第51話 無限人形地獄


「ひどい目にった……それはもう怖いから見せないで」


 ジスレアさんが嫌がったので、僕は新型母人形をマジックバッグにしまった。

 普段からバッグに入れておけば部屋が窮屈きゅうくつになることもないのだけど、魔力を無駄に消費するのもなぁ……。


「あぁ……普通のミリアムはなんだか落ち着く……」


 ジスレアさんが旧型の母人形を愛でている。これも父と同様の反応だ。何故か新型母人形を見た後、人は旧型にやすらぎを覚えるという……。


「こうして見ると、だんだんとアレクの技術が向上しているのがわかって、ちょっと面白い」


「はぁ、ありがとうございます」


 大勢並んだ母人形を見比べながら、ジスレアさんが感想を述べた。

 確かに数多く作り続けて、ずいぶん洗練されてきた気がする。最初期に作った人形なんかは、今見るとちょっと恥ずかしくなるくらいだ。


 といっても、僕はまだ人形を作り始めてから一年ちょっと。もしかしたら最新の母人形も、数年後には『なんだこれ?』みたいに思うのかもしれないね。

 ……いやまぁ新型母人形は、今見ても『なんだこれ?』って思うんだけど。


「そういえば、ミリアム以外の人形はないの?」


「母以外ですか? レリーナちゃんとローデットさんの人形を作りましたけど、本人にプレゼントしたので手元にはないですね」


 あとは『セルジャン落とし』が一応あるけど、あれは人形にカテゴライズされない気がする。


「そう、プレゼント……」


「はい、なんだか欲しいと言われて……なんです?」


 ジスレアさんが僕をじーっと見つめてきた。……なんだろう? もしかしてジスレアさんも自分の人形が欲しいんだろうか? どうなんだろう……?

 やっぱり前世の感覚だと、自分の人形を作られてプレゼントされるなんてドン引き案件だと思うけど、この世界では割と好意的に受け入れられている気がするからなぁ……。


「えぇと、ジスレアさんもいりますか?」


「別に……」


「そうですか……」


 わかんない……。

 どっちなんだろう。遠慮しているのか、普通にいらないのか……。なんかまだじーっと見られているから、やっぱり欲しいんだろうか?


 個人的にはジスレアさんの人形はちょっとだけ作ってみたい。

 白衣と眼鏡を装備させてみたいんだけど……勝手にそんなオプションを搭載させたら怒られるだろうか?


「あの、『木工』スキルの練習も兼ねているので、僕としては人形を作ることは苦でもないのですが?」


「……そう? じゃあ、大変でなければ、私にも一つ……」


「ええ、大丈夫です。わかりました」


 やっぱり欲しいものなのか。じゃあ作ろう。まぁ別に今さら作らなければいけない人形が一体増えたところで、特に問題はない――


 そんなことを考えた瞬間、『無限リバーシ地獄』に続く『無限人形地獄』という最悪の未来が、僕の脳裏に浮かんだ。


 えぇ……。村人全員分はさすがに嫌だぞ……?

 そもそも男性の人形とか作る気がしない。それに、いくらジェレッドパパでも、人形作りはさすがに手伝ってくれないだろうし……。


「アレク?」


「いえ、なんでもありません。えーと、さすがに人形は少し時間がかかるので、気長に待っていただけたら」


「大丈夫、いつでも構わない」


「そうですか。――では、今日はありがとうございました」


「うん。また何かあったら遠慮なく私を頼って」


 とりあえず、僕の体調を治してくれたジスレアさんに感謝の気持を込めて、人形を作ろう。……ジスレアさんは、これから僕の胃に穴が開くたびに自転車のパンク修理感覚で治してくれるらしいしさ。



 しかしあれだね。そりゃあジスレアさんはカウンセラーに向いているようには見えないけど、なんだか話していたらちょっと気持ちが落ち着いた気がする。体調が治ったせいかな?


 ――思えば、僕は少しおびえ過ぎたんじゃないだろうか?

 レリーナパパが出した世界樹に関する広告だって、よく考えたら『子どもが夢の中で世界樹に教わったらしい』なんていう、そもそも眉唾ものの宣伝だろう?


 それで、その子どもが罰せられるなんてことがあるだろうか……? さすがにないんじゃないかな?

 実際に広告を出したレリーナパパの方はどうなるか、それはちょっとわからないけど……た、たぶん大丈夫だろう。きっと大丈夫なはずだ。


 うん。大丈夫な気がしてきた。

 そう考えると、無駄に慌てて両親やレリーナちゃんに心配をかけて、ジスレアさんにも面倒を掛けてしまったな。


 いやはや、いったい僕は何をそんなに焦っていたのか。所詮は子どもの寝言だ、そんなものに躍起やっきになるほど、世界樹様だって暇じゃあないだろうさ――





 next chapter:ユグドラシル来訪

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