第34話 体育のち噂

 ――翌日。


 体育の授業は男女別に別のクラスと合同で行われる。


 俺たちが一緒に行うのは心愛のいるクラス。今日の授業では、バレーコート四つ分の体育館のうち半分を男子、もう半分を女子が使うという形に分かれてのバレーボールだった。


「バレーはわざわざボールを叩いて地面にぶつけるところが納得いかねえ。相手に直接ぶつけた方が、競技としてわかりやすくないか?」


 尻をつけて試合の状況を見守っていると、隣に座った風間が話しかけてきた。一度に試合に出られる人数は決まっているので、交代制で休憩になる。今はちょうど、俺と風間の休憩時間だ。


「それじゃあ違う競技になるだろ。ドッジボールか? 大体、その道理でいくとテニスや卓球も相手にぶつける競技になってしまうわけだが」


「お前は某有名テニス漫画を知らないのか? 相手に球をぶつけて倒した方が勝つというルールでやっているぞ」


「あれは現実のルールと乖離かいりしているんだから真に受けるな」


「オレはいつだって大事なことを漫画で学んできたんだ」


「まともな知識を学んでいたなら、さぞ格好かっこいい台詞だっただろうよ」


 まあ、直接ボールをぶつけるような球技だったら、高校の授業では採用されなかったんじゃないだろうか。そういえばドッジボールも小さいうちしか学校ではやらないよな。力が強くなってくると危ないもんなあ。


「ちょっと、沢渡。女子の方を見ろ」


「今度はなんだよ。って、女子がどうしたんだ?」


「漫画の知識でバレーをしているやつらがいるらしい」


 風間に言われ、女子がやっている試合を観た。心愛が出ている。うん? 心愛が出ていると言いたかったのだろうか。いや、確かに心愛が試合をしているところは気になるが……だからといって、その程度で話を振らなくても。


 なんてことを思っていたが、やがて異変に気付く。相手チームから心愛のところにボールが回ってくる回数がやけに多い。


 最初は、心愛が運動音痴だから狙われているのかと思ったが、どうやらそれだけではなさそうだった。心愛を狙うボールは、その文字通り、心愛本人を狙って飛んできていたのだ。


 避けるわけにもいかないので、心愛はなんとかそれをレシーブしようとするが、腕に当たったり、やがて顔面にぶつかって――。


 ――バァン!


 弾力のあるボールが心愛の顔にぶつかって、肌を叩く大きな音が響く。


 心愛が顔面ブロックしたボールは宙に浮き、同じチームメンバーによって相手チームのコートに打ち返されたが、失点したというのに相手チームの女子数人はヘラヘラと笑っていた。


 間違いない。今のはどう見ても心愛を狙ってやった行為だ。


「っ……!」


 思わず立ち上がりそうになる俺を風間が制する。


「授業中だぞ、お前が行ってどうするんだ」


「どう見ても普通じゃない、止めるべきだろ」


「今は授業中だぞ、心配するな。ほら」


 女子の授業を見ていた体育教師が心愛たちのコートに割って入った。ヘラヘラ笑っていた生徒たちを厳しい表情で注意する。心愛は教師に心配されたが、問題ないとコートに戻った。


「ほらな。心配なのはわかるし怒りももっともだが、ああいうのは教師が状況を把握しておいた方がいいだろ。つーかお前らしくないじゃんかよ、熱くなりやがって」


 何故か嬉しそうに、からかうような笑みを浮かべる風間。


「放っとけ」


 それにしても、嫌がらせか……。


「白雪は人気者だし、同性から変なやっかみを買っているのかもな」


「変なって、どんな?」


「オレに聞かれても知るか。そういうのが知りたいんだったら――」




「あー、なるほどー……そうだね、私もあれちょっと気になってたけど、わざとだったよね。んー……」


 授業が終わったあと、あの状況について春日井に質問する。


 本人に直接尋ねたら、話をはぐらかされてしまう可能性もあるしな。


「あ、心配しないで。苛められてるとかではないと思うよ。そういう話は聞かないし。でも、ここっちって同性の恨みを買いやすいというか、嫌ってる子たちはいるだろうからなあ。ほら、美少女だし、成績もいいし?」


「……ああ、嫉妬か」


 くだらない。


「それによくモテるからね。あー……そっか、あれがあったか。ねえ、これから聞く話、他言無用でお願いできるかな。まあ結構広まってる話だし、誰かから聞いちゃうかもしれないけど」


「なんだ?」


「サッカー部の早乙女さおとめ君っているでしょ?」


「えっ……? ごめん、知らない」


「容姿端麗で成績優秀、性格も優しく爽やか少年。サッカー部のエースでもある、あの有名なイケメン男子生徒の早乙女くんをご存知ないと? 告白された回数が百を越えるという逸話もある、あの」


「知らない」


 いや、そんなやついたような気もするな。


「ゆっちーって、ほんっっっっとに世情に無関心だよね」


「失礼な、毎朝ニュースはチェックしてるぞ。自分と関係ない範囲の、くだらない学園の噂話とかに興味が無いだけだ。で、その早乙女ってやらがなんなんだ?」


「ま、ゆっちーらしいか。その、彼がここっちに告白したらしいんだよね」


 ふむ、学園で滅茶苦茶有名なイケメン男子の早乙女くんが、心愛に告白をしたと。


 …………。


 なんだろう、なんだか胸の奥がむずむずする。


「ま、ここっちは振ったらしいけど」


 ホッと、内心安堵の溜息――って、なんで俺は微妙に安心してるんだ?


「で、それが、心愛がボールをぶつけられていた話にどう繋がるんだ? ……って、ああ……なるほど」


「早乙女君を好きな女子からすれば印象悪いっしょ? あいつなにお高く止まってるんだ、ってね。あとまあ、これは……噂の話でしかないんだけど、早乙女くんって、気に入らない相手ができると、女子たちを上手く扇動して攻撃するって話もあって……」


「扇動ってなんだよ。女子たちを操って心愛を攻撃させているとでも?」


「んー、まあ、そんな感じ? 傷付いたアピールをすれば、彼を信奉する一部の女子が盛り上がっちゃう、みたいな。俊介もこの噂話聞いたことあるらしくて、ファンネル使いとか言ってたけど」


 ファンネルって、確かロボットアニメに出てくる遠隔操作兵器だよな。いくつもビュンビュンって飛んでいって相手に攻撃する……ああ、だからファンネル。


「優しいって話なのに、そんなに陰湿なの?」


 まあ、一見人がよさそうに見えて実は性格が最悪なんてケース、いくらでもあるとは思っているが……。


 なんにせよ、心愛が危害を加えられているようであれば、見捨ててはおけないよな。


 俺になにができるかはわからないけど、気にかけておくことにしよう。

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