第3章 スタートライン

第33話 ゲームのち鮭弁当

 心愛の母親との騒動から、はや数日。


 珍しく頑張った中間考査の余韻も完全に抜けて、どことなく忙しない日々が終わり、平穏な日常が戻っていた。


 夕食後、心愛と二人でまったりとレースゲームを遊ぶ。


「あああもう、なんで勝てないんですか!」


「そりゃ、心愛がヘタだからだろう。というかだ、なんでゲームで曲がるとお前の身体まで傾くんだ?」


「えっ……傾いてました?」


「傾いてたぞ。斜め四十五度くらい」


 指摘してやると、心愛が口を半開きにして固まる。


「そ、そんなことはないかとっ!」


「いや、ある」


 心愛は認めたくない様子だが、めちゃくちゃ身体が傾いてたし揺れていた。


 というか、自分で気付いてなかったのか……。


 心愛の頬が、か~~っと赤くなった。


「も、もう一度です! 今度は、絶対に負けませんから!」


「何度やっても無駄だと思うがな」


 俺も大してこのゲームをやりこんでいるというわけではないが、他のゲームで培ってきた勘のようなものがある。ゲームなんてほとんど触ったことがない心愛に、負けるわけはなかった。


 続けて数度プレイするが、そのどれもが俺の圧勝。


 というか心愛は、一緒に走ってるCPUにすら勝ててない。


「もう一度、もう一度です。今度は身体が傾かないようにしますから!」


 宣言通りに、カーブに来ても身体が傾かなくなった心愛。


 だが、代わりにゲームの中のカートも曲がれないようになり、そのままコース外を直進してしまう。


「なあ、ひょっとして、一緒にじゃないと曲がれないのか?」


「…………」


 コースアウトを繰り返した心愛は、先程よりも大きくタイムを下げてゴールした。


 しばらく、茫然自失といった表情でボーっとしていた心愛だったが、やがてコントローラーを置くと。


「このままじゃ勝てませんね、特訓しないと。イメトレをして出直してきます」


「イメトレって……もしかして……」


「当然、カーブの時に身体が傾かないようにするための訓練です!」


 心愛が握り拳をつくりながら、力強く言い放つ。


「よくわからないが、身体が傾こうがゲームは上手くなれるんじゃないのか?」


「それだと恥ずかしいじゃないですか。だから、まずは身体を傾けなくてもカーブを曲がれるようになるところからです」


「つまり、傾きながらでも曲がれた頃より劣化してるわけだな?」


「ここから強くなるんですよ! 私は!」


 本当かな~……。


 というか、めちゃくちゃレベルの低い特訓だが……心愛がこのゲームを上手くなれる日は、まだまだ遠そうだ。


 そもそも、ゲームってイメトレで上手くなれるものなのだろうか。


「頑張りますよ、私は。ギャフンと言わせてあげますから」


「ギャフンなんて実際に言うやつ見たことないぞ」


「じゃあ、私が勝ったら言ってください」


「わざわざ言わせるのかよ」


 ちょうどいい時間なので解散にして、心愛を玄関まで見送る。


「では、また明日。あ、そうだ。鮭が安かったので、明日は鮭弁当の予定です」


「マジか。それは嬉しい」


「ふふふ、楽しみにしていてくださいね」


 得意気な笑みを残して、心愛が出て行った。


 俺は心愛を見送りながら、明日食べられるらしい大好きな鮭弁当に心を踊らせた。

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