みっしょん17 進撃の市民
「――では、公認キャラクター候補が全員揃いましたところで、さっそく第一回戦の競技に移りたいと思います」
4体のゆるキャラが並び立つと、司会の女子アナはすぐさま最初の競技の説明に入る。
「ゆるキャラにとって最も重要なのは、その人の心を癒してくれる、なんともいえないカワイらしさです。そこで、第一の競技は〝人気者くらべ〟を行いたいと思います」
「人気者くらべ?」
「なんだ? どうやってやるんだ?」
それまで一切競技の内容を知らされていなかった参加者達の間からは、当然、疑問や不安の声が一斉に上がる。
「今から合図とともに、こうしたものには目のない各世代の濡良市民達が、この競技会場内に順次投入されます。その市民の方々に、しばらくゆるキャラの皆さん達と戯れていただいた後、最も気に入ったゆるキャラの周りに集まってもらいます。そこで、一番人気のなかったもの1名が失格となり、残りの3名は二回戦に進む権利を得ます」
「なんだ、簡単じゃねえか」
「それならば自信があります」
「カワイさなら負けないヨ!」
「フン。おもしろい。相手になってやろう」
女子アナの説明に、銭湯組合、寺院連盟、中国人会、そして、ゆるキャラ部の介添役達はそれぞれに自信のほどを口にする。
「では、始めますよ? ゆるキャラの皆さん、準備はいいですか? 介添役の皆さんは競技場の外へ出てください」
「安室君、どうやら問題なさそうだな。では、健闘を祈る」
「レイちゃん、がんばってね!」
そのアナウンスを聞くと、茉莉栖とひかりはぬらりん初号機の中の鈴に声をかけ、足早にもと来た条坊高校の控え所へと戻って行く。
「……え? あ、あの、ちょっと待って…」
緊張に我を忘れていた鈴は慌てて二人を引き留めようとするも時すでに遅し。彼女は独り、着ぐるみに入った状態で観衆に囲まれる会場のど真ん中に取り残された。
「それでは第一回戦スタート! 先ずは条坊市立保育園の園児のみんな~! ゆるキャラ達と楽しく遊んでくださーい!」
司会の合図が発せられたと思いきや、会場の南側に待機させられていた園児の一団が、外されたロープを乗り越えてゆるキャラ達のもとへと進撃を開始する。
「わ~っ!」
「きゃあ~ー!」
解き放たれた園児の群れはそれぞれに奇声を発しながら、気に入ったゆるキャラ目がけ、て無秩序に突進して行く。
「アハハハハハ、へんなかお~!」
「ねえねえ、なんてなまえ?」
「あくしゅ! あくしゅ!」
「だっこして! だっこ!」
大量の奇行種が、それぞれ勝手なことを言ってゆるキャラ達に纏わり付いていく……。
あっという間に4体のゆるキャラは、小さな巨人達によってもみくちゃにされた。
「コラ! ガキどもくっ付くんじゃねえよ! 駆逐するぞ!?」
園児達の猛攻に、せんとーくんの中にいる銭湯組合・極楽湯の主人は、本来、着ぐるみの
まあ、最近では某関東の非公認キャラやその北の方のよく伸びるキャラのように、あえて声を発することで人気を博しているゆるキャラも存在してはいるが、せんとーくんのそれはただのオヤジの怒号である。
「南~無……」
対して、なむなむくんを身に纏う寺院連合会の僧・
「
一方、中国人会のマントウくんを着た中華料理店「少林軒」の看板娘・
では、我らがぬらりん内の鈴はどうしているのかといえば……。
「うう……み、みんなが、わ、わたしのこと見てるよう……」
極度の緊張から、ただその場に突っ立っていた。
しかし、着ぐるみのおかげで鈴の硬直した姿はうまく隠され、外見的には飄々として立つ老人――ぬらりんの持ち味を如何なく発揮している。
「キャハハハハハ! このおじいさん、へん~!」
「すげーゆるい~!」
そんなぬらりんの姿に、まったく動くことはなくとも園児達は自主的に戯れていた。
「はーい。じゃあ、園児のみんなはこれでおしまいだよ~。次は濡良女子高校の生徒の皆さんです。では、濡良JKのみなさん、
「キャ~っ! マジうけるぅぅぅ~っ!」
女子アナのアナウンスに促され、保育士達が立体的な動きで園児を会場外へ駆逐すると、次に騎馬隊の如くゆるキャラ達に突撃して行ったのは女子高生一個中隊だった。
「へへへ、若い娘はエエのう……」
「煩悩即成仏……」
「女子高生、味方付ける。コレ、勝利の鍵ネ」
「ううう………」
園児の群れから解放された4体は、それぞれの思いを秘めて、ようやくゆるキャラとしての本領を発揮し始める。
マントウくんは先程と同様、せんとーくん、なむなむくんも手を振ったり、握手したり、さらには抱き付いたりと、その真の目的が疑わしい者も中にはいたが、カワイらしい仕草のパフォーマンスをそれぞれに披露している…….
