モットウ

エリー.ファー

モットウ

 別れの歌を始めようと思う。

 時間だけが大切に過ぎていくのを見つめていた。

 そういう別れの歌を唄おうと思う。

 覚悟はできているか。

 僕はできている。

 これは、そういう別れの歌だ。

 酷く錆びついた港町があり、そこに一人の子どもがいた。両親を早くに亡くしたためか、その目に光はなく、常に指先には油が染みついていた。

 どんな仕事をして日銭を稼いでいるのか、どのような人間に好かれて、どこで生きているのか。そんなことは分からない。所属するコミュニティの質が異常に低いことは明白であるものの、その欠片さえ見せてはくれない。

 人を信用していない。

 そういうことではない。

 ただ、自分の生き方を人に見せるということが苦手なのだ。あらかじめ、多くの人間に、自分を理解してもらおうとか、そのような考えを持つことができない。

 ただ。

 一人で。

 生きていく。

 このような手段しか知らないのだ。

 それは、ある意味では美学に溢れた人生ということができるかもしれない。けれど、それだけではない過去を持っていることは明白であったし、また、そのことを察させるような言動を多くしていた。

 彼のことを。

 いや。

 まずは、男だと定義することから始めよう。

 その子どもは男だった。

 女の子のようにも見えたが、男として生きていた。

 子どもではなく、彼だとしよう。

 ある日のことだ。

 船が町に落ちてきた。

 船が海を滑って町に突っ込んできたということではない。

 落ちてきたのだ。

 空からだ。

 昔はあったものだ、と多くの漁師は語ったが、それらはすべて嘘だ。慌てふためいている様を人に見られたくなくて、皆、そのように知った口をきいたのだ。

 船はすべて黄金でできていて、その中には赤ん坊があった。

 ただし。

 その赤ん坊も純金だった。

 多くのあさましい大人たちはその赤ん坊を売り払って、金に変えようと考えたが、それらは直ぐに消え去った。その赤ん坊の顔や、邪気のない表情、そして、美しい寝息。それらが多くのよこしまな考えを消し去ったのである。

 その。

 彼を除いて。

 彼は簡単に、その赤ん坊の首をもいでしまった。そこから噴き出すのは血ではなく、石油だった。大人たちの大半はあっけにとられたものの、それを皮切りに船の黄金を奪いあい始めた。

 余りのことに、女も子供も呆然としていたが、直ぐにその集まりの中に入っていった。

 彼の手の中には、首と胴体が分かれた黄金の赤ん坊。

 それを奪おうとする者はいなかった。

 そのモラルのなさや勇気を持っている姿に、恐れをなしたのである。

 彼は、自分の知っているすべてをそこで語った。ただし、その中には決して、黄金の赤ん坊のことなどは入っていなかった。しかし、非常に魅力的な内容であり、誰もが聞き入った。

 彼はそれから姿を消した。

 港町の人々は、そこから自分たちの生活が潤っていくことを感じていたが、昔不思議な子どもがいて、赤ん坊の首をもいだことなどとうに忘れてしまった。

 海は何度も何度も陸地にぶつかったが。

 決して、黄金を持ってくることはなかった。

 金が欲しいと皆がつぶやくようになり、町は競争意欲を抱えて肥大化していくことになる。

 彼の姿はもうどこにもない。

 何度も言わせてもらう。

 もう、どこにもない。

 それがまた、町の情緒なのだから、致し方ない。

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