78.たまにはこういうのも良いかもしれません


【View ; Syuko】


 水平線と太陽が混ざり合い始めた時刻。

 賑やかだった海岸も人がまばらになりはじめ、多くの人たちが片づけの準備を始める時刻。


 片づける気配がない人たちや、今からやってくる人たちは、花火やバーベキューなどが目的なのでしょう。


 海で泳いだり波打ち際で寝転がったりしたので、髪の毛や水着の内側に砂などが入り込んでしまっているのでシャワーを浴びたいところ。


 とはいえ、ちょうど帰宅ラッシュな時間帯というのもあって、どこの海の家も混雑中です。


 急いで帰る理由もない私たちは、とりあえず海の家の混雑が落ち着くまでのんびりしてようとなりました。


 片づけの方は大人組がやってくれるそうで、私たち三人は足首が浸かる程度の浅瀬をパチャパチャと散歩しています。


「いやぁ~遊んだ遊んだ~!」

「夏休みって気がするね。今度はもっと大勢で来たいな」

「それいいねぇ~」


 花道さんと、雨羽先輩が声をかけて回ると、三十人クラスの大人数になってしまいそうな気がしますけど。


「鷲子ちゃんも、最初は乗り気じゃなさそうだったけど、楽しそうだったよね」


 雨羽先輩に振られて、一瞬「そうだろうか?」と首を傾げそうになりましたけど、間違いなく楽しかったです。


「そうですね。たまにはいいですね、こういうのも」

「だよね!」


 私の答えに、先輩は嬉しそうにうなずきます。

 そんな私たちを――


「むー……」

「花道さん?」


 なにやら半眼になった花道さんが見つめています。


「どうしました?」

「あたしもシューコちゃんて呼びたい! 先輩ばっかずるい!」


 ズズイっと私に迫ってくる花道さん。

 その横で、雨羽先輩が困ったように笑います。


「ズルいって言われてもなぁ……。

 鷲子ちゃんはどうなの?」


 初対面の見知らぬ相手からいきなり言われるならともかく、花道さんとは短い付き合いとはいえ、濃い関わり合い方してますしね。

 ある程度の為人ひととなりを理解しているのですから、嫌ではありません。


「別に良いですけど」

「やったー!」

 

 私がうなずくと、花道さんはすごいテンション上げて喜びます。

 彼女のこの常に楽しそうなところは、ちょっと羨ましいなって思ったりしますね。


「あ! それならシューコちゃんも、あたしのコトは華燐って呼んで欲しいかな!」

「えーっと、はい。華燐さん」

「うむ!」


 花道さん――改め、華燐さんは満足そうに嬉しそうに返事をします。

 すると、今度は雨羽先輩が声をあげました。


「あ、華燐ちゃんずるーい!

 私も霧香って呼んで欲しいな~」


 上目使いで甘えるように見上げてくる雨羽先輩。


「欲しいな~」


 ダメ押しするような彼女の言葉に、私は小さく息を吐いてからうなずきました。


「ええっと、霧香先輩」

「よろしい!」


 戸惑いつつも名前呼びをすると、先輩も満足そうに笑います。


 ――なんなんですかね、これ?


「あたしもキリカ先輩って呼んでいい?」

「もちろん」

「やったー!」

「そんなにこだわるコトですか?」

「んー……」


 思わず私が訊ねると、華燐さんは下唇に指を当て、少し考え込みます。


「なんていうか、名字呼びって距離感じるじゃん?

 だから名前呼び出来るようになると、もっと仲良しになれた! って感じにならない?」

「あ、それちょっと分かる」

「だよねー!」


 霧香先輩も理解してしまった。

 うーん……私は、どうなんでしょう?


「シューコちゃんがピンと来ないなら来ないでいいよ?

 そういうのってなんて言うか、あたし個人の考えみたいなもんだし」

「そうそう。実際、名字で呼び合ってて仲良しさんっていっぱいいるじゃない」

「はぁ……」


 そう言われてしまえばそうなんですけど。

 うー……何だか疎外感があるようなないような……。


 などと考えていると――


「あ、そーだ!」

 

