第46話 ブーム


 『ニス塗布』の効果を確認するために、僕は自室にて木工作業に勤しんでいた。

 ……まぁ、別に『ニス塗布』のことがなくても、僕は毎日木工漬けな気もするけど。


 とはいえ、無限リバーシ地獄のときほどは木工漬けじゃない。弓の練習だってしているし、剣の練習もしている。

 毎日しっかり木剣で素振りをしているのだ。しっかり木剣で……木剣?


「あれ? なんか木剣には、名前を付けていた気がする」


 なんだっけ? 確か大層な名前を付けていた気がするけど……忘れちゃった。


「まぁいいか。じゃあ今日からは『レーヴァテイン』と呼ぼう」


 また大層な名前を付けてしまった気もするけど、今日からはそう呼ぼう。……というか、もしかしてこの世界には本物のレーヴァテインがあったりするのかな?


「さておき、今はレバ剣よりこっちだ。……んー、これで完成かな?」


 丁寧にヤスリがけを行い、ようやく完成した――『木工』シリーズ第二十弾『フリスビー』だ。


「そんでもって――『ニス塗布』」


 僕は完成したばかりのフリスビーに『ニス塗布』をかける。今回はつや消しで仕上げてみた。


 『ニス塗布』を覚えてから、僕はいろいろな物にニスを塗布して回ったが、その種類は多種多様だ。

 柔らかいニスだったり、硬いニスだったり、軽く色を変えてみたり。さらにはその様々なニスを、僕が自分でセレクトできる。


 今回僕は、硬いニスでフリスビーの強度を上げつつ、表面は柔らかく仕上げ、全体をつや消しの黒で彩った――しかも一瞬でだ。『ニス塗布』凄い。


「今度ジェレッド君と遊ぼう」


 なかなか良い物ができたと思う。たぶんジェレッド君も喜んでくれるだろう。


 しかし、今度はいつジェレッド君と遊べるだろうか。前回一緒に弓で遊んだのは、二ヶ月くらい前だったかな?

 また二年後とかにならないといいけど――


「……え? いやいやいや、つい三日前に遊んだばっかりじゃないか」


 そうだ、三日前に僕はジェレッド君と遊んだ。一緒に竹のボールでセパタクローをしたんだ。エルフの目を活かして、超至近距離でセパタクローをした。竹ボールは壊れた。


 おかしいな、なんで弓以来会っていないなんて思ったんだろう?


「……そういえばジェレッド君と弓の練習したとき、ボウリングのことを考えていたな。ボウリングか、幸い時間はあるけど……」


 約束していたレリーナ人形もローデット人形もプレゼントし終わったので、今は軽く手が空いている。


 レリーナ人形は比較的簡単に作れた。もちろん手は抜いていないけど、幼い頃から親しい幼馴染だ。可愛らしいレリーナちゃんをしっかり再現できたと思う。

 ……そのうち能面バージョンしか再現不可にならないことを祈るばかりだ。


 ローデット人形は難航した。どうしても僕が作るローデット人形は、寝ている物ばかりになってしまう。その結果、ローデットさんに二回ほどボツをくらってしまった。三回目の『目をつむり、祈りを捧げるローデット人形』で、なんとか審査に合格した。

 ……ちなみに、本当の名前は『変な寝相のローデット人形』だ。


 とにかくそんなわけで、時間はある。

 ボウリングか……。『ニス塗布』にうってつけの木工シリーズな気がするけれど――


「正直、大変そう……。めっちゃ大変そう」


 ボール、ピン、レーン、どれも大変そう。特にレーンだ。『ニス塗布』は魔力を使う。『魔力値』3の僕では、レーンをひとつコーティングするだけで一日がかりになってしまう。


 それにボールが戻ってこないしなぁ……。あ、滑り台みたいな物を作ればいいのかな? 係の人を用意して、倒れたピンを直してもらってから、ボールを滑り台に載せてもらって――


