#6 語学研究部の正体

 さゆりは踊るような文字で、ホワイトボードに「仲間」の2文字を書いた。


「そう、語研の第二目的とは……仲間を作ること! ここのみんなに共通しているのは、『友人関係に困っている』ということなんだよ」


 語研に集まっているのは、それぞれクラスに友達がおらず孤立している者たちだという。そこで、趣味を同じくする仲間で活動を共にし、少しでも交友関係を作る、というのが裏の活動目的らしい。

 やよいがクラスで浮いていることは、遥にも何となく想像はつくが、後の二人についてはどうにも、人間関係に困っている風には見られなかった。


「お恥ずかしながら、あたしはコミュ障というか……人とうまく話せないことが多くてね。やよい先輩とは中学からの仲だからいいんだけど」


「石飛さん、そんな風には見えないけど……」


 そこで遥はふと思い出した。人が多くにぎやかな廊下で、あるいは生徒会長の前で、突然小さくなったさゆりの声。


「サユーリはどっちかっていうと、内弁慶でしょ」


 やよいの鋭い指摘を受けて、さゆりは恥ずかしそうに笑うだけだった。

 ともあれ、この決して広くない活動スペースに、語学研究部4人の部員がそろった。長机を囲むコの字のスペース、その一番奥にさゆり。その右手にフローラ、左手に遥が、向かい側にやよいが立っている。


友望ともみさんが来てないけど、とりあえず部長ごあいさつってことで。……えー、このたびは、」


 飲みかけの缶コーヒーを長机においてから、さゆりは話し始める。そこにやよいが割って入った。


「トモミならここにいるじゃん」


 やよいが右手側に寄ると、後ろに隠れていた一人が姿を現した。

 その手に抱えられた何冊もの分厚い書籍が、まず目についた。そして、背の中ほどまである長い茶髪。前髪は目元を覆い隠し、その隙間からわずかに覗く瞳には、表情が一切窺えない。

 背丈は当然ながらやよいより高く、さらに言えば遥よりも少しだけ高く見える。つまり、やよいの後ろにいてもその姿は見えていたはずなのだ。


「うわ、びっくりした。やっぱ影薄いなー友望さん」


「友望さん、こちらが部の設立に助力してくださった遥ちゃんです。自己紹介、お願いできます?」


「……2年A組、北上きたかみ友望ともみ


 その声は共用部室の騒がしさに負けてしまいそうなほど小さく、か細かった。


――この人、北上さんも先輩……2年生もいるのに、部長は石飛さんなんだ。そもそも、言い出しっぺは小淵さんだし……。


 とはいえやよいにしろ、友望にしろ、部長を引き受けるような質ではなさそうだということくらいは、遥にも分かった。そして、北上友望が語研の第二活動目的に合致した、「交友関係に難儀する者」であるだろうことも。


 友望はやよいを押しのけて中に入ると、重たげな書物たちを長机に置いた。その質量をうかがい知るに足る、破壊的な音とともに。


「友望さん、ごめんなさい。まだ本棚がないんです……」


「そう」


 友望はやはり一切表情を変えることなく、近くにあった椅子に腰かける。そして山のような本の中から一冊を取り出し、読み始めてしまった。


「あちゃー、こうなったら友望さん、テコでも動かないんだよね。……まいっか。これで部員がそろったことだし、これからの活動計画と役割分担を決めていくよ」


 内弁慶をいかんなく発揮し、部長らしいリーダーシップをとるさゆり。フローラはその横にいて、ニコニコと可憐な笑みを浮かべながら缶コーヒーを飲んでは、時折むせている。やよいは今朝のものと同じ単語カードを取り出してめくり始めた。友望は可動部が腕のみに限られたロボットのごとく、ひたすら本を読み進める。


――人間関係というか、性格に難があるというか……。それは、私も同じだけど。


 遥は内心、この部の活動目的が、何となく自分向きであるような気がしていた。

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