第20話 超常的な存在と交信しました


「どうしたんだいアレク?」


 結局僕はタワシを見つけられないまま、リビングへ戻ることになった。そう広くもないし、整頓された部屋だ。それでも見つからないということは、僕の部屋にはない可能性が高い。

 正直、僕としてはなくなっても構わないんだけど……一応は神様から貰ったものだ、そういうわけにはいくまい。


「あの。僕の部屋にタワ――えぇと、手で握って使うブラシみたいな物があったんだけど、知らないかな?」


「知っているわよ?」


「あれ? 母さん、知っているの?」


「えぇ、茶色くて小さいやつでしょ? あなたの部屋で見つけて。便利そうだから掃除するときに使っていたわ」


「そうなんだ……」


 勝手に僕の私物を持って行かないでほしい……。別に『勝手に部屋入んなよババア!』とまでは言わないけど――


「今、母はひどい侮辱を受けた気がします」


 言ってないじゃん! というか『言わないけど』って思ったのに……。なんなのそのセンサー、敏感すぎるよ……。


「ぼ、僕は、母さんを侮辱なんかしていないけどね……? それで、そのブラシは今どこへ?」


「パパが物欲しそうに見ていたから渡したわ」


「物欲しそうって……。あぁ、うん。装備を掃除するとき便利そうで。今も使っているけど」


 神様に貰ったタワシは、いつの間にか又貸しされていた。……いや、貸してもいないけど、とにかくタワシは父が現在も使用中らしい。見つかってよかった。

 むしろ僕が持て余していたタワシを有効活用されているなら、それはそれで喜ばしいことだろう。


「そっか。今は父が使っているんだね。まぁ使ってくれているなら、まぁそれはうれしいんだけど」


「うん? あれはアレクが作ったのかい?」


「へ? あぁ――うん」


「え、本当かい? 作りもしっかりしているし、素材も見たことない物だよ?」


 あ、ダメか。……やべえ、失敗した。

 『世界樹にタワシを貰った』みたいなとんでも話をするのが億劫おっくうだったので、とっさに流れでうなずいてしまった……。『僕が作ったことにできるなら、それでいいか』みたいに思ってしまったんだ……。


 まずいな、どうしよう……。そもそも『世界樹にタワシと木工スキルを貰ったんだ』って言おうと思っていたのに、いきなり自分でいろいろ破綻はたんさせてしまった……。


 これだと、僕が突然タワシを探しに行ったのも謎だし、僕が何故『木工』スキルの所持を知っていたかも結局謎のままだ。

 本当に余計なことを言ったな、どうしよう……。


「アレク?」


「そ、その……世界樹に貰ったんだ」


「……え?」


 僕は悩んで、結局『世界樹に貰った』に軌道修正することにした。


「そ、その……寝ていたらね、夢を見たんだ」


「夢?」


 チートルーレットレベル5のときみたいに、寝ていたら夢で世界樹と出会ってタワシを貰った――というストーリーだ。なんかそんな感じででっち上げることにした。


「そこは不思議な空間で、そこには不思議な人がいたんだ――いや、見た瞬間僕はそれが人だとは思わなかったかな? どこか人を超越した神秘的な何かだと感じた……。そんな存在と出会ったんだ」


「…………」


 樹と話したは変かな? と思い、擬人化してみた。

 というか二人とも、そんな胡散臭そうな目で見ないでほしい。この話は大体実話なんだ。寝ていたら呼ばれたのも事実だし、そこで出会ったミコトさんもディースも人を超越した神秘的な――ていうか神様だし。


「僕はそれがなんだかわからなかった。悪いものだとは感じなかったけど、怖くて話せなかったんだ……。でも今日、父から世界樹の話を聞いて思ったんだ――あれは世界樹の化身か何かだったんじゃないかって。なんか、えぇと……木ぽかったし」


