第25話 初恋ダイアリー②

5月18日(晴れ)


 悠にノートをコピーさせてくれるように頼まれた。学校を休んでいた間、まったくノートが取れていなかったことに気付いたらしい。


 もっとはやく気付くべきだったのではと思わないわけでもないが、大事な人を失って傷付いた彼が冷静さを取り戻すには、それなりの時間が必要だったのだろう。


 もちろん了承。せっかくなので、彼のコピーに付き合うことにした。電気料金の払い忘れがあるからと、適当な嘘をついて。


 べつに、彼と少しでも一緒にいたかったなどという理由ではない。この話の流れなら、テスト勉強を一緒にするという提案のできる、チャンスがあるのではないかと思ったのだ。そうすれば、悠と一緒にいる時間がもっともっと増える。


 私は、目先の利益にとらわれない女なのだ。


 テスト勉強の約束は、無事取り付けることができた。計画通りだ。



 その夜、さっそく悠と勉強をした。


 途中、今はいない先輩ともこうやって一緒に勉強したりしなかったのかなと考えた。考えているうちに、思わず彼の顔をじーっと見つめてしまい、目が合ってしまった。


 動揺した私は、彼を見ていた理由を「面白いから」と答えてしまった。「ホっとする」とも。彼は憤慨していたが、嘘ではない。もう何年も昔から、悠の顔はホっとするか、ドキドキするか、苦しいか。ふたつにひとつ。


 その時動揺して、消しゴムを机の下に落としたのだが、転がった消しゴムを拾おうとした時に悠と手がぶつかった。動揺していたところに追撃、動揺を通りこして驚き。


「なんでそんなに驚いてるんだ? 手がぶつかっただけなのに」なんて言われて、どういう顔をしていいのかわからず、思わずしかめっつらで睨んでしまう。


 可愛くない反応をしてしまった自分を猛省しながら、話をごまかすように、逃げるようにコーヒーを淹れると提案した。


 砂糖を入れるか聞くと、悠はいらないと応え、私に聞き返してきた。私はたっぷり入れると応える。苦いのは苦手なのだ。


 コーヒーを淹れると、悠はそれを飲んで「にがっ……」と声をあげた。予想通りの反応だった、悠も苦いのは得意ではなかったはずだから。


 きっと、先輩に格好かっこ付けるためにブラックを飲むようになったのだろう。こういう時の悠の顔を見ると、私は苦く、苦しくなってしまう。


 ……私は、苦いものが嫌いだ。




5月25日(晴れ)


 テストの日、初日。


 朝から落ち着かなかった。自分のテストが不安なのではない、悠がちゃんとテストを解けているかどうかが気になってしまったせいだ。


 あまりに気になったので、一限目が終わったあとの休み時間、こっそりと悠の様子を見に行こうとして彼と遭遇するなんてアクシデントもあった。


 下校時に昼食と夕食をコンビニで買って帰ることにする。普段は滅多に買わないが、たまにはということでしこたまメロンパンを買いこんだ。テスト勉強は頭を使うし、こういう時くらいは自分にご褒美をくれてやっても問題はないだろう。


 私はメロンパンが大好きだ。ちょっと悠に似ている。そこも愛おしい。




5月27日(晴れ)


 テストがすべて終わった。


 結果はいつもに比べてかんばしくなかったが、終わってしまったものは気にしても仕方がない。放課後のホームルーム中、春日井さんからPINEメッセージが届く。悠と風間君も誘って、カラオケに行こうということらしい。


 用事もないし、悠が来るのなら断る理由はない。それに、悠とカラオケに行く機会はずっと模索していたものだった。


 昔、悠が軽音楽部の先輩を好きになってから、私も対抗しようと思って歌の練習をしていたことがある。歌の得意な友人に熱心に教えてもらって。今思えば、馬鹿みたいな話だが、あの時はそのくらい周囲が見えていなかった。


 まあ、そんなわけなので、人前で歌うのは苦手だが、あの時頑張った私の歌を悠に聞いてもらいたかった。努力は報われるためにするものだ。


 でも、現地についてアクシデントが起こる。春日井さんと風間くんが、家庭の事情で帰ってしまった。確かに、悠に聞かせるために練習してきた歌ではあるが、二人きりというのはさすがに恥ずかしくてつらい。


 悠は悠で、まったく歌う気がなさそうな様子。付き合うだけのつもりだったのだろう。知ってる。私は悠に詳しい。


 そんなわけで、お互い曲を入れずに見合わせるような時間が続いた。すると、悠の方から、曲を入れずに帰ろうかと声をかけられる。


 それは嫌だ、せっかく来たのだから歌を聴いてもらいたい。そう思った私は、練習したいなどと適当な理由をつけて悠に付き合ってもらうことにした。


 嘘をつくと死んだ時に地獄に落ちるという話もあるが、私は悠と一緒にいる限り地獄真っ逆さま間違いなしだろう。ふとした時に、どうでもいい嘘を重ねてしまう。それを自覚すると、また胸の奥がざわついて、恥ずかしくなる。


 曲を入れた私は、恥ずかしさを隠すようにして悠にマイクを渡した。二人で歌おうという提案だ。私の歌を聴いてもらうだけでなく、悠の歌も聴きたい。せっかくだし。


 悠は迷惑そうにしたが、私の提案を受け入れてくれた。多分、そんなに嫌がってもなかったのだと思った。私が歌うと、期待していた以上の反応を悠が見せてくれた。私の方を見つめて、惚けて、ぼーっと見つめて。


 そんな彼を見た私は、得意気とくいげになるわけでもなく、ただただ嬉しく、歌の練習をしてよかったと心の底から喜んだ。そう、努力は報われるためにするものだ。


 この瞬間のために、私は頑張っていたのだ。

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