第57話 プリンとライ麦パン
そして始まったユグドラシルさんとの食事会。
両親と僕、そしてユグドラシルさんがテーブルについた。
父は若干緊張しているような気がする。母は――いつも通りだ。さすが母……。
テーブルには四人分のパンとスープが並んでいる。
パンはいつものライ麦パン。スープはいつもの謎肉に、人参とジャガイモだ。……人参とジャガイモが入っていると、カレーか肉じゃがが食べたくなるなぁ。
ちなみに、異世界でジャガイモといえば、『芽に含まれた毒を指摘することによって、安全性を確保し、世に広める』――ってのが、異世界転生者の定番ムーブだと思う。
ご多分に漏れず、僕もジャガイモを持った母を見かけたときには、急いで指摘しようとした。
――しかし、芽の部分をナイフでくり抜きながら『何?』と聞き返した母に、僕は『なんでもない』と答えるより他なかった……。
「うむ、美味い。お主なかなかの腕じゃな」
「ありがとう」
どうでもいいジャガイモの思い出を振り返っているうちに、食事会が始まっていた。
とりあえずユグドラシルさんは料理に満足してくれているみたいだ。
まぁ、そこはそれほど心配していなかった。なにせ母の料理は美味しいから。ちょっとびっくりするくらいに料理上手。やっぱり料理スキルとかもっているのかな?
……それはともかく、母がいつも通り過ぎてビビる。仮にも神様であるユグドラシルさんを相手にタメ口とは……。父も驚いた顔で母を見ている。
「ところで世界樹様。その、今日はどういったご用件で?」
「うむ」
「やはり、アレクブラシの件でしょうか……? 僕なりに、世界樹様の考えに
父の敬語も珍しいな……。いつも穏やかで柔和な表情の父だけど、今回ばかりは真剣な表情をしている。
そういえば、父は世界樹のことでずいぶん悩んでいたらしい。そして、自分なりの答えを出して行動したんだ。その行動が正解だったのか否か、気になっているはずだ――
まぁ間違っていたんだけどね……。そもそも『世界樹に渡された』って前提からして違うからねぇ……。
「うむ。それはじゃな――」
「ち、父は本当に世界樹様のことを考えて行動していたんです! 決して自分の利を求めたわけじゃないんです。それだけはどうか……」
僕は居ても立っても居られなくなり、父を擁護した。
「アレク……。いえ、もし僕が間違っていたのなら、どうか僕に罰を……!」
「父……! 世界樹様、そもそもの
なんとなく始まった父と子の感動的なシーン。
ユグドラシルさんも、慈愛に満ちた目で僕らを見ている――かと思ったけど、そんな目を向けているのは父だけで、僕の方は
……この差はなんだろう? 今日のちょっとした会話で、僕は信用ならない人物と認定されてしまったのだろうか?
「落ち着け。別にお主らをどうこうするつもりはない。まぁ、わしの名を使ってアレクブラシを売るのはやめてもらいたいところじゃが」
「そう……ですか、申し訳ありません……」
「あー、まぁ、わしも説明不足じゃったな。――――アレクにブラシを作らせたときに、きちんと説明したらよかったのう」
ユグドラシルさんが、僕をチラリと見てからそう言った。
どうやらユグドラシルさんは、僕の話に合わせてくれるみたいだ……。
……なんて優しい神様なんだろう。『森と世界樹教会』に入るつもりはないけれど、個人的にユグドラシルさんを信仰してもいいような気すらしてきた……。
この感謝をどう伝えればいいんだろう。とりあえずユグドラシルさんの人形を彫ろうかな……。
「ず、ずびばぜん……。人形、人形彫ります……」
「意味がわからん……」
思わず涙声で宣言して、ユグドラシルさんに気味悪そうな目で見られてしまった……。
「終わった? そんなことより早く食べなさい」
いろいろあったのに――いろんなことが目の前で繰り広げられていたというのに、『そんなことより』と言い切ってしまういつも通りの母に、やっぱりビビる。さすが母だ……。
◇
「プリンがあるわ」
その後、なんとなく穏やかな
「え?」
「今日作ったプリンがあるわ」
「え、あ、そうなんだ」
プリン――これを広めるのも異世界転生者の義務だろう。異世界に来たからには、作らなければならないお菓子だ。
まぁ他にも転生者が作らなければいけない料理はたくさんあるのだろうけど、前世で料理なんてからっきしだった僕では、プリンだけで精一杯だった。
正直プリンも結構な難問だったけど、なんとか頑張った。――というか、母が頑張ってくれた。
『なんか砂糖を焦がす?』やら、『牛乳と卵と砂糖を混ぜて蒸す?』という僕の曖昧な説明にもかかわらず、見事プリンを作り上げてくれた母には感服する。やっぱり料理スキルがあるのかな?
