不協和音が響くとき

文音 憂

第1話 退屈

「二番線のドアが閉まります。ご注意ください」

 帰宅ラッシュの中、俺はいつものように神田駅から山手線に乗りバイト先へ向かう。代わり映えのない景色に眼を移して、昨日とは違うちょっとした変化を見つけようとして退屈さを紛らわせていた。しかし今日の景色は昨日と全く同じだった。全てが自分の眼の中をただ通り過ぎていくだけだった。


 上京して三年目、”夢と希望に満ちたキャンパスライフ”などという言葉はどこかへ置き去りにしてしまったのだろう。大教室で行われる教授の一人語り、サークル仲間との何の生産性も無い飲み会、先月付き合い始めたチョイブサイク彼女とのマンネリな関係、俺にとって退屈以外の何物でもなかった。何か面白いことは無いかといろいろ考えてはみるのだが、東京へ出てきてから俺はすっかり怠惰になってしまった。

「はぁ~」

 最近はため息が多くなっている。そのたびにこの巨大な虚無感は俺にまとわりついて離れない。


 電車は秋葉原を過ぎ上野にさしかかった。電車の扉が開き、サラリーマンの群衆がホームの階段へ駆け出す。この瞬間が私にとっての束の間の休息。車内の淀んだ空気に涼しい風が入ってくる。発車メロディーが鳴り終わるころにはもう人に波に押され外をなんとなく見ている余裕がなくなる。発車とともに車内が揺れ、隣にいた女性に足を踏まれた。

「うっ・・・」

 ヒールの脚が、小指にヒットしてしまい思わず小さくうめき声を漏らしてしまった。

「すみません」

 女性はそう言うと、人の波をかき分けて私の視界から消えていった。


 俺は足の痛みをこらえながら、最近何か面白いことはなかったかと考え始めた。

「(面白いこと……無い……)」

 退屈な時間軸の中に生きていることを改めて俺は自覚し、ここから抜け出すことは無理だろうと思った。つまらない……とにかくつまらない……。再び窓の外に目をやろうとしたが、無表情の人の群れにさえぎられて見ることができなかった。


「鶯谷~鶯谷~、ご乗車ありがとうございます」

 今日は珍しく、この駅でいつも以上の乗客が降りた。空いた車内から外を見ると、曇った空が視界に入ってきた。今日も折り畳み傘をカバンに入れず外出してしまっていた。扉の上にあるモニターの天気予報は九時ごろから雨が降ることを告げ、昨日と同じ過ちを繰り返す私自身に若干嫌気がさしてきた。くたびれたスニーカーに足を向けていると、電車は日暮里に着き電車を降りた。東口改札を出て、空模様を気にしながら少し速足にバイト先へ向かった。

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