海色をみつめて

みなづきあまね

海色をみつめて

桜の花に新緑が混じってきた。今日は風が強いから、もしかしたらほとんど散ってしまうかもしれない。暖かくなるからと思って薄手のブラウスを着てきたのに、実際は結構寒くて、換気で窓があっけぱなしにされたオフィスで私は震えていた。


パーカーを着ても、温かいものを飲んでもダメ。最後の手段として、ストールをぐるっと体に巻き付けた。さっきやっと暖房がついたけれど、いつ温まるのか・・・。


そんなことを考えていると、近くの内線が鳴った。


「はい。・・・あ、実は今年からその業務から外れたんです。引き続きもう一人が担当しているので、そちらに電話取ってもらいますね。」


私が昨年度まで担当していた業務に関して、お客さんから電話が入っているとのことだった。彼の席に目を向けると、私が対応している声が聞こえたのか、既に立ち上がり、受話器に手を伸ばしていた。私は自分が持っている受話器を置くと同時に、


「あの、外線入ってます。」


と彼に告げた。彼は一瞥もこちらによこさなかったが、詳しく言わなくてもわかっているという雰囲気ですぐに対応してくれた。


その日の午後、また同じ用件で外線が入ったが、ちょうど彼を含む担当者が誰もいなかったため、私が取ることにした。しかし、すぐ返事ができるものではなかったため、私は彼に付箋でメモを残し、後程詳しく話すことにした。


しばらくすると会議から戻ってきた彼が机の上の付箋を読んだらしい。私の所にやってきた。私にいくつか質問をするそのまなざしは仕事モードと言う感じで、少し怖いなという印象も持っていた。でも最近はまじまじと目を見て話すことができるようになり、意外にもその目は優しさを帯びているように感じている。


数時間後、彼はいくつか資料を手にして再び私に伺いを立てに来た。


「この資料、持ち帰りたいと思ってるんですけど、どう思います?」


しばらく会社を不在にする彼は、個人情報が入ったファイルを私に見せた。確かに重要文書であるが、これらをいちいち控えるのも骨が折れそうだった。


「うーん、本当は持ち帰らないのが得策なのかもしれないけど、必要ですよね。最悪、電話番号かアドレスだけ控えるか、写真でも撮っておきますか?」


私はそう提案してみた。この案件の話はこれで終わった。そのため彼がお礼を述べると同時に、帰ってしまうかと思っていたが、予想に反して彼は話を続けた。


「自分の仕事が全くできない・・・繁忙期だから仕方ないけど、自分に質問してくる人が多すぎて。正直、自分もやったことのないこともあるんですよね。」


そうボヤいた。年度初めは忙しいし、彼は社内でも指折りのエリート。周りから色々と質問されることも多く、自分のことより人の手伝いの方が最近多いようだ。


私はそんな彼を椅子に座ったまま見上げながら、紺地のスーツに合ったターコイズブルーのようなネクタイのあたりをじっとみつめていた。ひきしまった体にきちんとサイズの合ったスーツ、そして穏やかな茶色い目、きりっとした目元、黒く、短く整えた髪。その容姿に青色が映えた。


私はまだ寒がっており、ときおり体を両手でさすっていた。


「今日寒くないですか?いくら温めてもダメで、ずっと震えてるんですけど。」


「そんなに?確かに天気予報ほど暖かくはないですけど。」


「どうしよう、風邪ひいたら・・・。」


「やめてください。」


彼は真剣な声でそう制した。


「だって絶対具合悪くなりそう。薄着でこなければ。そういえば先週、喉が痛いとか言ってましたよね?うつってたりして・・・。どちらにしてもどうしよう。」


「あれは一日で治りましたから。とにかく、やめてください。」


彼はまたそういうと私の目をじっとみつめた。もっと優しく心配してほしいな、そう思った。でも彼なりのやさしさを感じた。彼は普段からそんなに感情を外に出さないし、口に出す言葉も決して思いやりにあふれたものではないことが多い。だからこそときどき凹むが、目を見ればわかる。そんなに悲しまなくても大丈夫。やさしさがそこにはあるから、と。


なんだかんだ10分くらいは話していたと思う。途中で邪魔が入っても話続けたし、途中で先輩が用事で割って入らなければ、いつまでも話せたかもしれない。絶対風邪をひいた気がするけど、幸せな午後だった。

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海色をみつめて みなづきあまね @soranomame

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