第16話 掃除のち謝罪

 掃除の続きは、翌日に行われることになった。


「はー、風呂とトイレは終わったぞ。ずっと中腰だったせいでちょっと腰が痛いが」


「ジジ臭いですね。まだ男子高生でしょう。もっと身体を動かした方がいいんじゃないですか」


 体操服に着替えて、俺の部屋の掃除を手伝ってくれていた心愛が応える。


「放っとけ、若くても痛むものは痛む」


「こっちもひととおり終わりました。窓もピカピカに磨いておきましたよ。やはり重曹は素晴らしいですね。料理にも掃除にも使える万能物質です。重曹に浸ければ、グラム50円未満の胸肉だってグレードが上がります」


「お前はちょっとババ臭いよな」


 すかさず言い返してやる。


流石さすがに、一年以上放置された2LDKの部屋は骨が折れましたが。というか放置しすぎでしょう。ほんと、よく生活してましたよね」


「だから、もうすぐ掃除する予定だったんだよ。脳内では」


「未来永劫訪れることのなさそうな予定です」


 鼻で笑われる。


「一人で生活するには広すぎますし、手入れが大変だという意見には同意しますが。我が家も同じ構造ですからわかります」


「うちの親も、こんな立派な部屋を放って出張なんてもったいないよなあ」


「悠が住んでいなければ、他の人に貸し出して儲けてたでしょうに。ま、うちもですけど」


「それは確かに」


 この周辺は都心までのアクセスがよく、最近ベッドタウンとしての需要が伸びているとかなんとかネットの記事で見かけたことがある。


 おまけにこのマンションは駅の近くだ。きっと高いのだろう。


「二人で住めばちょうどいいくらいだよな。それでも快適すぎるくらいだ。空けた方の部屋を賃貸に出せばちょうどいいんじゃないかね。俺は家事が苦手で、心愛は家事が得意だ。互いに部屋の無駄がなくなって俺の生活も助かる。一石三鳥だな」


「……え!?」


 と、何気なく口を出た言葉に、心愛が大きな声をあげる。


 しかも、顔を真っ赤にして。


「いきなりなにを言い出すんですか!」


「いや、特別変なことを言ったつもりはないんだが。ただの冗談だぞ?」


「え、そ、そんなことはわかってますが! わかってますが、そういう冗談はやめてください! 嫌ですし、心臓に悪いですから!」


「わかった。わかったから」


「ふん!」


 視線をらす心愛。


 こいつの地雷がいまいちわからない。


「まあ、うちの場合は最初からこうなることを考えてこの部屋を買っていたんだと思うけどな。仕事で引っ越すことになった時、俺を置いて行けるように」


「……まだ、両親とは仲良くないんですか?」


「別に仲が良くないわけではないぞ、ただ互いに無関心なだけだ。そっちは?」


「残念ながら。お互い苦労しますね」


 事情はまったく異なるが、俺も心愛もあまり家族関係が上手くいってない。


 とはいっても、こっちはただ両親が子供に無関心なだけだから、仲違いしているというわけではなかった。


 そういう意味では、心愛の方が重症だろう。


「ま、そうはいっても親の金で生活しているわけだしな。感謝はしておかないと」


「それはその通りですね。しっかりと借りた恩は返すつもりです。大人になったら、私を育てるのにかかったお金、耳を揃えてきっちりと全額」


たくましいよな、お前」


「そのくらいやらないと、文句を言う資格がないと思ってますから」


 俺は貰えるものは貰っておく主義だけどなあ。


 怠け者の俺と、しっかり者の心愛の差といったところだろうか。


「さて、掃除も終わったことですし、そろそろ夕食にしましょうか。実は、一度家に戻った時に炊き込みご飯を仕込んできたんです。悠もどうですか?」


「準備がいいな。お前の家事能力の高さは本当に尊敬するよ。いいお嫁さんになれると俺が保証するわ」


「……ふん!」


 って、褒めたつもりなのに、何故か頬を膨らませてそっぽを向く心愛。


 えええ、これも地雷だったの? 乙女心はよくわからねえ。


「やっぱり、炊き込みご飯は一人で食べます」


「待って、今変なこと言ってないよな!?」


「む~……」


「なんだかよくわからないけどゴメンってば。今度アイス奢るから」


「……まあ、いいでしょう」


 ええっと、事あるごとにアイスを奢る約束をしているが、あと何回心愛にアイスを奢ればいいんだっけ?

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