第50話 心の病は治せない


「ところでジスレアさんは、どうしてここへ? いえ、僕の方から診療所へ伺おうと思っていましたし、助かりましたけど」


 確かに今日、僕はジスレアさんの診療所へ行こうとしていた。それが、実際にはジスレアさんの診療所に向かうどころか、気が付いたらジスレアさんが目の前にいたわけだが……。


「アレクを診てやってほしいと、レリーナにお願いされた」


「レリーナちゃんが?」


 そうなんだ……。やっぱりレリーナちゃんは優しい子だ。ちょっと変わったところもあるけど、基本優しい子だ。


「レリーナちゃんは、なんと言っていましたか?」


「えぇと、『できるだけ早く診てあげてほしい』と、それから『お兄ちゃんに変なことをしたら許さない』と言われた……」


 ふむ……。ジスレアさんは一流のお医者さんだから、滅多めったなことは起こらないと思うけど……。

 それほどレリーナちゃんは僕のことを心配してくれたってことかな?


「そうですか。やっぱりレリーナちゃんは優しい子ですね」


「え? えぇと、まぁ、そう……かな?」


 何故か不思議そうに首をひねるジスレアさん。なんだか微妙に話が噛み合っていない気がするけど……とりあえずレリーナちゃんが呼んでくれたジスレアさんのおかげで、僕の病気は完治した。


 とはいえ、病気の原因が原因だからね……。『全エルフの仇敵きゅうてきとなってしまったかもしれない』――そんな心配だかストレスだかが体調不良の原因だとすると、この問題が解決できていない以上、僕はまた病に伏せることになるかもしれない――


「ジスレアさん」


「ん?」


「もしストレスが原因で病気になったとしたら、その原因を取り除かないかぎり、僕はまた病気になってしまいますよね? いくら魔法で完治したとしても」


「まぁ、そうかもしれない。何か心配事?」


『世界樹の名をかたってボロ儲けしようとしたことで、全エルフから断罪されるんじゃないか』なんて心配をしているわけだけど……まぁやっぱり言えるわけがないよね。


「いえ、心配というかですね――」


「レリーナのこと?」


「はい? レリーナちゃん? レリーナちゃんが、どうかしたんですか?」


「私も別に、あの子が『どうかしている』とまでは言わないけど……」


「僕もそんなことは言っていませんよ……。別にレリーナちゃんのことは心配していないです」


「心配しかないと思う……」


 なんだかジスレアさんは、レリーナちゃんのことが気にかかるようだ。

 しかしレリーナちゃんは心配ない。なんと言っても、僕に対してあんなにも献身的に看病してくれたんだ。問題ないはずだ、そのはずだ……。


「とにかく、何か心配事があるの? それを私に聞いてほしいの?」


 そんな聞き方をされたら話しづらいよ……。

 普段から『心の病は治せない』と言っているだけあって、カウンセラーには向いてないなジスレアさん……。


「だけど私は、悩みを聞いたり相談を受けたりといったことは、あまり向いていない……」


 あぁ、自分でも自覚していたのか……。


「私にできるのは怪我や病気を治すだけ。ストレスで何度も病気になるかもしれない? なら、その度に私が治す」


「おぉ……」


 なんだか格好良さげなことをジスレアさんが言い出した。


 なるほど。『このままだと僕とレリーナパパ、二人そろって胃に穴が開きかねない』なんて心配をしていたけど、僕らは穴が開くたびにジスレアさんに塞がれるのか……。道路のアスファルト舗装工事みたいだな……。


「もちろん悩み事があるのなら、それを解決した方がいいと思う」


「そうですよねぇ……」


 とはいえ、現状では解決の糸口が全く見えないからなぁ……。


「あ、そういえば忘れていました。治療費を――」


「ん? いや、それはもうミリアムから貰った」


「あぁそうでしたか」


「……前から言っているけど、アレクみたいに小さい子のお小遣いを取り上げるのは気がとがめる」


 ローデットさんの鑑定と同様に、ジスレアさんに治療してもらったとき、僕は治療費を自分で払っている。だけどジスレアさんは、子どもからお金を取ることに戸惑いを覚えるようだ。


 ……いや、ローデットさんも最初は固辞していたからね? 僕が無理やり押し付けた感じだから。

 別にローデットさんだって、幼児のお小遣いを喜んで取り上げる人ではないからね?


「それにしても――ずいぶん増えた。前に来たときはここまでじゃなかった気がする」


「え? あぁ、人形ですか」


 ジスレアさんが群れをなす母人形を見て、そんなことをつぶやいた。

 最近は一体一体を丁寧に作るように、量より質の方向にシフトしたため、生産スピード自体は落ちている。とはいえ、減ることがないのだから増える一方だ。

 今も様々なポーズをとった十三体の母人形が、僕の部屋を圧迫している。


「ごめんアレク。今日レリーナにも言ったけど、私の魔法では心の病は治せない……」


 また言われてしまった……。それとも、これはジスレアさんの決め台詞か何かなんだろうか?

 そして、レリーナちゃんもまた言われていたのか……。


「いやあの……別に僕は、精神的な疾患の影響から母の人形を一心不乱に彫り続けているわけではないですからね?」


「だって、こんなに実の母を作り続けているのはおかしい」


「母が作るように勧めてくるんですよ……」


「そうは言っても――ん? これはミリアムじゃない? というかエルフでもなさそう……。アレクはこういうのが好きなの?」


 エルフらしからぬスタイルの人形を手に取って、なんだか答えづらい質問をジスレアさんがしてきた……。その質問に、どう答えろというのだ……。


 というか、その人形も母だ。

 僕が作った一番新しい母人形で、母人形オルタの次作――つまりは新型の方だ。実物の母より胸が大きくなって、お尻も少しだけ大きくなっている。


 ……まぁ母親の人形を大量に作っているだけでも危ないのに、母親の胸とお尻を大きくした人形まで作っているのだから、そりゃあ心の病と言われても仕方がない。


「えぇと……その人形も母です」


 とりあえず、そう伝えてから僕はジスレアさんの様子をうかがう。

 ……さて、この事実を知ったとき、ジスレアさんはどういう反応を示すのだろう? ちょっとだけワクワクしてしまう僕がいる。


「え? だって――あぁ確かに、顔はミリアム……」


 だんだんと声が尻すぼみになっていくジスレアさん。しばらく新型母人形を見ていたかと思うと、元々あった場所へ人形を静かに戻した。


 ――そしてジスレアさんは、両手で自分の顔を覆った。


 え……? それは、どういう反応なの?


「えっと? ジスレアさん?」


「…………」


 フヒュー、フヒューという呼吸音が聞こえる。もしかして笑っているのかな? というか、笑いをこらえているのか……?


 なんだかジスレアさんのレアな仕草が見れて、なんとなくちょっと得した感がある。……しかしそうか、やっぱり笑うのか。そして笑いを堪えるのか。

 個人的に新型母人形は、世界中のみんなを笑顔にする平和的なアイテムだと思っているのだけど、みんな笑顔を隠そうとするね。


「あの、大丈夫ですか……?」


「…………」


 ジスレアさんが貝になってしまった。どうしよう、これはこれで困ったな。


「えぇと、母は大喜びしてくれたんですが……」


「…………!」


「父は涙を流して笑っていましたけど……」


「…………!!」


 なんだか声をかけるたびにビクンビクンしている。ちょっと面白いけど、面白がっちゃさすがに悪いか……。

 もうあんまり話しかけない方がいいかもしれない。しばらくそのままにしといてあげよう……。





 next chapter:無限人形地獄

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