第14話 薬指に咲く.1

祭りが行われている神社には裏山があった。


あまり大きな山では無かったが、時期になると登山を目的に人が集まるくらいのスポットではあるらしい。

その登山客のために慣らされた山道を、僕と舞葉は二人で登っていた。


虫の鳴き声と、踏みしめた枝の折れる音だけが耳に聞こえてくる。


辺りは暗く、足元がおぼつかない。

そんな中で舗装されていない曲がりくねった山道を進むのは、結構危険なことだった。


「舞葉。危ないから手を繋ごう」


「うん。ありがとう!」


僕が差し出した手を、舞葉は嬉しそうに握る。


山の麓には祭りの灯りで輝いている神社が見えた。

少し急な坂を登ってきたので、ここからだと麓の景色を一望することが出来る。


遠方からは花火開始のアナウンスが聞こえてくる。

それはまるで僕達を急かしているかの様だった。


僕達は手を繋いだまま、足早に目的地へと向かう。



「あっ! 見えてきたよ!」


舞葉が声を上げたので、僕は暗闇の中で目をこらす。


僕達が見つめる先。山の中腹辺りに位置するその場所は、平坦に開けた広場になっていた。


そこは登山客用の休憩所だ。

周りの木々は伐採されていて、見晴らしの良い場所だった。

木製の小さな机や椅子が、暗闇の中でひっそりとただずんでいる。


打ち上げ花火を見るには、まさに絶好のスポットだが、それにもかかわらず人影は無い。


夜の山に入ろうとする人があまりいないのか、そもそもあまり知られていないのか。

とにかくこの場所は、毎年そんな様子だった。


「今年も誰もいない! 貸し切りだね!」


嬉しそうに飛び跳ねた舞葉は、僕のことを置いて先に走って行ってしまう。


「舞葉、走ると危ないよ!」


舞葉の背中に向かって、僕は叫ぶ。


そんな浮き足立った彼女を見ていた僕は、毎年ここで同じ様な光景を見ていることを思い出す。

小学生の時も、中学生の時も、大人になってからも。


そして去年も。

打ち上げ花火が始まる前は必ず、舞葉は子供の様にはしゃいでいた。


「あれから一年か…」


僕は去年の出来事を思い返す。



それは僕達にとって、今までで一番特別な夏の思い出だった。

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