Zが押せなくて

タカナシ

第1ラウンド「レディ・ファイッ!!」

「暑い……。やっぱ、帰省なんかしなきゃ良かったかな」


 大学生のトキオは駅のホームから降りるやいなや、ずっしりとした荷物の重みを華奢きゃしゃな両手で感じながら、吹き出す汗と共に呟いた。


 今年2020年の夏休みはパンデミックの影響もあり、授業の進行を取り戻す為、大幅に縮小されていた。その為、トキオが帰省できたのは8月の半ば、最も暑い時期であった。


「これで、半月もしたらまた戻るんだからな。やっぱり辞めておいた方が正解だったか。いや、でもなぁ~」


 何も無ければ、今年は戻らなかったかもしれなかったのだが。

 トキオはチラリとスマホに目を向ける。

 そして再三に渡って妹のユイからラインでいつ帰ってくるのか問いただされた事を思い出す。


「せめて迎えに来てくれたりしないのかよ」


 帰りをあおるだけ煽って、駅に顔すら出さない妹に文句を漏らしながらも、トキオは重い足取りで、慣れ親しんだ家へと向かった。



 トキオが久しぶりの我が家の玄関を開けると、冷房の涼しい風が体を包み込む。

 暑さから解放された爽快感に浸ろうとしたトキオだったが、目の前の意味不明な状況に暑さも爽快感もまとめてぶっ飛んだ。


「おかえり、にーに!!」


「えっ、お前、何してんの?」


 そこにはハチマキをして、道着を着込んだ妹のユイが腕組み、仁王立ちして待機していた。

 栗毛色のショートヘアにハチマキは全く似合っておらず、コロコロとした可愛らしい女の子女の子した顔や中学1年にしても小さい体躯にダボダボの道着というのもかなりミスマッチだった。


 しかし、ユイはそんなことは微塵も感じさせぬ笑顔で、


「にーに! アタシに格ゲーを教えてくれ!!」


「ああ、なるほど。コスプレね。雑すぎてなんのキャラかすら分からんが。たぶんリュウか? いや、こいつの事だからアキラもありうる。流石に大門は上半身裸だからないだろうけど……しかし」


 馬鹿な子ほど可愛く見えると言うが、度を超えると引くんだな。とトキオはマジマジと妹見つめた。


「どうした、にーに? アタシの恰好良さに惚れたか?」


「いや、お前の馬鹿さに呆れてるだけだ。もしかして格ゲーを教えてもらう為に、俺がいつ帰ってくるか聞いてたのか?」


「うん。もちろん!!」


「俺はこれでも忙しいの! だいたいただでさえ短い夏休みをなんでお前に格ゲー教えて過ごさなきゃいけないんだよ」


「えぇ! お願いだよ、にーに! ねぇ、にーに! 可愛い妹の為にさ、にーにぃ!!」


 ユイはトキオの腕にぶら下がる様にすがり付く。


「にーにーにーにー、蝉かっ! 普通の蝉さえうるさいってのに! それと、重いっ!! 荷物にプラスするな!! というか、まず荷物を置かせてくれ、未だに玄関! 靴すら脱いでないんだぞ!」


 ハァハァと激しく息切れしながら、トキオは捲し立てたが、妹のユイが可愛いのは事実な為、そこの所はあえて否定しなかった。


「離してほしければ、格ゲー教えてよ~。にーに強いんでしょ? 確か、コンボ動画? とかってやつ作るくらいスゴイんでしょ?」


「ま、まぁ、高校の頃にそういったのは作ったけど」


「ランカーとかっていうのにもなっているんでしょ?」


「ギリギリ2桁の微妙な順位だけどな」


「微妙なの? 実はにーに、そこまで上手くないから教えられないの?」


「ほぉー、上等だ。そこまで言うなら、教えてやる! ただしっ! 途中で投げ出すのは許さないぞ! やるからには徹底的にだ!」


「もちろん! 流石にーに!!」


 ぴょんとユイは離れるとゲンキンにもトキオの荷物を持ち、部屋へと駆けて行く。


「仕方ない。やるからにはしっかり教えてやるか」


 こうして、トキオによる格ゲー講座が始まった。

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