第25話 木工シリーズ第三弾~第八弾


「おや? また何か作っているんだね? 今度は何ができるのかな?」


「いや、これで完成だけど……」


「えっ」


 丸、三角、四角、様々な形の木が、僕の周りに転がっている。

 この木は、『木工』スキルを使ってみよう第三弾――『積み木』だ。


「えっと、じゃあこれはなんなの?」


「積み木だね」


「積み木……これで、何ができるのかな?」


「積むんだ」


 父が、理解できないものを見るような目を僕に向ける……。


 第一弾『彫刻画』、第二弾『リバーシ』のせいで、僕が作る物へのハードルが上がってしまったようだ。ここにきての積み木は、そのハードルに激突してしまったらしい。

 ちゃんと形も考えたし、カドもヤスリでしっかり丸くしたんだけどな……。


「うーん。小さい子には、いいと思って作ったんだけど……」


「まぁ、そうだね……」


 父は四角い積み木の上に、丸、三角と、ぼんやり積み上げながら応える。三百歳を超えるほど大人の父では、残念ながらあまり積み木を楽しめないようだ。


 六歳の僕やレリーナちゃんも、まだ小さい子に含まれるとは思うけれど、さすがに積み木を楽しめる時期は過ぎてしまった。

 レリーナちゃんもきっと喜ばないだろう。なにせ、初見なのにリバーシで僕をボコったくらい聡明な子だ。


 仕方ない。いつか村に新しい子が生まれたらプレゼントしよう、それまで積み木は封印だ。

 ――あっ、なんだったら僕の弟か妹用にしてもいいんですよ? まぁ、さすがに言葉に出して言うのははばかられる意見だったので、チラッチラッと意味ありげな視線だけ父に送ってみたが――上手く伝わらなかったようで、父は不思議そうにするだけだった。



 ◇



「さすがに難しい……」


 今作っているのは、『木工』スキルを使ってみよう第五弾『人形』だ。というか母だ、全長三十センチほどの母の人形である。

 前世で見た美少女フィギュアのような物が、この世界で作れたら面白そうだと思い、頑張って作っている。


 ちなみに第四弾は『ヨーヨー』だった。

 遊びに来たジェレッド君――僕が未だに謹慎中であることを告げると、さっさと帰ろうとした――を、とっ捕まえて見せたら気に入ったようなので、ヨーヨーは彼にプレゼントした。


 『リバーシ』『積み木』『ヨーヨー』に比べると、やっぱり母の人形は難しい。

 難易度を下げるべく、服装もシンプルなワンピース。姿勢も直立不動。美少女フィギュアにしたら随分味気ない仕様だが、それでも難しい。


「うーん……。なんかバランスがおかしいような気がする……」


 一度彫ってしまったら元に戻せないのが、木彫りのつらいところだ。後から長さを伸ばしたりボリュームを増やしたりもできない。最初から最後まで一発勝負だ。


「これは私?」


「あ、母さん……」


 いつの間にか、背後に母がいた。

 父の言いつけもあって、両親の目が届く場所で『木工』スキルを使うようにしているんだけど……よく考えたら、母親の人形を一心不乱に作る息子って怖くない……? 大丈夫かな? 引かれないだろうか……。


「う、うん。木で人形を作ろうとしてて、母さんをモデルにしたんだけど……なかなか上手くいかなくて」


「ふんふん。悪くはないと思う、初めてなら十分でしょう」


「そうかな? ありがとう」


 人形の母を見て、本物の母は及第点をくれた。というか引かれはしなかったみたいだ、よかった。


 しかし本物の母と人形を比べると、まだまだだとわかるな。実際の母の方がもっと華奢というか、スマートな気がする。


「悪くはないけれど……少し体つきが貧相じゃない?」


 魔改造をしろということかな?