「やめやめ……。大掛かり過ぎる」


 まぁいつかね、いつか作るかもしれない。

 そうしたら、この世界でもボウリングがブームになったりするのかな? なんでも日本では、過去にボウリングの大ブームが巻き起こったとか聞いたことがあるけど――


「アレクー? ちょっといいかな?」


「ん?」


 ボウリングに詳しくない僕が、『あの手につける中二病っぽいのはなんだったのかな?』――なんてことを考えていると、部屋の外から父の声が聞こえてきた。僕は立ち上がり、部屋の扉を開ける。


「どうしたの?」


「うん、今ね――ん? あぁ……」


「父?」


 父はふらふらと僕の部屋に入ってきて、旧型の母人形を手に取った。胸が小さいやつだ。


「なんだか、こっちのミリアムを見ると落ち着くね……」


「そうなんだ……」


「あぁ、ごめん。アレクにお客さんだよ」


「お客さん?」



 ◇



「そうですか、売れていますか」


「ええ、おかげさまで好調です」


 お客さんはレリーナパパだった。どうやらリバーシは好評発売中らしい。……いや、『好評発売中』だと本当に売れているのかどうかわからないな。実際本当に売れているらしい。


「それにしても――」


「はい?」


 レリーナパパと会ったのは、そこそこ久しぶりだ。相変わらずできるビジネスマン風――なんだけど、若干くたびれている気がする。


「だいぶお疲れに見えますが?」


「あぁ……。お恥ずかしい、何ぶん今は少し立て込んでおりまして……」


 レリーナパパも、リバーシのせいで地獄を味わっているらしい。ある意味これも無限リバーシ地獄か……。


「ご挨拶にもうかがえず、申し訳ございません」


「いえ、僕の方は構いません。わざわざありがとうございます」


「販売自体は軌道きどうに乗りましたので、私も少しは休める時間がとれると思います……」


 レリーナパパが力なく笑った。笑顔もだいぶ疲れている……。

 なんだかエルフにしては珍しく生き急いでいる感じがするなぁ、レリーナパパは……。生き馬の目を抜く、なんていう商売の世界では仕方ないのかな?


「それにしても、私の予想以上の売れ行きです。かなり高めに売上予測したと思ったのですが」


「そうですか……」


 ボウリングブームより先に、世界中でリバーシが大ブームだな。

 ……こうなると、本当にいつ将棋を発表できるのか。まぁいいさ、こっちは長寿のエルフだ。百年だって待ってやる。

 さすがにそれだけ経ったらブームも収まっているだろう。……収まっているよね?


「工房の木工師も不眠不休で作業していますが、供給が間に合っていない状態です」


 工房の人達も全員無限リバーシ地獄か。心から同情する……。


「ですので、アレクシスさんが作られたリバーシ以外の木工作品ですが――」


「アレクシス……? あ、いえ、続けて下さい」


 僕の本名だった。レリーナパパだけが、僕の本名を思い出させてくれる……。


「えぇと、現状では他に手が回らない状況です。できることならリバーシ以外もうちに任せていただきたいのですが……」


「ああ、構いませんよ? レリーナパパさんなら安心です。こちらはいくらでも待ちますとも」


「ありがとうございます。では、これからもよろしくお願いします」


「こちらこそお願いします」


 僕等はガッチリと握手をした。

 とりあえずリバーシも売れているし、その後は他の作品も売れるだろう。


 ちなみに、リバーシのロイヤリティーはすでに我が家に支払われている。――しかし、僕ら家族の生活は何も変わらない。

 それは、ある意味とても良いことだと思う。少なくとも僕の両親は、お金で何かが変わるようなことはないらしい。きっと他の作品の分がプラスされても同じだろう。


 そして僕は、どのくらいお金が入ってきているのか詳しく知らない。怖いので聞いていない。これもいわゆる不労所得ってやつだろう? 憧れる言葉だけど、僕にはまだ早い、そう思う。

 僕は隔週で教会へ通える分があれば、それでいいのだ。


「それと――アレクブラシの販売が、今週から始まりました」


 …………うん?


 なにそれ?





 next chapter:アレクブラシ

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