ただ唯一、鈴の入るぬらりんだけはぼーっとその場に突っ立ったまま、やはり何の動きもない。
「ちょっと、このオヤジ、なんかエロくなくなくない?」
「キャー! 小さな坊主さん、カワイイぃ~」
「この
「アハハハハ! このお爺さん、マジウケるんですけどぉ」
そうした四4体のゆるキャラ達を、ちょっとギャルの入った女子高生達は各々に勝手な言葉を投げかけて評価していった。
「JKの皆さんの時間はこれで終了です。では、最後に濡良女子大で日本史を学ぶ、史学科学生の皆さんに評価していただきましょう! Hey! JD GIRLS! レッツパ~リィ!」
「我ら〝
女子高生に続き、三番目に投入されたのは地元の名門女子大に通う、戦国武将大好きな女子大生歴女の小隊である。
「へへへ、女子大生もいいのう……」
「煩悩即成仏……」
「将を射んと欲すれバ、先ずJDを射ヨ……これ、中国の古い諺に言うネ」
「………………」
今度もそれぞれに、ゆるキャラ達は着ぐるみ特有のほんわかとしたゆるい動作で女子大生達にパフォーマンをしてみせる……無論、ぬらりんを除いてであるが。
「キャっ! このオヤジ、今、わたしのお尻触らなかった? セクハラだし顔も怖いし、うちのゼミのエロ教授そっくり……」
「あ、この子坊主さんいいね。ぬいぐるみあったら欲しいかな」
「これ、あれだよね? あの中華街で売ってるやつ。あたし、けっこう好きかも」
「インズダ載せるから写メ撮って写メ! なんか、このお爺さんだけ全然動かないけど中に人いないのかな?」
歴女JD達もしばしゆるキャラ達との触れ合いを楽しみ、個々の評価を下しつつ、会場を後にしてゆく。
「はい。それでは濡良女の皆さんも終了です。これで全員の審査が終了しました。さあ、いよいよ判断が下される時です……審査員の皆さん、もう一度会場内に戻って、一番お気に入りのキャラクターの周りに集まってくださーい!」
「……なんか、さっきから全然動かないけど、だいじょぶかな?」
アナウンスの指示により、再び園児・女子高生・女子大生の大軍勢が会場に流れ込むのを眺め見ながら、控え所で他の部員達とともに様子を覗っているひかりが呟いた。
「ダメだね、ありゃ。完全に硬直しちまってるよ」
「やっぱ、あがり症にはキツかったかあ」
それに答えて、首を横に振りながら瑠衣と真太が各々に答える。
「こりゃ、残念ながら一回戦敗退かな?」
「やっぱり、わたしが出た方がよかった?」
ビデオを回しながら平七郎が他人事のような台詞を吐き、松葉杖を突いて立つ舞は抑揚なく尋ねる。
「いや、そうでもないさ。確かに全然動いてはいないが、逆にそれが功を奏して、なかなかにウケはよかったみたいだからな」
しかし茉莉栖だけは確信にも似た妙な自信を感じ、微かに笑みを浮かべて勝負の成り行きを見守っていた。
「はい。全員、自分の好きなキャラの所に行きましたね? それでは、結果発表です!」
一見すると、どのキャラも甲乙着け難いくらいに審査員の園児~JD達が分散して周囲を取り巻いている。
「日本野鳥の会の皆さんのご協力で人数を数えましたところ、一位はなむなむくん、二位はぬらりん、三位は僅の差でマントウくん…」
……しかし、ただ一体。銭湯組合のせんとーくんだけは違っていた。
