゃんが帰還後にダンジョンコアは送るから』とだけ言われた。


 ちなみに、その後は天界でお茶会を再会した。のんびり一時間くらい歓談かんだんしただろうか。それから僕はこの世界に転送された。

 結構長い時間天界にいたわけだけど、その間は時間の流れとかどうなっているんだろうね?


「問おう。あなたが私のマスターか」


 僕がぼんやり考え事をしていたら、また問われてしまった。

 もしかして僕が『はい』と答えるまで、問われ続けるんだろうか……。


「えっと、たぶんそうなると思います。確かに昨日ダンジョンコアを貰いました。……まぁ貰う約束をしただけで、まだ貰ってはいませんが」


「では、私のマスターですね。これからよろしくお願いしますマスター」


「あ、はい。よろしくお願いします」


 ナビゲーターさんがぺこりと僕に頭を下げてきたので、僕もベッドから起き上がって頭を下げる。


「あ、けどその『マスター』ってのは、どうにかなりませんか?」


「と、言いますと?」


「マスターなんて呼ばれるのは、なんだか少し恥ずかしいです……」


「それでは、なんとお呼びすれば?」


「え、別になんでもいいですけど――」


「ではアレクと。――ああ、この響きは実に君に似合っている」


「…………」


 これはもう偶然じゃないな。


 最初の『問おう。あなたが私のマスターか』だけならまだしも、そんなセリフまで出てきたら、これはもう偶然じゃない。


「ふふ、気付かれましたかマスター」


 何処となく自慢げな表情のナビゲーターさん。というか結局マスターと呼ぶのか。


「お察しの通り、このセリフは前世でマスターが好きだったエロゲーのセリフです」


「エロゲー……」


「エロゲーでしょう?」


「エロゲーだけど」


 今はもうエロゲーって呼んだら怒られる気がする……。


 というかその言い方だと、僕が前世でエロゲー大好きだったみたいになるから、ちょっとやめてほしい。そこまで好きだったわけじゃない、たしなむ程度だ。


「ひとまずそれは置いといて、なんでそんなセリフを知っているんでしょうか?」


「私とマスターはリンクしていますから。マスターの知識や経験を、私は受け継いでいます。いわば、マスターは私の父です」


「父……」


 知らん間に娘ができていた。まだ十二歳だというのに、いつの間にか僕は父になっていた……。


「正確には、マスターとダンジョンコアがリンクしていて、ダンジョンコアと私がリンクしている感じですか」


「へー」


 知らん間によくわからん物とリンクしていた。よくわからん物にリンクが貼られていた。


「それでその、少しうかがいたいのですが、ナビゲーターさんは――」


「マスター、私に対して敬語は必要ありませんよ? もっとフランクにどうぞ」


「はぁ、そう……なのかな? じゃあナビゲーターさんも、僕に対してフランクにどうぞ」


「いえ、大丈夫です」


「そう……」


 フランクにと言われて、歩み寄ったら拒絶きょぜつされてしまった……。


「えぇと……とりあえずナビゲーターさんの名前を教えてほしいんだけど」


「名前はありません」


「ないの?」


「はい。なにせ私は昨日ダンジョンコアから生まれた存在です。まぁそのダンジョンコアも昨日生まれたのですが」


「あー、そうなんだ」


 昨日生まれたというか、たぶん生まれてから数時間しか経っていないんじゃないかな?

 数時間でここまでちゃんとしているのは、なんだかすごい。僕なんて生まれてしばらくは、ずっと泣くことしかできなかったのに。


「よろしければ、マスターが私の名前を考えていただけませんか?」


「え? 僕が?」


「お願いします。娘の名付けは、父として最初にすべき仕事だと思います」


 まだ僕には父親としての自覚が芽生えていないんだけど……。


「じゃあ、えーとえーと…………『アコ』。『アコ』で」


「それはもしかして、ダンジョンコアの『コア』をひっくり返して『アコ』ですか? 少々安直すぎやしませんか?」


 ……ダメ出しされてしまった。

 いやけど急に言われたって決められないよ。ダンジョンコアの真ん中を取って『ジョン子』とかよりはマシじゃない?


「そんなにイヤなら違うのにするけど……」


「はい」


「…………」


「…………」


「えっ」


「えっ」


「……え? あれ? 本当に違うのにするの?」


「マスターがそう言ったんじゃないですか」


「いや、確かに言ったけど……」


 まさか本当に代案だいあんを求められるとは思わなかった。大抵こういうのは、最初に言ったやつで決まるものだとばかり……。


 てっきり『仕方ないですね。その名前でいいです、本当はイヤですけど、その名前で我慢します』とかなんとかツンデレセリフを語って、渋々のふりをしつつ内心喜びながら受け入れるんだとばかり……。


「次、お願いします」


「次?」


「名前案、第二候補を」


「えっ、えっ……。じ、じゃあジョン子で――」


「ふざけてるんですか?」


「えぇ……」



 ……その後、僕は何度もボツとダメ出しを受けつつ、ナビゲーターさんの名前を考えた。


 最終的にナビゲーターさんの名前は、『ナナ・アンブロティーヴィ・フォン・ラートリウス・D・マクミラン・テテステテス・ヴァネッサ・アコ・マーセリット・エル・ローズマリー・山田』に決まった。


 娘的な存在らしいナビゲーターさんの名前、僕は父親的な存在らしいけど……フルネームを覚えられる自信があんまりない……。





 next chapter:ダンジョンコア

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