19.和泉山 静音 と でんでん虫 4
【View ; Sizune】
バスが横転する。
激しい衝撃とともに、今まで当たり前であった天地の重力が狂うような状況の中で、お嬢様の座っていた場所を中心にお嬢様の腕ほどの太さの枝――いや根か? この際、どちらでもいいコトだが――が、急速に伸びていく。
その根はバスの中に張り巡らされ、全ての乗員乗客を守るように、うねり行く姿が、シェイクされる車内で見て取れた。
かくいうわたしも、その根に助けられた一人だ。
「何これ? バスがひっくり返って……え? 何の根っこ!? 巻き付かれてる……?!」
隣に座っていたマイという少女が喚く。
混乱するのは分かるが、ヒステリックに叫ばれ、連鎖的にパニックが起きると面倒だ。
「落ち着いて! まずは自分のケガとか確認しないと」
「え? あ、うん。えーっと」
キリカが冷静に声を掛け、マイを落ち着かせながらチラリとこちらを見た。
表情から見るに、キリカ自身も混乱しているようだが、それでも冷静に振る舞えるだけの理性はあるようだ。
その勇気に、小さく黙礼をしてから、わたしは隣のお嬢様を見た。
「……お嬢様ッ!?」
「……ぐ、ぅ……だい、じょうぶ、……ですから」
額から血が流れ、意識が薄い
すぐにでも病院に連れて行きたいところだが――
バス内へと視線を巡らせると、奇跡的全員が軽少ですんでいる。お嬢様がとっさにバスの中に植物の根を巡らせてくれたからだろう。
「外、を……。カタツムリは……後回し……で」
息も絶え絶えなお嬢様の言葉に、わたしはハッと顔をあげた。
そうだ。このバスを横転させた男がいたはずだ。
だが、この根に囲まれてバスの外など――と思いはしたのだが、そのあたりも計算に入れてくれていたのだろう。
わたしはすぐに根から這いだせた。
天井と化している窓を開けて、外に出る。
すると、横転したバスの上に乗っている男がいた。
わたしはその男の顔を知っている。資料で見た男だ。
「
先日、お嬢様に叩きのめされ、警察に逮捕されたという美容師。
敢えて能力は取り上げず、能力を使えなくする手錠だけして連れていかれたという話だったが……。
「ん? どちら様で?」
とぼけた調子の男の背後には、髪の毛が寄り集まってできたような人型の何かがいる。
お嬢様の能力もそうなのだが、恐らくは物質などに干渉するタイプの能力は、能力を持たない者でもその姿を見ることが可能なのだろう。
逆に、バスの中にいたカタツムリのように、物質に干渉することなく自身だけでその能力を完結させるタイプのものは、能力者以外の目には映らない――と、いったところか。
この考察に関しては、後ほどレポートにまとめて旦那様に提出するべきだな。
「脱走でもしてきたか」
「交換条件を貰ったんだよ。
あんま髪質の良くない女性職員を全員解放する代わりに、お外に出してもらったワケ」
髪の毛を媒介にエイリアンを作りだし、そのエイリアンは自身を構成する髪の毛の持ち主の元へと戻ると、その髪の毛と融合。精神を侵食し、対象を隷属化する――だったか。
署内の女性職員を多数隷属化し、人質としながら交換条件を突きつけて逃げ出してきたということなのだろう。
(……バスの横転までは計算外だっただろうが、脱走までは逮捕した警官の計算の範囲の可能性はあるな)
だが、それを確かめるのも後回しか。
「他人の髪の毛を媒体に、人を操る能力だったか。
逆に言えば、髪の毛を回収されなければ、さほど脅威はない」
「へぇ……面白いコト言うじゃん。結構、髪質良さそうなお姉さんさぁ……」
「超能力を得た程度であまり調子に乗るなよッ!」
告げると同時に、わたしは窓ガラスを踏み割らぬようにバスの側面を駆けていく。
「……!?」
それなりに常人離れしている自覚はあるんだ。
あまり、そうやって驚かないで欲しいものだな。
口にも顔にも出さずに苦笑して、驚愕に目を見開く錐咬へ肉薄。
そこから攻撃を――と思った時、髪の毛で出来た人型が、
「……あ」
まずい。
警戒していなかったわけではないのだが、想定が甘かった。
「すっげー! アンタすげーよ! 人間あんな動き出来るんだな!
