第一章

第1話 誘い

 二限終わりの昼休み、学生たちの話し声と食器がこすれ合う子気味いい金属音が途切れなく聞こえてくる食堂で、とおるは二人分の席を確保して座っていた。何度かスマホの画面から顔を挙げてみるが待ち人が来る様子はない。代わりに目に入るのはサークルの新歓活動をしている上級生の姿ばかりだった。

 入学式から一週間、大学内で一番大きい六号館の食堂は新歓活動の主戦場になっている。空いている席を探している一年生らしき生徒をサークル単位で確保しているテーブルへ呼び勧誘する。そんなことがいたる所で行われていた。

「すまん。お待たせ」

「遅せーよ智哉ともや。何してたんだよ」

「こっちに向かう途中で色んなサークルから声かけられてさ。ほら、これ」

 そう言った智哉のトートバッグからは大量のチラシができた。

「凄い量だな。こんなの受け取らずに無視して来ればよかっただろ」

「それがそうもいかなくてさ。無視するのが逆に面倒くさいくらい押し付けられて、一枚受け取ったらあとはもうその上にどんどん乗せてくんの」

「なるほどな。サークルもう決めたか?」

「まだ。せっかくこんなにチラシ貰ったし面白そうなサークルあったらとりあえず新歓に行ってみようかなって感じ。透は?」

「俺もまだ。なんのサークルあるか知らないし」

「そのためのチラシだろ? ほら、これとかは? おさんぽサークル『歩っ歩ぽっぽ』だって」

 智哉が少しニヤけながらチラシを渡してくる。

「おさんぽって……別にサークルじゃなくてもできるだろ」

 適当にチラシをパラパラめくってると一枚のチラシに目が留まった。

「お、何か良さそうなのあった?」

「あぁ、いや……」

 透が見ていたチラシを智哉が覗き込んでくる。

「えーっと、文芸サークル『こよみ』か。透って本好きだっけ?」

「智哉ほど熱心な読書家じゃないけど人並みには」

「それほどでも」

 智哉はわざとらしく頭を掻いた。智哉はチャラそうな見た目に反して小学生の頃から頭が良く、高校の頃は全国模試で上位者に名を連ねるほどの頭脳の持ち主だった。特に国語の成績は常にトップで、本人曰く「あんなの普段から読書してれば誰でもできる」だそうだ。その読書量は週に五冊以上と並ではない。

「俺本読むの好きだしここの新歓行ってみようかな。透も行こうぜ。お前、たしか文章書くの得意だっただろ? 小説も書けそうじゃない?」

「そんなことないと思うけど」

「そうか? 小学生か中学生の頃作文のコンクールに出品されてしょっちゅう表彰されてたじゃん。透なら小説書けるって」

「そんなこともあったっけな。それより飯食おうぜ。早くしないと三限始まっちゃうぞ」

「それもそうだな」

「じゃあ俺先に買ってくるわ。ちょっと待ってて」

「おう」

 透は胸にじわりと広がる苦い思いをかき消すように、足早に洋食屋の列へ向かっていった。



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