最終話 透けた微笑み


数年後。


僕は病院の更衣室で、手術着に身を包んでいた。


身支度を整えた僕は、銀色の指輪をロッカーの中に大切にしまう。


「いってくるよ、舞葉」


一人呟き、僕はロッカーを閉じると更衣室を後にする。



僕は手術室に入っていく。

明るい部屋の中で、物々しい格好の医師達が、手術台の上で寝ている患者を囲んでいた。

今まさに、手術が始まろうとしている所だ。


執刀医は舞葉の父である夜霧やぎり先生。

僕はその夜霧先生の横に並ぶように立つ。


「景太君。君が助手を引き受けてくれて、本当に心強いよ」


夜霧先生が僕に向かって言う。

僕は彼の言葉に、誇らしさを感じた。


「…やっとあなたの隣に立てるくらいになれました」


僕はそれだけ言うと、後の言葉は飲み込んだ。

今はそれ以上、関係の無い会話をここで続ける訳にはいかなかった。

これから始まる目の前の手術に、集中しなければならないのだから。


「難しい手術ですが…、必ず成功させましょう!」


僕は夜霧先生と、周りの助手達に向かって言う。


「ああ…。もちろんだ!」


僕の言葉に、夜霧先生は力強く頷くのだった。






誰もいなくなった更衣室。

並んだロッカーの間には、長椅子が置かれていた。


その椅子に腰掛けて、景太のロッカーを愛おしそうに見つめる女の姿があった。


彼女の体は薄く透けている。



「頑張れ…。頑張れ景太君…!」



景太のロッカーにむかってそう独り言を口にした女は、優しく、そして満足そうに微笑みを浮かべるのだった。





薬指に咲く・完

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