 ◇



「なんなのそれ……」


 呆然とした父の視線の先にあるのは、『木工』スキルを使ってみよう第八弾『ダルマ落とし』だ。


 ちなみに第六弾は『コマ』で、第七弾は『けん玉』だ。両方とも、そこそこの評判を博した。……言い換えればそこそこ止まりの評判で、リバーシほどの評価は得られなかった。


 やはりリバーシを序盤で登場させたのは失敗だったか……。

 というか、リバーシは木の玩具とかそういうカテゴリーじゃないから、同じ土俵で勝負させないでほしい。木の玩具なんてこんなもんでしょうが。


 さておき、今回作ったのが第八弾の『ダルマ落とし』。

 円柱をいくつも重ね、一番上にはダルマの頭を置き、ダルマが落ちないように木槌で円柱だけ弾き飛ばすゲームだ。


 作るのは簡単だと思ったが……ひとつ問題があった。この世界には、ダルマがなかったのだ。

 ダルマの代わりに何を乗せようか? 悩んだ結果、僕が乗せたのは――


「その一番上の生首は僕だよね……?」


「うん」


 僕がダルマの代わりとして抜擢ばってきしたのは父だった。

 円柱で構成された胴体部分がだいたい二十センチ。その上に、十センチ弱の父の頭部が鎮座している。


「何故、僕の生首を……?」


「最初は動物か魔物の頭にしようかと思ったんだけど……この前僕は、父に酷いことを言ってしまったから」


「え、何かあったかな?」


 ――話は数日前にさかのぼる。なんだか乗り気になった母にうながされ、僕は母の人形を彫っていた。


 ……というかもう三体目だ、処分に困っている。なんとなくそこらに捨てるわけにもいかないので保存しているが、これからも増え続けたらどうしよう……。教会に持っていったら供養して焼いてくれないかな?

 とまぁ、そんなことを考えていた僕に、父が話しかけてきたのだ――


『ミリアムばかり作っているね?』


『うん。母が『精進すれば、いつか完璧な母の人形を作れる』って……』


『そうなんだ……。ちなみに僕のは作らないのかな?』


『父の人形? え、なんで?』


『なんでって……』


『父を作っても意味ないじゃん』


 ――酷いことを言ってしまった。父は茫然自失していた。

 確かに父はイケメンだけど、やっぱり美男子フィギュアより美少女フィギュアの方が需要が高いだろう。それに作る側も、美少女フィギュアの方が作っていて楽しい。

 ……だからといって『意味ないじゃん』は酷すぎる。


「父を作っても意味ない――なんてことを、僕が言ってしまったから……」


「あぁ……あれはなかなか強烈な言葉だったね……」


「ごめんなさい。だからお詫びも兼ねて、丹精込めて彫らせていただきました」


「いや、だからって……。えぇ……」


 父は困惑している。どうやら手放しでは喜べないようだ。

 『ダルマの代役』と『自分を作って欲しい父』ふたつの問題を一度に解決できる妙案だと作る前は思ったのだけど、いざ完成品を見ると……これはないな。


 丹精込めて彫っただけあって、端正な父の顔を上手く彫ることができた。父もひと目でそれが自分だと判断できるほどだ。いつもの柔和な笑顔もしっかり再現できている。母の人形にも見劣りしない代物だろう、顔だけ見れば……。


 違うのは、ちょっと胴体が円柱なだけだ、しかしその違いは、見る者に強烈なインパクトを与えることとなった。

 シュールすぎる……。というか怖い、笑顔なのも怖い。


「と、とにかく遊んでみようよ、はいこれ」


 僕はテーブルの上にダルマ落としをセットし、父に小さい木槌を渡す。


「え、これも遊ぶ物なのかい? 次から次へと、よく思いつくね」


「わ、湧いてくるんだ、インスピレーションが」


「またインスピレーション……?」


 ちなみにコマとけん玉も、インスピレーションでごまかした。


「それでこの……これはなんて名前だい?」


「え? えっと……『セルジャン落とし』かな?」


「…………」


 名前は考えていなかった。元がダルマ落としなので、単純に父の名前と入れ替えたのだけど……名称も酷いものになってしまったな。


「……うん。それで、これはどう遊ぶんだい?」


「えぇと……下から胴体だけを木槌で弾き飛ばしていくんだ。途中で父の頭が落ちたら負けだね」


「…………」


 ルール説明も酷いな。


「まぁ、やってみるよ……」


 父は木槌で一番下の胴体をコツンと叩いた。叩かれた部分だけが二割ほど胴体から離れる。

 もう一度叩く。最初よりも強めに叩かれた胴体部分は、弾かれて飛んでいく。それより上のパーツは、それぞれがズレながらも、なんとかテーブルに着地した。

 特に一番上の頭部はズレが大きい、今にも落ちそうだ。


「うわ、かなりギリギリになっちゃったかな?」


「首の皮一枚で――あっ」


 耐えきれなくなってしまった父の頭部がテーブルに落下した。

 落ちた頭部はテーブルの上をコロコロと転がり……やがて僕の目の前で止まった。



 頭だけになった父が僕を見ている。



 ――笑っていた。


「ヒッ」


 怖い!





 next chapter:木工シリーズ第十弾

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