 華燐さんが何やらテンション高めに、何かを思い出したようです。


「シューコちゃん。ガチンコ、いつやる?」

「あー」


 そういえば約束していましたね。

 実はすっかり忘れてましたが、敢えてそれは口にしません。


「五分くらいでよければ、今やりますか?」


 人も少なくなってますし、多少は大丈夫でしょう。


「お? まじんこで?」

「まじんこで」


 どこか半信半疑な華燐さんに、しっかりとうなずき返す。

 次の瞬間――


「やったーッ!!」


 ――ここまでの数回の中でも一番のテンションで叫びました。


 それを見ながら、霧香先輩は苦笑する。


「私は少し下がって方が良さげかな」

「近くにいても巻き込まずにやれるけど、その方がいいかも」

「そうですね。先輩には申し訳ないですが」

「いやいや。大丈夫大丈夫」


 気にしないで――と下がっていく、霧香先輩。


「あ、キリカ先輩。時間、見れる?」

「時間?」

「五分って約束だし。そりゃあ時間分かった方がいいかもってさ。

 ほら、あたしもシューコちゃんも、マジになったら時間とか気にしなくなりそうだし?」


 それは確かにその通りですね。


「わかった。スマホは持ってるし、時間みとくね」

「よろしくー!」

「よろしくお願いします」


 ――そんなワケで、華燐さんと向き合います。


「二人とも、足下が海だけどいいの?」

「このくらいは、まぁ」

「うんうん。格ゲーのステージっぽくてこれはこれで!」

「二人がいいっていうなら、いいんだけど」


 何やら霧香先輩は納得してないようです。

 でも、私も華燐さんと同じようなことを思ってたりします。


 まぁ実際にここで構えてみると、なかなかに難しいものがありますね。


「それじゃあ、いくよーッ!」

「はいッ、いつでもッ!」


 そうして、華燐さんが地面を蹴り、水しぶきを上げながら踏み込んできました。


 ・

 ・

 ・


「はい、そこまで」


 私たちの組み手を止めたのは、草薙先生のそんな一声。

 決して大きい声ではありませんが、止めるのにたる迫力のある声でした。


 その声にあわせて、お互いに出していた技を寸止めし、ピタリと動きを止めます。


「器用な止まり方するね。二人とも」

「時間が止まったみたいでちょっと面白いかも」


 呆れたような感心したような声を上げる草薙先生と、面白がっている霧香先輩。


 私たちはお互いに姿勢を戻して、息を吐きました。


「もう五分経ちました?」

「とっくにね。声をかけても止まらないんだもん」

「ありゃ、それはパイセンに申し訳ない!」


 草薙先生が止めに入ったのは、霧香先輩が困っていたからだそうです。


「それに、だいぶ目立って来てたしね。

 二人ともそこまで注目浴びたいわけじゃないんだろ?」


 確かにそれはその通り。

 私は華燐さんと顔を見合わせてからうなずきます。


「じゃあ、ここで終わり。どっちにしろ五分で止めるって言ってたんだから問題ないんじゃないのか?」

「それはそう!」


 もうちょっと――なんて言い出すかと思いましたが、華燐さんは素直に納得しました。


「海の家のシャワールームもだいぶ空いてきたし、先に浴びて着替えてきな。君たちが戻ってきたら、私と姉御も行くから」


 そんなワケで、私たち三人は空いてそうな海の家へと向かいます。


「いや~楽しかった楽しかった」

「二人とも、なんかすごかったよ」

「ありがとうございます。

 こんな風に組み手するなんて滅多にないので、楽しくてついついチカラが入ってしまいました」

「あたしもー! また機会があったらやろうね!」

「はい!」

「その時は草薙先生が和泉山さんを近くに置いてね? ふつうの人だと圧倒されちゃって止められそうにないから」


 霧香先輩に言葉に、私たちは苦笑を浮かべます。

 確かに、止めて欲しいとお願いしておきながら、先輩の制止の声が聞こえてなかったようですしね。


「最後のガチンコも楽しかったけど、やっぱ今日は一日楽しかった~」

「うん! また来年にでも来ようよ。ね? 鷲子ちゃん?」

「はい。そうですね」


 朝は少し面倒くさいと感じてましたけど、こうやって終わり向かってくると、来て良かったってなりますね。

 もちろん、今日一日が楽しかったからっていうのもあるんでしょうけど。


 来年になれば正史ゲームのイベントとして海に来ますけど……いえ、違いますね。

 正史がどうこう関係なく、来年もまた友達と一緒に海に来たいです。


「うひひ、来たときは微妙な感じだったし、シューコちゃん」

「えーっと、それはそのぅ……」

「華燐ちゃん。最後は楽しそうになったんだからいいじゃない」

「ん! パイセンの言う通り! 楽しかったならおーるおっけー!」


 何となく前世から無縁な感じがする明るくて賑やかなタイプの人。

 だけど、こういう人と一緒にいるのも、悪くないのかもしれませんね。




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【CHECK!!】

 兆しが結実し 花道 華燐 と 月光の絆が結ばれました!


【TIPS】

 二人の組み手を遠巻きから見ていた人たちは、純粋にすごいと思っていた人たちと、青ざめた人たちがいたらしい。

 中には二人に組み手を挑みたいと思った人もいたとかいないとか。

 さらには一部界隈で美少女格闘家の砂浜ストリートファイトとして、話題になったとかなってないとか。


 

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