「えーと……アレクは夢で世界樹の化身と出会って、お話ししたのかな?」


「アレク、あなた疲れているのよ」


 ぐぅ、かわいそうな子扱いだ……。

 まぁ気持ちはわかる。いくらファンタジーな世界でも『超常的な存在と交信しました』なんて言ったら、こんな感じになるだろうとは思っていた。


「ぼ、僕もただの夢だと思ったよ? けど起きたら枕の隣にタワ――そのブラシがあったんだ」


「え? けど、あれはアレクが作ったって言ったよね?」


「あ、うん。……ざ、材料がね? ブラシの材料が枕の隣にあったんだ」


「材料……?」


 両親の不信感がすごい。大丈夫かな、なんかどんどん話が適当になってきているけど……。


「ほら、父も見たことない素材って言ってたでしょ? 植物の繊維せんいだとは思うんだけど、父でも知らない植物の素材とか、やっぱり世界樹の化身だからこそ用意できた物だと思うんだよね」


「それが、枕元に置かれていたの……?」


「うん。そうなんだ」


「うーん……。針金の方は?」


「うん? 針金? えぇと針金は……次の週に送られてきたかな? ブラシ全体をグルリと巻く縄は、さらに次の週だったね」


「何故週ごとに……」


「それは神樹様の考えることだから、僕にはちょっとわからない。とにかく毎週パーツが送られてきて、それを自分で組み立てたんだ。……ふふっ」


 いかん、思わず笑ってしまった。まるっきり『デアゴス◯ィーニ』じゃないか。創刊号だけ安いやつだ。『週刊タワシ』だ。

 意味がわからない、どうしてこうなった。何故か世界樹が『デアゴス◯ィーニ』っぽい存在になってしまった。


「わかっているんだ、自分でもおかしなことを言っているのは……。だけど、とにかく神様的な存在に渡されたのは本当なんだ、それだけは信じて――ママ!」


「信じるわ」


「ありがとうママ!」


「えぇ……」


 よし。母は『ママ』と呼べば、大体のことは許してくれるのだ。さすがに乱発はできない伝家の宝刀だが、ここは使うべきだと判断した。


「いいのかいミリアム……?」


「ええ。胡散うさん臭い話だったけど、最後の言葉は真実を語っているようにみえたわ」


 やっぱり胡散臭い話だとは思われていた。というか僕自身、胡散臭い話だと思う。


「けれど、そんなよくわからないものと出会ったのなら、きちんと話さないとダメよ? 罰として――外出禁止、三週間」


「う……。はい、ごめんなさい」


 長い、長いよ……。どうも長命のエルフなせいか、時間の流れがゆっくりな傾向がある。罰もゆっくりだ……。


「はぁ……。ミリアムがいいっていうならいいけど。……それで、その神様的な世界樹っぽいなにかは、どれくらい現れたの?」


「え? ええと『ブラシの材料を送るから作りなさい』と『あなたは木工スキルをもっていますね?』の二回かな?」


 スキルは貰ったわけじゃなく、もっていることを教えてもらっただけにする。神様からスキルを授かったとか、ちょっと大ごとになっちゃいそうだし。


「あぁ『木工』スキルか、元はといえばその話だったね。……その二回か。うーん、世界樹がアレクに何をさせたいのかわからない……」


 まぁでっち上げだしね……。


「ふぅ……それで、アレクはどうしたいんだい?」


「え?」


「世界樹と邂逅かいこうしたんだろう? もしかして、もっと深く世界樹を信仰して……あるいは教会に入りたいとかいう気持ちがあるのかな? ローデットさんみたいに」


「いや、ないけど」


 そこでローデットさんを例えに出すのはちょっと不適切な気もする。


「ないのかい?」


「うん。別に何かお願いされたわけでもないし、僕は今まで通り過ごすよ。……あ、ブラシも父が使ってほしい」


「そうなんだ……。掃除に便利だから、僕としてはありがたいけど……」


 なんとなくに落ちない感じの父だが……。うん、これで大体解決しただろう。一時はどうなるかと思った。

 僕のせいで世界樹のイメージが損なわれないかちょっと心配だが。……まぁ子どもの言うことだ。誰も信じないし、怒られることもないだろう。


 ……なんかフラグっぽいな。いや、大丈夫だよね?





 next chapter:父からのプレゼント

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