煙が消えるその日まで

志央生

煙が消えるその日まで

 煙を吐くと、人はイヤな顔をして通り過ぎていく。こちらを見る視線が冷ややかで、何か悪いことをしているような気分になる。

 土地面積の少ない喫煙エリアに肩を寄せ合い、集まる喫煙者たちが煙の吐き続け、辺りを白く埋め尽くす。

「吸うのも肩身がせまくなった」

 白髪交じりの男がそう口にしたのを皮切りに、喫煙者たちの愚痴が漏れる。

「俺たちが煙草という税をどれほど払っているか」

 私も口に煙を吸い込み、肺の中を満たしていく。喫煙エリアを一歩でも出れば、禁煙エリアだ。私は吐き出した煙を外に向かって吐き出そうとする。「やめておきなさい。これ以上の無駄な争いは我々の肩身を狭めるだけだ」

 眼鏡をかけたスーツ姿の男は私の肩に手を置いて諭してくる。

「だけど、このままではジリ貧です。どこかで打って出なければ」

「若い奴が粋がるなよ。これは遊びじゃないんだよ」

 男が私に突っかかってくる。相変わらず喫煙エリアは煙が充満している。

「もうじき、全面禁煙になる。我々の憩いの場は姿を消す。身内でもめても何の解決にもならない」

 白髪交じりの男が頭をかきながら、遠い目をする。

「自宅はすでに禁煙、ベランダは近所の目があり吸えない。我々は死を待つだけの喫煙集団ということだ」

 その言葉に一気に場の空気が重くなる。有害と言われ、肩身の狭い思いをしているのについには、吸う者たちは害悪と言わんばかりの扱いだ。

「なれば、最後まで私は吸い続ける。たとえ、喫煙エリアがなくなっても、私は煙草がある限り、吸い続ける」

 堂々と宣言し、ほかの喫煙者たちが声を上げて拍手が起こる。ならば、俺もと賛同する者が増えた。

 小さな喫煙エリアの同士たち、私はたとえ喫煙者として最後のひとりになっても煙草を吸い続けるだろう。そこに煙草がある限り。

                    

                                     了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

煙が消えるその日まで 志央生 @n-shion

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る