53.無邪気は時に無垢ならぬ邪気を呼ぶ


【View ; Syuko】


 調子に乗っているラクガキ能力者に、昨日の透明人間……。

 私が思っている以上に、学校内の能力者というのは結構いるのかもしれません。


 絃式いとしき先輩の動画拡散に関しては、出来る限り食い止める方向で動きはしましたが、すでにネットにアップされてしまった以上は、完全に食い止めるのは無理でしょう。


 騒動が大きくなりすぎる前に、ラクガキ能力者を捕まえてしまいたいところではありますが――


「おっはよー、十柄さん」

「おはようございます。花道さん」


 考えながら歩いていると、気づけば校門まで来ていました。

 明るく声をかけてきた花道さんに挨拶を返すと、彼女の周囲にいた人たちが驚いた顔をします。


「花道さん、十柄さんと仲良いの?」

「いいよ~。拳を交わした仲だし」

「何ソレ?」


 花道さんは人気者ですねー。

 何て他人事のように思ってると、彼女と一緒にいた何人かが私に声を掛けてきます。


「十柄さんと花道さんって接点なさそうなんだけど」

「それはですね……」


 答えようとすると、別の人が声を掛けてきました。


「実は結構話せる? 教室の片隅で静かに本を読んでるイメージしかないんだけど」

「えっと、あの……」


 待ってください。

 前の人に答える前に話しかけられても困るんですが……。


「何でいつも一人で本読んでるの?」

「何でも言われましても……」


 ああ、えっと……。

 誰に何を答えたらいいやら。

 そもそも何で本を読んでるかと言われた本を読みたいからでしかなくて、えーっと……。


「ストップストップ。

 十柄さんは、そうやってワイワイなるのが苦手みたいだし。

 あたしらと興味の比重って奴が違うだけっしょ。

 騒ぐよりも静かなの方が好き。人付き合いより読書の方が好き。それだけそれだけ。

 タイミングを見て話しかければちゃんと答えてくれるし、人と一緒にいたい気分の時なら色々付き合ってくれるよ~」


 みんなも自分が好きなことやってるのを邪魔されるのはイヤっしょ? と花道さんが言えば、それぞれに何となく納得してくれたようです。


 この辺り、器というかカリスマというか、そういうモノなのかもしれませんね。


「ところで、十柄さん、チュパロリップス食べる? オールセブンだけで取り扱ってるの限定の新味があるんだけど」

「それって何味なんですか?」

「青海苔岩塩カステラ」

「遠慮しておきます」

「みんなは~?」


 私がお断りすると、口を尖らせながら周囲に訊きます。

 でも、みんなも遠慮するようです。


「青海苔の風味と、カステラの風味が絶妙にアンマッチだし。その上、塩で青海苔の味やカステラの甘みを引き立てるどころか、ガリガリ塩味が効いててせそうになる面白い味なんだけどなー」