「だけど三つしかないわ」
「そうなんだ」
異世界でもプリンは三個パックなのか。
「私とユグドラシルちゃんで二つ、残りは一つだけ」
ユグドラシルちゃんて……。
とりあえず三つのうち二つは、母とユグドラシルさんで確定らしい……。いや、いいんだけどさ。作ったのは母だし、お客さんに食べてもらうのも普通だろうし。
「えぇと、父が食べていいよ?」
「え、いいよ、アレクがお食べ」
「けど父、プリン好きでしょ?」
「いや、僕は大丈夫だから……」
なんとなく譲り合いを始める僕と父。ほのぼのとしたやり取りが続く。
「のう、プリンとはなんじゃ?」
「持ってくるわ」
ユグドラシルさんの疑問に答えるべく、母はテーブルから離れ、冷蔵庫型魔道具へ向かった。
その間も、僕と父は譲り合いを続ける。父は結構な甘いもの好きなので、たぶん僕が食べることになったら、食べられない父はずっと悲しそうな顔をしていることだろう。僕としては、そんな父の顔を見ながらプリンを食べる気にはなれない。
とはいえ、父も父で、子供のおやつを取り上げるような真似はできないのだろう。
そんなわけで、双方譲れない譲り合いが続く。
「これよ」
「ふむ、見たことないのう」
母が、木の器に入ったプリンを持ってきてテーブルの上に置いた。
「これはもしや、アレクか?」
「そう、アレクが考えた」
一応は、僕が考えたことになっている。
ちなみに、『どうやってプリンを考えたの?』『プリンという名前はどこからきたの?』等の質問を母から投げかけられたときに、僕は大層慌てた。
プリンを作ることだけに苦心していたため、何も考えていなかったのだ。
どうしたものか困っていると、プリンの器が木製だったことに気が付き、『木工スキルによるインスピレーション』で誤魔化した。
……むしろ誤魔化せたことにビックリした、どんだけ万能なんだインスピレーション。
「なるほどのう、アレクが教えたのか」
「えぇと、はい、まぁ」
「それは前世――」
「ちょちょちょ!?」
あれだけ前世のことは言わないでって繰り返し伝えたのに! なんでいきなり暴露しようとしているの!?
……まさか、繰り返したからか!? 繰り返したからフリだと考えたの!?
「な、なんじゃ? お主の前世――」
「ちょっと、ユグさん!?」
「前世――」
「うぉおい!」
「前――」
「うわあぁああああぁ!!」
「ガッ」
僕は手に持っていたライ麦パンで、ユグドラシルさんの顔面をぶっ叩いた。
もう、どうにかして黙らせなければいけないと思ったんだ……。とっさに手が出た。手に持っていたライ麦パンを、繰り出してしまった。
食材を凶器に使うなどと、昨今の日本ではすぐさま炎上しそうな行為だったが、仕方がなかったんだ。
ちゃんと使用したライ麦パンも、あとでアレクが美味しくいただくので、どうか許してほしい――
「アレク!」
「何すんじゃ貴様!」
「――いたたたたたた」
痛い! またウッドクローだ! というか母も怒っている! 結局この世界でも炎上するんじゃないか!
next chapter:ドキドキ同棲生活
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