青春を謳歌したい俺と将来が安泰のご令嬢

三鷹真紅

第1話 始まりの日

 昔から他人の顔色ばかり伺う人間だった。

 ひたすらに受動的で、自分から動き出すことは決してない。

 そしてそれはこれからも変わらない。

 あの時まではそう思っていた。

 あの少女と出会う前までは…………。


 ◇


 高級感のある椅子に腰かけて3人の美女に囲まれている。

 この状況を言葉で表すとしたら『ハーレム』が最も適切だ。

 男子のほとんどが夢にまで見るその状況に今自分がなっているという事実から多少の優越感を覚える。

 すると美女たちが自分を1番可愛がって欲しいと口々に言いながら、さらにその身を寄せて来た。


「待て待て。暴れるな。みんなちゃんと可愛がってあげるから」


 高坂是清たかさかこれきよはそう言って手始めに右側に立つ美女に向かって手を伸ばす。


「ああ……なんて幸せなんだ……」


 是清が呟き、幸福の絶頂に差し掛かろうとしたまさにその瞬間──。


「──ごほっ!」


 身体に、正確には腹部の辺りに強い衝撃が走った。

 突然のその痛みになんとか耐えようと腹を押さえて強く目をつぶる。

 少しして徐々に痛みが消えていき、ゆっくり目蓋まぶたを持ち上げる。

 そして見た景色は今し方とは異なっていた。

 目の前にいたはずの美女3人は忽然こつぜんと姿を消し、代わりにそこには少年と少女が1人ずついた。

 彼らがほとんど同時に声をかけてくる。


「あ! おはよー! おにーちゃん!」

「兄ちゃん、おはよう」


 嫌と言うほど聞いたその朝の挨拶で状況を瞬時に全て理解した。どうやら、あの美女たちとの触れ合いは夢の世界での出来事だったらしい。


「…………ああ。おはよう。真百合まゆり空太そらた。とりあえずどいてくれるか?」


 自分の腹に思い切り飛び乗ったのであろう妹と弟にどくよう促す。


「うん」


 2人は素直にそこをどき、そそくさと是清の部屋から出て行った。

 是清はゆっくりと身体を起こし、そっとため息をついた。


「はぁ……。最悪だ。朝から同時にあいつらが飛び乗って来るなんて。どんな天文学的確率だよ…………」


 言葉の意味がおかしいのは重々承知しているが、あえてそうやって大袈裟な表現をする。

 夢でも、あれを邪魔して欲しくはなかったからだ。

 部屋の時計で時刻を確認すると7時ちょっと前なのが分かった。

 今日は4月15日。週明けの月曜日で学校があるため、あまりのんびりしていられない。

 部屋を出て初めに洗面所に向かった。

 顔を洗い、簡単に寝癖を整えると改めて鏡を覗き込む。

 そこに立っていたのは線の細い身体に、目にかかるくらいの前髪を持つ男子。クラスに何人かいる陰気な男子という印象を強く受ける。


「……こんなのがハーレムなんて普通に考えて無理か…………」


 自分の姿を見た是清は少し悲しい気持ちになる。

 彼女いない歴と年齢がイコールの是清がハーレムを口にするのはおこがましいので、そこで思考を中断して、リビングに向かった。

 するとどうやらすでに朝食が出来ているらしく、食卓を真百合と空太と母親が囲んでいた。

 兄弟2人が是清が入って来たことに気づき、一瞬遅れて母親も気づいた。


「あ、是清ちゃん! おっはよー! ご飯出来てるよ!」


 朝の真百合に勝るとも劣らない元気で母親がテーブルに手招きしてきたので、ゆっくりと食卓に向かう。


「いつも『ちゃん』はやめてくれって言ってるだろ」


 別にいつも言ってるわけではないが、あえてこういう言い方をする。


「いいでしょ。減るものじゃないし」

「あのな……」


 呆れた声を出しながら椅子に腰を下ろす。夢で使っていた椅子と比べるとまず間違いなく品質負けする普通の椅子だ。

 そんなことを考えながらテーブルに並んだ朝食に目を向ける。

 そして目を見開いた。


「あの……母さん。これは……?」


 疑問を口にする是清。


「あ、気づいた!? どう!? 豪華でしょ! 昨日商店街でサービスしてもらったんだー! コロッケでしょ! とんかつにエビフライ! あと唐揚げ! それと──」

「──重いわ! 朝から何考えてんだ!」


 言葉を遮るように声を荒げる。

 そのせいで母親が肩をビクッと揺らす。


「うー。真百合、空太。是清ちゃんが怒ってるよー」


 涙目になった母親が2人に助けを求める。

 その歳でその行動はどうなんだ?


「あーあ。おにーちゃん、ママ泣かせた」

「よしよし。きっと兄ちゃんは反抗期なんだよ」


 2人がそんな言葉を交互に言っていく。

 その様子を見て疑問が出ないはずがない。


「え? 俺が悪いのか……?」


 たしかに今の状況を誰かが見たならきっと全員が是清が悪いと答えるだろう。

 に落ちない点はあるが、ここは仕方ない。


「はぁ……。悪かったよ、母さん。それと別に怒ってはいないから」


 謝罪と否定を同時にこなす是清。


「…………そうなの?」

「そうだよ」

「……良かったぁ! 是清ちゃんに嫌われたかと思ったよー!」


 胸を撫で下ろすその様子を見て、是清もほっと一安心する。

 それから気を取り直して朝食を取った。もちろん、食べれそうなものを厳選して食べたのだが、それは言わないでおく。


 リビングを出て、部屋に戻り、学校の準備を済ませる。それが終わると、カバンを片手に玄関に向かった。


「じゃあ、行ってくる」


 その言葉とほとんど同時に玄関の扉を開け放ち、是清は外に向かって足を踏み出した。


 ◇


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