第68話 お兄ちゃんが『パラライズアロー』を試したいなら…………私で試しても、いいよ?


「ねぇ、お兄ちゃん」


「……なんだい?」


 訓練を終え、二人でのんびり休憩していると、レリーナちゃんが改めて僕に問いかけてきた。


 『ねぇ、お兄ちゃん』――レリーナちゃんからこの台詞を聞くと、なんだかドキドキしてしまう。

 この台詞のあと、僕は彼女に詰問されることが多いんだ。


「『パラライズアロー』って、使ってみてどうなのかな?」


「……あぁ、なんだ」


 今回は僕の女性関係について、厳しく問い詰めるつもりではなかったらしい。


「どうしたの?」


「いや、何でもないよ? 『パラライズアロー』か……」


「うん。見ていたけど、何かが変わった感じはしなかったから」


「そうなんだよね。身体の魔力が減った感覚はあるから、ちゃんと発動はしていると思うんだけど」


「当たった人は痺れちゃうんでしょ?」


「そうらしいよ?」


 何発もパラライズアローを浴び続けた米俵は、足腰立たないくらい痺れているはずだ。


「人に当てたことはないの?」


 いきなり怖いこと言うなぁレリーナちゃん……。


 当然人に当てたことはない。こんなよくわからないものは、よっぽどのことがない限り人には射っちゃダメだと僕は思う。


 使っている矢はいつもと同じ物なのに、当たると麻痺する理由がまるでわからない。

 どういう仕組みなの? 毒的なものなの? 電気的なものなの? はたまた、対象の神経に、的確にダメージを与える技なの?


「人にも動物にも当てたことはないよ、もちろんモンスターにも」


「そうなんだ」


「ローデッ――詳しい人に聞いたんだけど、結構珍しいスキルアーツで、なかなか優秀な技らしいね」


「ふーん……」


「まぁ実際に使ってからじゃないと、なんとも言えないけど」


「そっか……そっかぁ……」


 そう呟いたあと、レリーナちゃんは下を向いて、なんだか考え込んでいる。どうしたんだろう?


「お兄ちゃん」


「なんだい、レリーナちゃん?」


「お兄ちゃんがしたいなら…………私、いいよ?」


「………………」


 顔をあげたレリーナちゃんは、覚悟を決めたような表情で、おかしなことを言い出した。


 突然何を言い出すんだレリーナちゃん。こんな昼間っから、しかも野外で……。開放的すぎるよレリーナちゃん……。


「い、いきなりどうしたんだい、レリーナちゃん?」


「お兄ちゃんも試してみたいかなって……」


 何をだ! 九歳の幼女に試してみたいことなんてない!


「本番で失敗しちゃうかもしれないし、それなら私で試しておいた方がよくない?」


 なんかレリーナちゃんが、『薄い本に出てくるような、近所に住むえっちなお姉さん』が言いそうなことを言い出した。


「もしかしたら痛くて、血が出ちゃうかもしれないけど……私、我慢するから」


 妙に生々しい発言だな……。


「えぇと、その、それは確かにそうらしいけど……」


「やっぱりそうだよね……」


「うん。だからね――」


「仕方ないから、ジスレアさんも側にいてもらおうか?」


「え?」


 な、なにそのプレイ……。見られながら? レベルが高すぎるよレリーナちゃん……。


 そりゃあお医者さんが側にいてくれたら安心かもしれないけど……。というかジスレアさんは止めると思うよ? お願いをしにいった時点で止めるし、また『心の病は治せない』って言われるよ?


「いや、試さないよ。レリーナちゃんで『試す』なんてことを、僕はしないよ」


「私では試さないの? あ……もしかして、私が女だから?」


「え?」


「女の子に、そんなことはしたくないって思っているの?」


「……え?」


「もし試すのならジェレッド君で、とか考えているの?」


「…………え!?」


 レリーナちゃんも、僕とジェレッド君をそんな目で見ていたのか……。


「いや、ジェレッド君にも試さないから。……というかそもそもね、レリーナちゃんにはまだ早いと思うんだ」


「早い……のかな?」


「早いよ、早すぎるよ……」


「何歳くらいになったら、やってもいいのかな?」


「『やる』って……」


 レリーナちゃん、なんて言葉遣いを…………。


 というか、何歳くらいからかって? それを僕がレリーナちゃんに教えるの?

