2.フラグの管理は大切です


 主人公HEROから距離を取るにあたって、まずは現状で出来そうなことから考えていきましょう。


 一番手っ取り早いのは、私立朱ノ鳥あけのとり学園に入学しないことなのですが、すでに受験は終わっており、合格しています。入学を避けられません。


 なので、私ができるのは――

『今から高校二年生へと進級するまでの間に、可能な限り主人公HEROとのフラグになりそうなものを潰しておく』

 ――でしょうか。


 ただ、このフロンティア・アクターズというゲーム。


 序盤は主人公達が、街の噂や都市伝説を追いかけてるだけですが、そのうちに、タイトルにもなっている『開拓能力者フロンティアアクター』と呼ばれる異能力者同士の戦いに巻き込まれていき、最後は街どころか世界の命運を背負うようになっていく――といった具合に規模が大きくなっていくのです。


 なので、あまりにもフラグを折りすぎると、最終的な事件そのものの解決フラグまで折ってしまいそうなので加減がいることでしょう。

 私が主人公HEROから距離を離したせいで、街や世界が終わりましたとか、ちょっとシャレになりませんし。


 さてどうしたものか――と考えていると、部屋のドアがノックされました。


「入るぞ」

「どうぞ」


 聞き慣れた低い声に、私はすぐに許可を出します。

 入ってきた声の主――それは十柄トツカ 拳聖ケンセイ。私のお父様です。

 前世のゲームでも、恋愛ルート友情ルート関係なく、私と絆を深めようとするとイベント終盤に出てくる、厳めしい見た目の男性。


 髪を後ろに撫でつけていて、目つきも鋭く、表情もあまり変わらないので、見た目はわりと怖い人。

 日本人にしてはやや彫りが深い顔をしているので、海外のマフィアのドンと思われても不思議ではない人でして、よく初対面の子供に泣かれることが地味にコンプレックスという裏設定がある――というのを前世のファンブックで読みました。

 しかも趣味は格闘技全般で、身体を鍛えることが好きということから、ガタイも良いのです。


 だけど、分かりづらいだけで、不器用ながらも情の深い優しい人でもあります。

 前世の記憶のおかげで、それをハッキリと確信しました。


 この記憶が蘇る前からそういう気はしていたのですが、確信もなく、過去の出来事の後ろめたさもあって、どうしても淡々としたリアクションばかりとってしまっていましたが……。


「もう、大丈夫なのか」

「はい。ご心配おかけしました」


 そして、前世の記憶があっても、私はつい素っ気なく返してしまいました。

 もう、こういうやりとりがクセになってしまったようです。


「医者の見立てでは、大事無く……疲労やストレスによる一時的なモノだと言っていたが、どうだ?」


 前世の記憶が戻るのに伴う頭痛でした――とはさすがに答えられませんので、どうしたものでしょうか。


 正直、前世の私も、親とは不仲だったので、参考になりませんし……。


「そうですか」


 ひとまずはうなずいて、私は続けます。


「それでしたら、休めばよくなりそうですね。もう一眠りしようと思います」

「そうか――では、邪魔をしないよう俺は退室するコトにしよう」


 前世の記憶なんてものを持っていても、結局――お父様とのやりとりはこれが限界のようです。

 優しい人であるという確信があっても、何を喋って良いかわかりません。


 それでも――それでも、ここで何かキッカケを作って、主人公HEROに絡むフラグのいくつかをへし折っておかないと……!


 ――いえ、今はそれは置いておきましょう。

 

 お父様が退室してしまうと、次にいつ顔を合わせる機会があるかはわかりません。

 家では食事の時くらいしか顔を合わせませんし、その食事だってお父様は多忙の身ゆえに、一緒になることも少ないのです。


 ……そうです。お父様は、多忙のハズではなかったのでしょうか?


「あの、お父様」

「なんだ?」


 ドアノブに掛けようとして手を止めて、お父様が振り返ります。

 本人はそのつもりはないのでしょうけど、その眼光はギロリと音が聞こえても不思議ではない鋭さです。


 思えば、私はこの目が怖いとずっと思っていました。

 それこそ、今回の頭痛で倒れるまでは――


「その……お仕事はどうされたのですか?」


 私の言葉に、お父様の口元がほんの僅かに緩んだように見えます。


「仕事も……会社も……確かに大事だ。

 だがな――家族は、もっと大事だ。俺が言っても説得力はないかもしれないがな」


 自嘲気味とも言える小さな笑みを浮かべ、それに――とお父様は続けます。


「何よりな、美鳩ミハトに――お前の母親に先立たれ、お前にまで先立たれて、俺だけ残ってしまったら……そう思うと怖くてな」


 そう口にしてから、お父様はすぐにハッとした顔をして頭を振りました。


「つまらぬ弱音だったな。忘れてくれ。

 だが、お前が大事なのは嘘ではない。養生してくれ。

 体調が整わないなら、明日は学校を休んで構わん」

「はい。ありがとうございます」

「ああ」


 そうして、お父様は部屋を去っていきました。


 足音が部屋から離れていくのを聞きながら、私はベッドに潜り直します。

 天井を見上げ、小さく息を吐きながら、今の些細なやりとりが、とても嬉しく思っている自分を感じ、理解しました。あるいは改めて実感したというべきか……。


 私は、十柄鷲子なのです。


 ここにいるのは、ただ前世――今いるこの世界をゲームとして楽しんでいた男性の記憶を持っているインストールされただけの、十柄鷲子わたしなのです。


 前世の記憶による精神的な影響は皆無ではありませんが、今まで生きてきた十柄鷲子が消えてしまうようなものではありません。


 これからも、私は十柄鷲子のまま生きていくのです。


 だって、そうでなければ――

 お父様とこれほど長く会話を続けられたことを嬉しく思う理由に、説明が付かないのですから。


=====


 本日はまだまだ続きを公開予定です。

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