そのゆるキャラとは思えない強面のオヤジの周りには、まるで人が集まっていないのだ。
いる者といえば、かなりマニアックな趣味を持っていそうな不思議ちゃんか、よくこの審査のルールがわかっていない園児くらいのものである。
「そして、四位は……ああ、これは見るからに明らかですね。残念ながら最下位で失格となってしまったのはせんとーくんです。せんとーくん、残念」
ソフトな言い回しで誤魔化しつつも、女子アナは容赦なく第一回戦の敗者を発表する。
「そ、そんな、バカな……」
そのアナウンスに観戦していた銭湯組合の面々はがっくりと肩を落とし、それから間を置かずして内輪での言い争いを始めた。
「やっぱ、極楽湯さんを着ぐるみ役にしたのがいけなかったんだ。あんなスケベ親父を着ぐるみに入れること自体間違ってたんだよ。
「な、何を言うんだ! 敗因はそんなことより、あの、ゆるキャラのレベルを完全に逸脱した恐ろしい顔の方にあるだろ! あれじゃ、ゆるキャラというよりきもキャラだ! あれをデザインした
「なんだと? あれ見せた時、みんなだってこれで優勝間違いなしって賛成してたじゃないか! それなのに何を今更……あれはね、デザインよりも着ぐるみの造形の方に問題があるんだよ。だから、
「な……自分のことは棚に上げて、そのなんたる言い様……大変なことは全部他人任にしておいて、まったくどいつもこいつもぉ……ああ、もう頭にきた! こんなこともうやめだ! とっとと家帰って酒でも飲んでた方がましだ!」
「そりゃ、こっちの台詞だ! お前らの顔なんかもう見たくもねえ!」
「その台詞そっくり返してやる! ほんと、酒でも飲まにゃやってられねえよ!」
こうして、ゆるキャラにはまるで相応しくない醜い口論をかわしながら、銭湯組合のメンバー達は早々にその場を去って行ってしまった。
「やったーっ! 二番だよ! 二番!」
「やはり御仏の加護が我らには付いている……」
「マ、一番じゃなく、ちょと悔しいけどネ」
一方、勝った三名の陣営からは喜びの声が聞こえてくる。
それは参加者本人達ばかりでなく、その応援に来た大勢の関係者が座る客席からもだ。
「引き続き、第二回戦に移りたいと思います。二回戦出場の皆さんは、係の者について次の場所へと移動してください」
そうした騒がしい歓声の中、一回戦を終えた会場には勝ち残った三名を誘導するアナウンスが流される。
「これも御仏のお導き……」
「やったネ! 次は一番、ワタシタチがもらうヨ!」
それに従い、再び介添人が付いて、ゆるキャラ達は次なるステージへと移動して行く。
「うう……もう、帰りたい……」
「安室君よくやった! やはり君を装着者に選んで正解だったようだな」
「その調子で次もがんばってね☆」
極度の緊張に打ちのめされ、ぬらりんの中で弱々しく嘆く鈴も、そんな彼女の気持ちなど意に介さない茉莉栖とひかりに連れられてその場を速やかに後にしてゆく。
「………………」
誰もいなくなった会場中央のガランとした広場には、介添えの仲間も帰ってしまったせんとーくんとその中に入る極楽湯の主人だけが、もの淋しくもぽつんと独り取り残されていた……。
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