 そんな話をレリーナちゃんとするのは妙に恥ずかしいし、それに、なんだか言質を取られるみたいで困るんだけど……。正直そういう話はレリーナママとしてほしい……。


「え、えぇと……普通は二十歳くらい? じゃないの? たぶん……。わからないけど……」


「二十歳……」


「わからないけど……」


「遅くない?」


「えぇ……」


 最近の子は進んでいるなぁ……。


「私が二十歳になるころには、もうお兄ちゃんは別の相手で試しているでしょ?」


「いや、それは、そんなことは――」


「モンスターで試すでしょ?」


「モンスター相手にそんなことはしないよ!?」


 な、なんてことを言うんだレリーナちゃん! 僕をいったいなんだと思っているんだ……。


 この世界のモンスターは、基本的に動物系か植物系しかいないんだよ? 凶暴なモフモフ共相手に、僕はそんなことを試さないよ……。


 セイレーンやハーピーといった種族はいるっぽいんだけど、彼女らは知性や社会性をもった『人』として存在しているらしい。

 なのでモンスターといえばモフモフか、鳥とか虫とか魚とか。あとは歩く樹木とか、歩くキノコなんだけど……。

 そんなモンスター相手に、僕がそういうことをするとレリーナちゃんは思っているの……?


「しないの?」


「し、しないよ、モンスター相手に試すだなんて……」


「そうなの? お父さんはモンスター相手に、いろいろ試すって聞いたけど」


「……はぁぁぁぁ!?」


 と、とんでもないことを聞いてしまった。というか、娘になんて話をしているんだレリーナパパ!


「れ、レリーナパパさんはモンスター相手に……い、いろいろ試すの?」


「うん。お父さんはいろんな村に出かけるから、途中でモンスターとも会うらしいの」


「だ、だからって……」


「あぁ見えて、お父さんはいろんな技をもっているの」


「いろんなテクを、モンスターに…………」


 やべぇ……。レリーナパパがそんな人だったなんて、まるっきり変態じゃないか……。


 いや、だけど言われてみれば、そんな雰囲気はあるかもしれない……。あんな風に外では真面目でピシッとしている人が、家では案外――みたいな?

 まぁ、レリーナパパは家ではなく、野外で変態行為に勤しんでいるらしいけど。


「え、というか試すって……? いろんな技を試して……そもそもそれでモンスターって、どうにかなるものなの?」


「うーん。技によっても、モンスターによっても、いろいろ違うみたい。モンスターごとに、技がよく効く弱点とかも探しているんだって」


「そうなんだ……」


 弱点って……。歩くキノコの弱点を――歩くキノコの感じやすい部分を探してどうすんだ……。いや、そりゃあそこを重点的に責めるんだろうけど……。

 なんだか話を聞くと、レリーナパパは自らの快楽を求めるだけではなく、モンスターにも快楽を与えようとしているらしい。……まぁ、どっちにしろ変態だ。


 というかそんな話を自慢気にレリーナちゃんに語っているのがやばい。

 え、本当にやばくない……? ひとまずレリーナちゃんとは引き離した方がいい気がする……。両親に相談してみようかな……。


「えぇと、とりあえず僕はレリーナパパさんみたいに、モンスターで試すようなことはしないよ……」


「そうなの? じゃあ――どこで『パラライズアロー』を試すの?」


「ん? 『パラライズアロー』?」


「うん」


「『パラライズアロー』を……?」


「うん」


 え? えーと……え? 『パラライズアロー』を試す?

 あ、そっか。あぁ、そういうことか……。あー、そっかー……。





 next chapter:レリーナファミリー

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る