「それは人にススメて良い味なんですか?」

「美味しくなりそうなポテンシャルはある味だよ?」

「そのポテンシャルが生かせないまま発売されてるんですよね?」


 心の底からツッコミを入れると、みんなも同意してくれました。


「いやぁ……箱買いしちゃったから、せっかくだしみんなにお裾分けしたかったんだけどなぁ……」

「それは箱買いを後悔している人のセリフでは?」

「十柄さんのツッコミがツライ!」


 などという漫才をやっていると、校門の方から声が掛かりました。


「十柄さんッ!」


 それは悲鳴にも聞こえるような叫び声。

 口にしたのは、両目に涙を湛えながら走ってくる絃式先輩です。


「絃式先輩?」

「助けてッ……あ!?」


 こちらに助けを求めながら、足をもつれさせた先輩が転びそうになりました。

 私はすぐさま地面を蹴って、先輩を受け止めます。


「どうなさったんですか?」

「変な奴らに付きまとわれて」


 震える声で告げる先輩。

 瞬間、私が花道さんに視線を向けると、向こうもこちらを見ていました。


「先輩。変なやつらってさぁ、アレ?」


 花道さんは口からロリポップを出しながら、そのロリポップで校門の方を示します。

 すると、明らかにうちの学校の生徒ではない男性が二人ほど、ためらうことなく学校へと入ってきました。


「待ってよリコちゃん」

「動画みたよ。オレたちが相手してあげるからさ」


 私の制服を掴んでいた先輩の手が、ギュっと締まります。

 震える先輩を見ればそれが望んでいるものではないのでしょう。


 だから、私は敢えて大きめの声で告げます。


「ああ……あのコラ動画・・・・を真に受けた方でしたか。

 嘘を嘘と見抜けない間抜け如きが、この学校に何のご用ですか?」


 周囲の野次馬――特に男子――の顔がわずかにひきつった人が何人かいますね。

 似たようなことでも考えてたんでしょうか。


「そもそも常識的に考えて、あのような紋章が現実的な効果を発揮する訳がないでしょう。

 そんなコトも理解できないなんて、想像力が豊かなのか、あるいは想像力が皆無なのか判断しかねますね」


 先輩を落ち着かせるように、私も先輩を抱きしめる力を強めながらそう口にすれば、彼らは気色ばみました。


「テメェ、喧嘩売ってんのか!」

「それともリコちゃんとはえっち仲間とか~?」


 ピクリと私のこめかみがヒク付いた時、花道さんが一歩前にでました。


「ん~……コラ画像ってのが何だか分からないんだけどさ~……。

 喧嘩を買ってくれるなら、大歓迎」


 いつの間にかくわえ直していたロリポップを再び引き抜きながら、花道さんは凄惨な笑みを浮かべます。

 そして、そのロリポップを彼らに突きつけながら、普段からは想像できないほど低い声で告げました。


「殴る蹴るの暴力ってさ、別に君たちの専売特許ってワケじゃないんだし。あたしは、そういうの、すっごい得意だし大好きだよ?」


 あ、ガチの臨戦態勢ですね。

 バリバリの殺気飛ばしてます。

 なら、私も乗せてもらいましょう。


「そもそも女子供が相手だから大声で脅せばどうにかなるだろうって考えそのものがヌルいんですよね。

 暴力ってあんまり好きではありませんが、それが良いと仰るのでしたら、存分にお相手しますよ。

 言い訳や謝罪は、病院のベッドで聞かせて頂けるんですよね?」


 私や花道さんの殺気は、そんじょそこらの学生のモノとは違います。

 素人であっても感じ取れるように飛ばしているのですから、彼らもかなり怖がっていることでしょう。


「て、テメェらみてぇなガキに誰がビビるかッ!」

「そ、そうだぞ! ガキの脅しなんて……ッ!」


 それでも悲鳴を上げないのは、チンケなプライドのせいなのかもしれません。


 そこへ、新しい声が割って入ってきます。


「全く学校で放って良いような殺気ではないな」


 声を掛けてきたのは、学校の制服をキッチリと着こなし細いフレームのメガネを掛けた、いかにもインテリといった風情を纏う男子です。


 その長身の男子生徒を私は知ってます。

 一応、幼なじみになるのでしょう。


 新堂シンドウ 陽太郎ヨウタロウくん。

 私の一つ上――つまり二年生の男子生徒です。


「ご無沙汰しています、陽太郎くん」

「鷲子くんか。久しいな」


 軽い挨拶を交わした上で、彼は訊ねてきました。


「それで、これは何の騒ぎだ?」

「そっちの女二人が俺たちに喧嘩を売ってきたんだよ!」

「粗雑な小物どもはそう言っているが?」


 これは――分かってて声を掛けてきてますね。


 粗雑な小物扱いされた二人は、それはそれでイラっとしているようですが、まぁ無視でいいでしょう。


「絃式先輩の卑猥なコラ画像が先日拡散されてしまいまして。

 その画像のネタを真に受けて、追いかけてここまで来たそうですよ?」

「ふむ。なるほど」


 陽太郎くんは一つうなずくと、私たちへ……いえ私たちの背後へ向けて声を掛けた。


木茂下きもした先生。そのような事情があるそうです」


 どうやら騒ぎを聞きつけて、木茂下先生が来てくれたようです。


「……そうか。それで……君たちはどこの学校の生徒だ?

 ここは、すでに朱之鳥学園の敷地だ。用も無く入ってきたなら、不法侵入だし、うちの生徒を、脅したというのであれば……」

「脅してきたのはそっちの女どもで……」

「違う! 十柄さんたちはあたしを助けてくれただけ! その人たちが追いかけてきたの……!」


 私にしがみついたまま、精一杯だろう声をあげる絃式先輩。

 そんな先輩の姿を一瞥してから、木茂下先生は男たちに向き直ります。


「当人がそう言っているようだが?