いや、ヘアー&エイリアンが新しい姿――ヘアーマンモードを手に入れてなかったらやばかったぜ」
「……くッ!」
もがきはすれども、解けない。
なまじ髪の毛なせいで、ますます絡みついていくようだ。
「アンタも髪の毛至上主義の最ッ高な気分にさせてあげるからな」
そう言って錐咬がわたしの頭部に触れようとした時――
「……あへぁ……?」
目の焦点がブレ、ぼんやりとした顔になる。
それと同時に、わたしを拘束していたヘアーマンの力が緩む。
よしッ!
無理矢理振り払って、距離を取る。
今の感じ……先ほどのお嬢様と同じだ。カタツムリによる認識の改竄か?
いや、考えている暇はない。
「えっと、オレは……」
戸惑っているところ悪いが、見逃すつもりはないッ!
「ズェァッ!!」
喉の奥から気合いを吐き出すように、わたしは蹴りを放ち、
「ぐぇ? あぁ……ッ!?」
錐咬をバスの上から蹴り落とすッ!
宙を舞う錐咬。それに引きずられるようにヘアーマンも一緒に宙を舞う。
それでもヘアーマンを操作して、無様に地面に落ちるのを避けたのは流石というべきか。
わたしは錐咬を追いかけるように、バスから飛び降りようとした時――視界の端がバスの中の状況を捉えた。
根っこが、元に戻っていっている。
お嬢様が意識を失ったのだろうか。
確認しに戻りたいが、だからといって錐咬を放っておいて良いわけがない。
僅かな刹那に逡巡して、判断を下す。
わたしはまずは錐咬を抑えようと、バスの縁に足を掛けた。
「くそッ! そうだッ! げほ……アンタとヤリあってたんだ……げほ。何で急にワケわかんなくなっちまったんだ……?」
腹を押さえこちら見上げて睨みながらも、戸惑った顔をする男。
冷静になられても困るので、わたしはすぐに飛び降りて、着地と同時に地面を蹴った。
「クソッ! クソッ!」
わたしを迎撃するように、ヘアーマンを動かす。
だが、ヘアーマンの動きはすでに見ている。二度と同じヘマをする気はないッ!
「クソッ、ん……? んんー??」
そして錐咬が何かに気づいたような顔を見せる。
何をするか分からないが、何かをする前にケリをつければいい――ッ!!
踏み込むッ!
それに合わせて、錐咬のヘアーマンが立ちはだかる。
攻撃はせず、あくまでこちらの動きを制するかのような動き。
だが、二度三度とフェイントを掛けながら肉薄していけば、ヘアーマンも、錐咬自身もこちらの動きに対応しきれなくなっていく。
「ちッ!」
錐咬が苛立たしげに舌打ちをする。
こちらとしては、ヘアーマンを振り切り、懐へと飛び込むチャンスだッ!
今度こそ意識を刈り取る一撃を――ッ!!
そう思った矢先、わたしの足に何かが巻き付いた。
勢いを付けていた為に、そのまま前へと倒れてしまう。
「何が……?」
咄嗟に受け身を取り、左足の足首を見ると――何らかの植物の細い蔦が巻き付いた。
「最ッ高じゃねーか! 最強の髪質女子がバスに乗ってたなんてよォ~~ッ!!」
「……なに?」
いつの間にそこにいたのか。
わたしの足に巻き付く蔦の出所。
それは何もないアスファルト。
その蔦の発生地点――
「お嬢様……」
頭から血を流し、虚ろな目をしたお嬢様が、いつの間にかそのしなやかな指先でアスファルトを撫でていた。
=====
【TIPS】
静音は幼少の頃に特殊な育ち方をしたため、一般と比べるとかなり逸脱した運動能力を誇っているらしい。
今でこそ一般人と比べるとだいぶ人間やめた動きができるのだと自覚している静音だが、高校~大学時代はその自覚が無かった為に大変だったそうである。
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