第49話 美人女医ジスレア


「アレク、いい? 入るよ?」


「……ふえ?」


 僕が布団の中でうつらうつらしていると、何やら呼ばれた気がした。


 なんとなく扉に視線を向けると、すでに長髪の美女が部屋の扉を開けていて、ずんずんと僕の側へ近づいてくるのが見えた。


「え……?」


「体調を崩したと聞いた」


「えー……あー」


 だんだん頭が覚醒してきた。ここは僕の部屋で、僕は布団で寝ていたんだ。

 そして、目の前にいるのは――美人女医のジスレアさんだ。


「って、せめて返事をするまで待っていてほしかったんですけど」


「あぁ、ごめん」


 あんまり悪びれる様子もなく、勝手に部屋の椅子に腰を下ろすジスレアさん。


 ジスレアさんは、長い銀色の髪をもつちょっとキツめの顔立ちの美女だ。

 普段からあまり感情を表に出さず、その顔立ちや口調からちょっと誤解されがちだが、子どもにも優しく思いやりのある親切な女医さんだ。――美人女医さんだ。


 個人的に、美人女医を名乗るからには白衣と眼鏡を身に着けてほしいところだけど……残念ながらジスレアさんはどちらも装備していない。

 普通の村人と同じ格好で、医者要素も皆無だ。なんだかそこは少し残念。


「とりあえず、おはようございます」


「おはよう」


 僕は体を起こしてから、ジスレアさんに挨拶をした。


 それにしても、母といいレリーナちゃんといいジスレアさんといい、……何故僕の部屋に無断で入るのか。まぁ別にいいんだけどね、見られて困るようなことはしないから。


「それで、体調を崩したって?」


「あ、はい。三日ほど前から具合が悪くなって、熱も――」


「ああ、説明は別にいい――『キュア』」


 病状を説明しようとした僕に対して、ジスレアさんは手の平を向けてさえぎり、そのまま呪文を唱えた。


 呪文と同時に、ジスレアさんの手の平から淡い光が放たれた。

 その光に全身が包まれたかと思うと、僕が今まで感じていた倦怠けんたい感や熱っぽさ、体の鈍い痛み等も、全て綺麗サッパリ消え去った。逆に、ここまで体にダメージがあったのだと気付かされ驚くほどだ。


「あー……」


「どう?」


「……え? あ、はい。すごく楽に……というか完全に治ったみたいです。ありがとうございます」


「なら、何故いつもアレクは不満そうな顔をするの? 不安になるからやめてほしい」


「…………」


 前世の影響か、ジスレアさんに診てもらうとき、僕は勝手に問診を始めようとしてしまう。

 それをジスレアさんに遮られて、即座に病気を治される。――そんなことが毎回繰り返されている。


 どうしても僕は、こちらの説明を全く聞かないお医者さんにビックリしてしまうんだ。

 『なにこの先生!? 大丈夫かな……?』そんな気持ちを抱きそうになった瞬間、病気が完治している。……その感情の落差に、僕は毎回戸惑ってしまう。


「すみません。あまりの早業で、驚いた部分がですね――」


「あまりそういう感じには見えなかった……」


 ジスレアさんは少し不満そうに髪をクルクルともてあそんでいる。

 ……そういえば初めてジスレアさんを見たとき、縛ってもいない長髪は治療のときに邪魔になるのでは? なんて思ったものだ。……全くの杞憂きゆうだったけど。


 なんというか未だに慣れない部分がある。僕の知っている医療、医学とは違いすぎるんだ。むしろ、これを医療と呼んでいいのかすら微妙だ。

 そりゃあ結果的に治っているからいいんだけど……例えばジスレアさんに『何の病気だったんですか?』と聞いても、基本『知らない』としか答えてくれない。……やっぱこれ医療ではないよね?


 そんな僕の感情が表に出てしまうのか、ジスレアさんに治療された後、僕はいつも微妙な顔をしてしまう。


「いえ、本当にすみません。というかありがとうございました。おかげでバッチリです」


 せっかく治したというのに患者が不満そうな顔をしていたら、ジスレアさんも気分が悪いだろう。とにかく心を込めて謝ろう、そして感謝を伝えよう。


「やはり先生の魔法は素晴らしいですね。あっという間に治していただいて驚いたというのも事実なんですよ? もはや先生の施術せじゅつは人類を超越した……神の御業と言っても差し支えないのでは? ゴッドハンドですね?」


「……はぁ」


 ジスレアさんはため息を付きながら、呆れた目で僕を見る。目つきの鋭い美人女医さんに、そんなふうに見られるとドキドキしてしまう、何かに目覚めそうだ。


 ――ちなみにこのやりとりも毎回やっていて、僕は毎回新たな扉をあと少しで開きそうになっている。





 next chapter:心の病は治せない

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