 納得がいかないのであれば警察や弁護士も呼んで話し合いに応じよう」


 グッと息を詰め、二人は去っていこうとします。

 こちらとしても追いかけるつもりはないのですが――


 あ、倉宮先輩だ。

 二人に何か話かけ……いや、言い争いでしょうか?


 指を差して――あ、呪いを掛けましたね。

 この間見た、ざまぁ笑顔スマイルも浮かべているので、成功したのでしょうか。


 これであの二人は大人しくなればいいのですが……。


 とりあえず終わったのだと安堵の息を吐き、私は先輩の肩を叩きます。

 もう大丈夫だと示したつもりですが、先輩はまだ震えたままです。


 そんな絃式先輩に、木茂下先生が言います。


「絃式、しばらくは出来るだけ一人になるな。校内であってもな。

 コラ画像とやらが拡散してしまっているなら、生徒たちの中にも見ている者がいるだろう。

 よもやそれを信じて君に手を出してくる生徒など、学校内にはいないとは思うが、念の為にな」


 コクリ……と、先輩はうなずきます。


「どうしても怖くて逃げたくなったならば、第二理科室横の準備室へ来るといい。授業中以外は、そこにいる予定だ」


 木茂下先生はそれだけ言うと、顔を上げ周囲を見回しながら声を上げます。


「そろそろ予鈴がなるぞ! 関係のない生徒たちは急いで自分の教室に向かいなさい!」


 そうして先生も校舎の方へと向かっていきます。


「キモセンしか来ないとか。他の先生どうしたんだろ?」

「でもちょっとキモセン見直したかも」

「確かにああいう奴を相手にオドオドしちゃいそうとか勝手に思ってた」


 色々ひどい言い草ですが、それが木茂下先生の印象なんでしょう。

 先日、雨羽先輩も言っていましたが、あまり良い印象のある先生ではないそうですし。


「一年である君たちはあまり先生と接点がないだろう?

 噂だけで悪し様いうのは、先ほどの小物どもがネットの画像だけで絃式を付け回した行為と変わらないぞ」


 見かねたのか、陽太郎くんがそう口にすると、みんな少しバツの悪そうな顔をしました。


 まぁアレと同じと思われるのはイヤですよね。

 でもやってることは変わらないと自覚はした方がいいとは思います。


「絃式。鷲子くんたちは一年で、二年の我々とは教室の場所が異なる。

 女子ではなく申し訳ないが、俺が君を教室まではエスコートしよう」

「うん。ごめんね……新堂くん、迷惑かけて」

「気にするな。俺も先生も、気にしちゃいないさ」


 とりあえず、男性嫌悪のようなトラウマにはなってなさそうなのでひと安心……でしょうか。


「鷲子くん。昼休みに第二音楽室だ」


 色々知ってそうだから吐いてもらうぞ――という視線ですね。

 これに関しては、仕方がないで小さく両手をあげてうなずくことにします。


「お手柔らかにお願いします」


 そこへ、花道さんが食いついてきました。


「え? なに? バトるの? ガチるの?」

「殴る蹴るではなく純粋な話し合いですよ」

「とか言いつつ、話し合いという名の……?」

「本当にお話ですってば」

「拳で語る? それとも拳で騙る?」

「暗喩とかルビとかじゃなく。本当にお話するだけですから」


 後ろから私に抱きつきながら訊ねてくる花道さんを引き剥がしながら、私は言い聞かせるように告げると、彼女は口を尖らせました。


「つまんなーい」

「ああ……でも、その関連で花道さんには頼みごとをしたいんですが」

「え? 困りゴト? 頼みゴト? いいよ、いいよ~。

 あたしに出来ることなら、手伝うし」


 事情が分かる人には協力をしてもらいたいですしね。

 人海戦術というほどではありませんけど、人手を増やしてちゃっちゃとラクガキ犯に迫るとしましょう。



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【TIPS】

 怪しい男達を相手に引かないどころか啖呵を切った鷲子と華燐。

 普段とは違うカッコイイ二人の姿に、周りにいたクラスメイトの中には、

 すごいトキメいてしまった娘もいるらしい。


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