11.コルネル中佐到着

 確かにそこには裏口があった。

 表は強烈なツートーンカラーで彩られているというのに、裏はそうでもない。むしろ、裏の方が昔ながらの白い壁で、よほど趣味が良い、と彼は思う。

 細い路地は、人一人居ない、ひっそりとした所だった。向こうで行われているだろう銀行強盗の逮捕劇など何処の空の下、と言いたくなるほどに。


「ありがとう助かったよ」


 とんでもない、というように女は首を横に振った。薄手の紗のかかった目元が、ぼんやりと見える。大きな黒い目をしているらしい。しかしそれ以上はさっぱりと判らない。顔も身体の線も判らない。


「君の名は?」


 答えを期待していた訳ではない。あの場から、都市警察の救助を待たずに自分で脱出するなど、決して堅気の態度ではない。

 だが女はもう一度彼の手を掴むと、その手のひらを広げさせた。

 何をするのだろう、と見る彼の目の前で、女は字をつづった。


「M・A・S・H・A・I」


 マーシャイ!

 彼ははっとしてその手を捕まえようとしたが、女はそれを読んでいたかの様に、ふわりとそのたっぷりとした服を宙に舞わせると、そのまま走り去って行った。

 あれが、「マーシャイ」なんだろうか。

 走り去る女の背中を見ながら、彼はしばらくその場に立ちつくしていた。


   *


「それで?」


 訪問者は警察署長に訊ねた。


「……ですから、その時急に何者かが閃光弾と発光弾を同時に使用したために、こちらの作戦がまるで駄目に……」

「俺だったらコレ幸い、と中の犯人はぶち殺すがな」


 でん、と勧められたソファに殆ど寝ころぶくらいの姿勢で座り、その日のニュースペイパーをかぶる様にして見ながら、訪問者はブーツを履いた足を組む。


「……お言葉ですが、ここは戦場ではございません。我々の目的は、都市の治安維持であって」

「そうそう本分を判ってるならいいさ」


 ひらひら、と訪問者はニュースペイパーの下から手をのぞかせる。


「俺は軍人の警察官だからな。ウルテバ署長。それ以外のものじゃねーし、それ以外のことをしようとは思わん。お互いの本分を守ってウツクシク事態の収拾をつけるのが一番さ。だがな署長、それと、こっちが前々から提出を求めていた人物の調査ができていねえ、というのとは話が別だぜ」

「……中佐」

「本分、は守るべきじゃねえのか?」


 ぱら、とニュースペイパーを取ると、その場に火の様な真っ赤な髪が現れる。あまりの原色のすさまじさに、署長は一瞬顔をしかめた。


「しかしコルネル中佐、調査にしたところで時間がある程度必要だ、ということはご存じでしょう」

「時間は充分に与えたはずだ」


 コルネル中佐は無機質に光る金色の瞳でぎろり、と警察署長を見る。そしてぱさ、と四つ折りにしたニュースペイパーをその前に投げ出した。


「ウァルテ海岸沿いのコテージが爆破炎上、とあるな」

「……それは」


 警察署長は答えに詰まる。つい最近起こった、海岸沿いのコテージの爆破事件は、正直言って彼も困っていることの一つだったのだ。

 そこに数年前からそのコテージを所有している人物について、何故か最近、帝都の軍警から調査依頼がやってきたのだ。

 何故だろう、とワッシャード全域の各都市警察の署長は頭を抱えた。彼らは砂漠を挟んだアウヴァールのスパイの活動には目を光らせている。その筋に関する情報も多い。

 アウヴァールから派遣された情報員に関しては、「疑わしきは」リストに乗せ、監視を怠らない。

 しかし、このコテージの所有者に関しては、その線では全くつながらないのだ。

 つまりは、疑うこと無い一般人であるか、さもなければ、この惑星ミント内の「小競り合い」には興味も何もない、もっととんでもない相手であるか、である。

 いずれにせよ、この地に直接影響を与える訳ではないから、そっとしておけばいい、というのが各都市警察の署長の共通見解だった。ウルテバ署長もその例に漏れない。

 無論それなりに、調べてはある。あのウァルテ海岸沿いのコテージに住むのは、本籍がクレフェンド星系にある、ヨグド・オーレ・ウルファンという名の男だった。

 普段何処で何をしているかははっきりとはしないが、この地にリゾードに来るたびに、誰かしら連れを伴い、普段忙しい警察の人間達を恨めしがらせる様な優雅で怠惰で濃密な休暇をとっている、ということだった。

 報告してきたのは、ウァルテ海岸を含む都市ヒュリアタの若手捜査員のムルカート・タヴァンという男だった。

 遠くから時々観察している時に、中の様子もうかがえたらしいが、その濃密さに、下半身がうずいて、足ががくがくと震えたらしい。

 ヒュリアタの警察署長は、もっと枯れた捜査員を送れば良かった、と通信端末の向こう側で嘆息していたものだった。

 しかしそんな地方警察側の事情など軍警の中佐が知るよしもなく、またあまり知られたくもないことであることも事実だった。


「まあいい。いずれにせよ、らちが明かないから俺がわざわざやってきたという訳だ。その所有者がこの場でどんな優雅なヴァカンスを送っていようが、俺の知ったことじゃない。俺の仕事は、そいつをいぶり出すことだからな」

「はあ……」


 ウルテバ署長は何と言ったものか、と肩を落とし、気のない返事をした。


「それでは、どの様な協力を我々は」


「目につく協力などいらん。ただ俺がすることに口も手も出すな。邪魔だ」

「は」

「奴を見つけたらとっとと捕らえてこの惑星から出ていくから、安心しろ」


 そう言うと、中佐の薄い唇の端が両方とも上がった。思わず署長はぞく、とする。この職についてから、いくら厄介な事件に関わったとしても、無縁だったはずの「恐怖」。

 触らぬ神にたたりなし、という言葉を彼は思い返し、部下にも徹底させようと考えたのだった。

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