18.和泉山 静音 と でんでん虫 3
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「うあ……天井に何かいる」
お嬢様も顔をしかめて天井を見ているものの、わたしの目には何も映らない。
「お嬢様、天井に一体何が……?」
声を抑えて訊ねると、お嬢様は雑談でも興じるような雰囲気で答えてくれた。
わたしも、お嬢様の態度に合わせる。
「カタツムリですね。大人の手のひらよりも大きい。
半分くらい機械の身体というかサイボーグっぽい見た目の。そして殻の代わりに透明なインク壷を背負ってて、黒いインクが半分ほど入ってます」
だが、やはりわたしの目にはそのサイボーグのようなカタツムリというのは見えない。
お嬢様と同じような能力者にしか見えないのだろうか……?
だとしたら、先ほど天井を見上げていたキリカと呼ばれていた少女も……?
「……目的は分かりますか?」
「いえ……今のところは天井を這っているだけです」
今のところ――か。
お嬢様も、そのカタツムリとやらが意味もなく天井にいるとは思っていないようだ。
「あのカタツムリ……操っている人がこのバスに乗っているのか、あるいはどこかから遠隔操作しているのかで、対応が変わりますね」
「はい。遠隔操作であった場合、対応が難しくはなりますが」
悪意はあるのか。
目的はあるのか。
何一つ見当も付かずに困っていると、わたしたちの横に座っている少女たちが奇妙なやりとりを始めた。
「
「え? まじ? 取って取って!」
キリカと呼ばれていた小柄な少女が、高い位置で結った大きなポニーテールを揺らしながら、マイと呼ばれた少女の肩を勢いよく払う。
「ちょっと強すぎない?」
「ごめん、何だかよく分からないモノだったから、つい」
「そっか。取れた?」
「うん」
「ありがとー!」
だが、私の目には虫やゴミがあったようには見えない――だとしたら……
「和泉山さん。動かないで」
囁くように吐かれたお嬢様の言葉に、わたしは小さくうなずく。
「静かに栄える植物園」
すると、お嬢様の左手が植物の蔦のようになって床へと伸びていく。
……なるほど、これがお嬢様の超能力か。
この異常事態にあって、どこか半信半疑な部分はあったが、こうやって目の当たりにした以上は信じるしかないだろう。
お嬢様とキリカと呼ばれていた少女の目に映っている以上、メカニカルなカタツムリとやらは、このバスに間違いなくいる。
植物の蔦のようになったお嬢様の腕は、そのまま床をつたって何かを巻き取った。
目には見えないが、間違いなく何かを巻きつき引き寄せているように見える。
何せ、不自然な輪っかができているのだ。
わたしの目には見えないが、間違いなくあそこにカタツムリがいるのだろう。
「天井に一匹、私が捕らえたので一匹……複数体操れる……?」
お嬢様は天井に視線を向けながら目を眇める。
そんなお嬢様へと、キリカとやらは視線を向けてくる。
恐らくはお嬢様の左手の変化と、それに捕らえられているカタツムリに気づいたのだろう。
わたしとキリカの目が合う。
良いタイミングなので、わたしは自分の口元に人差し指を伸ばして当てた。
それだけで、意味が通じたのだろう。
キリカは真剣な眼差しで軽くうなずいた。
「霧香? どったの?」
「ううん。何でもない」
「また意味もなくどこか見つめてたのー?」
「えへへー」
からかうような友達の口調に、照れるように笑ってみせる。
きっと、彼女にとってはそれが日常なのだろう。
もしかしたら、開拓能力者という言葉が出回り始める前より、怪奇を目にする機会が多かったのではいだろうか。
きっと彼女は人には見えないものが見えるから、それを誤魔化すように生きてきたのだ。あの照れ笑いはそれを誤魔化す為のものなのだろう。
だからといって見て見ぬフリができるわけでもないから、人知れずああやって友人を危険から遠ざけている。
――カッコいいじゃないか。
だとしたら、彼女の格好付けを尊重してやらなければならない。
そう思った矢先、お嬢様の表情が険しくなった。
「お嬢様?」
「……カタツムリの数、二匹じゃすまないみたいです」
「どれほどの数が?」
「黒いインクの入った壷を背負ったものが、見える範囲に五匹でてきました。捕らえているものを含めると六匹です。
さらに白いインクの入った壷を背負ったものも二匹ほど増えました。
この増殖速度から言って、恐らくは能力者がこのバスに乗っているのだと思います」
まずいぞ。
何をするのか分からないが、それだけの数をお嬢様一人で対処できるとは思わない。
あちらのキリカという少女もそうだ。
このカタツムリの目的が分からないが、バスという閉鎖空間でこの状況はあまりにもマズい。
「……あ」
どうしたものかと悩んでいると、横に座るお嬢様から、どこか艶っぽく喘ぐような吐息が漏れ聞こえてきた。
「お嬢様?」
訝しんで、そちらを見ると、お嬢様の目の焦点が一瞬ブレた。
……まずいッ!
お嬢様がカタツムリに何かされたのでは……!?
次の瞬間、お嬢様の左腕は元に戻った。
刹那遅れて、瞳の焦点も元に戻る。
「お嬢様?」
もう一度呼びかけると、お嬢様は不思議そうに首を傾げた。
「えっと、和泉山さん? どうしたんですか、真剣な顔をして?」
「どうしたって? 奇妙なカタツムリを捕らえていたのでは?」
「カタツムリ?」
本当に分かっていなさそうな表情のお嬢様に、わたしは胸中で舌打ちをする。
これは、間違いなくお嬢様は何かをされた……ッ!
「……ッ! これは……ッ!」
とはいえ、すでにバスの中にはカタツムリが何匹もいるのだ。
それにお嬢様が気づかないワケがない。
「気づきましたか? わたしの目には見えませんが、奇妙なカタツムリが無数にいるとお嬢様自身が仰っていました。
恐らくはカタツムリに何かされた為、記憶や認識があやふやになったのでは?」
「……そうですか。まずいですね、記憶や認識を狂わすカタツムリというのは……」
「ええ」
身動きが取れないバスの中。
ふつうの人には認識されない、人の記憶や認識を狂わす力を持った無数のカタツムリたち。
例えバスの中で人死にが出ようとも、認識を狂わされてしまえば我々は、何も気づかないままバスを降りることだろう。
「和泉山さん、ちょっとピンチです」
「お嬢様?」
「どうやら、私は完全にターゲットにされたようです」
「……ッ!」
「この手の能力は恐らくは本体を叩けば何とかなります。
……書き換えられた認識は、本体を叩いてどうにかなるかどうかは分かりませんが」
どこか余裕なく、お嬢様が口早に説明します。
これは――恐らく迂遠な言い回しをしたわたしへの命令。
その内容は……本体を叩け。
だが、こんな状況で本体が誰かなど分かるわけが――
バスの中へと視線を巡らせる。
その時だ。
「え?」
山道らしい連続したヘアピンカーブを登っていくこのバスの正面に、男が一人立っていた。
「あの男は……!?」
お嬢様が何やら驚愕したように声を漏らした。
その直後、バスを避ける気配がない男を避ける為、バスの運転手は急ブレーキを踏む。
同時に男の背後から黒い影が飛び出してきて、それがバスに絡みついた……!
わたしが認識できたのはそこまでだ。
直後、バスが激しく揺れて、男のことを見ている余裕はなくなった。
=====
【TIPS】
このバスの終点、栗摩センター駅は、
レトロな雰囲気のレストランは、基本的に取材NGの知る人ぞ知る美味い店って奴らしい。
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