その思いを天秤に乗せて
ラリックマ
第1話出会い
「ほら、
腰まである長い黒髪に、整った顔立ち。高校生になり少し大人びた風格。そしてそれに見合う白いワンピース姿。
見た目だけは一丁前な幼馴染に、俺は無理やりピアノの演奏会なるものに連れてこられていた。
「うるさいな。別に俺はピアノなんて興味ないんだよ。わざわざ付き合ってやってるのに、もう帰るぞ?」
すごい人混みだ。もう帰りたい。家で特別何かするわけでもないが、こんな人混みに押されるぐらいなら家でダラダラとしていた方がマシだ。
俺の手をはぐれないように引っ張っている幼馴染にそんなふざけたことを言うが、聞こえてないのか聞き流しているのか返事は返ってこない。
縦に2メートル以上ある巨大なドアを抜け、かなり大きめなホールの中へと入っていき、空いてる座席へ適当に座らされる。
「なぁ、これいつおわんだ?」
まだ始まってすらないのに、もう帰りのことを幼馴染の高坂麻里に尋ねる。だが麻里は俺の質問に返答する気は無いようで、キッときつく俺を
もう始まるから黙ってろと言うことだろう。俺と麻里は幼馴染というだけありかなり長い付き合いだ。
もはや会話しなくても会話が成立してしまう。いや……それは成立してると言えるのか?
まあ俺が成立していると思ったらしているのだろう。俺が言葉を放ち、麻里が目で返す。これは成立してますね、はい。……と、どうでもいいことを考えていると、明るかったホールは暗くなり、幕が上がり一気に静寂に包まれた空間となった。幕の向こうには一台のピアノがあり、最初の演奏者と思われる人物がカツカツとピアノの方へと向かっていった。
俺はポケーっと頬づえをついてその様子を見ていた。確かこの演奏会、一般部門とかで演奏者の年齢は結構高めだ。
今出てきた女性は黒のドレスを
もしかして後々おばあちゃんとか出てくるのかな? それとも別でシニア部門とかあるのか?
またしてもそんなどうでもいいことを考えていると、女性はピアノの前に座った。そこで場の空気はより一層重くなる。緊張感が漂う会場の中で、あの女性は今どういう心境なのだろうか。
落ち着いているのか、それとも緊張しているのか。こんな大勢の前で失敗はできないだろう。
スウーっと女性は短い深呼吸をすると、演奏を始めた。ゆったりとした曲調。
クラシックの曲だろうか。全く聞いたことがない。ピアノ=クラシックというのは短絡的すぎるだろうか。
でもピアノ弾いてる人って大体クラッシック弾いてない? まあ俺の知ってるクラシック曲なんて”エリーゼのために”ぐらいなので、今回弾かれるクラシック曲達は初めて聞くものばかりになるだろう。
もしかしたら一曲ぐらいは聴いたことのあるものも出てくるかもしれないけど……。
しかし……人声がしない空間といい、ピアノの奏でる音といい……眠くなるな。今日はあまり寝れてない。中学から高校に上がった俺は、今春休みの真っ最中だ。不規則な生活を続けていたところ、急に
俺は次第に
流れている心地の良い音色が、俺を睡眠へと
「………………………は!?」
ガバッといきなり目が覚めた。ざわざわと人の声がする。やば、寝てた。俺はまだ覚めきってない頭を覚ますために、目をゴシゴシとこする。どうやら今は演奏中ではないらしい。俺はどのぐらいの時間眠っていたんだ? 時計を探すように周りをキョロキョロすると、隣に座っていた麻里が俺の心を読んだのか。
「こんな暗がりじゃ時計なんて見えないわよ」
と、当たり前のことを言ってきた。てかなんで俺の考えてることわかるんだよ。どんだけ俺のこと好きなんだ?
そんな自意識過剰なことを考えながら、俺を視線を麻里へと移す。
「俺どのぐらい寝てた? てか後どれぐらいで終わるんだ?」
「はぁ。次の演奏者で最後だからもう静かにしてて」
呆れと苛立ちの混ざった声音でそう言われた。仕方ない。次で最後らしいし、最後ぐらいはちゃんと聴いておくか。
俺は麻里に向けていた顔をピアノの方へと向ける。そして程なくして最後の演奏者が出てきた。
金髪の髪の毛に、白いドレス。その少女が出てくると会場がシーンと静まった。この静寂は心地いい。前に立っている少女は緊張しているのか、ピアノの前で大きな深呼吸をしてから椅子の高さの調整をしている。
調整が完了したら、すぐに少女は椅子に座った。そしてピアノの鍵盤に手を置くと、早速弾き始めた。
最初はゆっくりなテンポ。だが次第に早くなっていく。ものすごい迫力だ。最初に少し聴いたあの女性の演奏とは明らかに格が違う。素人の俺ですらそう感じるほど、彼女の演奏はすごかった。
この迫力をなんて表現したらいいかわからない。でも、俺の心の中には様々な感情が湧いていた。
俺は見惚れてしまった。彼女の演奏に。そして彼女に。俺の今までの薄っぺらい人生を変えてくれるだけの演奏だ。
そして彼女の演奏は終わった。楽しい時間というものはすぐに終わってしまうものだ。俺の体感はほんの数秒のように感じたが、実際は数分の時間が経っているのだろう。
ここが文化祭なら思わず「アンコール!」と声を
演奏が終わると少女は椅子をたち、ぺこりとお辞儀をする。そのお辞儀が終わると同時に、一斉に観客が拍手を少女に贈った。
皆小声で「素晴らしい」や「素敵」などの賞賛の言葉を発している。それだけ彼女の演奏が素晴らしいということなのだろう。
彼女がゆっくりと舞台裏の方へと下ると幕も一緒に下り、ホールには明かりが灯された。
明かりがつくと、観客は皆席を立ち上がりホールを後にした。俺と麻里もそれに続くようにしてホールを出ていく。
ホールの巨大なドアを抜ると、麻里はんんっと伸びをしていた。
「いやー凄い演奏会だったね。特に一番最後の」
麻里が何か話していたが、俺はまださっきの演奏の
あの感動を、あの高揚感をもう一度味わいたい。俺は一人で話している麻里の方へと振り向くと。
「麻里。俺、ピアノ始めるわ」
そんな宣言をした。
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