第11話 弁当のち感謝
「それにしても、ここっちって女子力高すぎ。弁当めっちゃ美味しそうでビビるんだけど。料理得意なの?」
心愛のつくってきた弁当を眺めて、春日井が感嘆する。どうやら、心愛のことはここっちと呼ぶことに決めたみたいだ。
確かに、心愛のつくってきた弁当は控え目に言っても、めっちゃ美味しそうだった。
俺のものは長方形の大きめの二段弁当箱、心愛のは俺のものより一回り小さな楕円型の同じく二段弁当箱。二段のうちの片方にはゴマふりかけのかかった白米が、そしてもう片方の段には所狭しと彩り豊かなおかずが並べられている。
「ほとんど冷凍食品ですよ。最近のものは自分でつくるより美味しいくらいなので」
「でも、この卵焼きはここっちの自作でしょ? このアスパラの和え物も。ウインナーだってちゃんと切れ目が入ってて芸が細かい」
「卵は普段から買い置きがありますし、アスパラは昨晩の残りものです。ウインナーだって大した手間じゃありません」
「それを大したものでないって言い切るのが凄いんだよ。いつも料理している証拠じゃん」
春日井が絶賛しながらスマホのカメラを向けると、心愛は照れてみせる。
二人の様子からするに、元クラスメイトではあったにしろ、これまではそこまで親しい間柄というわけでもなかったみたいだ。
「俺も春日井に同意するがな。心愛は料理が上手い。二日前につくってくれたお粥だって上手かったぞ?」
「え、ここっちって、ゆっちーにご飯をつくってあげるような仲なの!?」
春日井が、目を
心愛が、「面倒な話題を振りやがりましたね」と言った風に、俺の方をジトリとした目付きで見ている。
……確かに、その話はしない方がよかったかもな。うん。からかわれる原因をつくってしまった気もする。
「風邪でダウンしているという話だったから、お見舞いついでに作ってあげただけですよ。ろくにご飯も食べずに死なれては面倒ですし」
「ほえー、めっちゃ羨ましっ。わたしもここっちにお見舞いされるために風邪引こうかな~。ねえ、ゆっちー、まだウイルス残ってない? わたしにうつしてよ。はい、あ~~ん」
「うつさねーよ。というか人の口に箸を向けるな、行儀も悪いから」
「しかし、あれだね。この調子だと、ゆっちーすぐに復活しそうだね。本当によかったよ」
「復活って……ああ、まあもう随分と調子がよくなったけどな」
「それってやっぱり、ここっちのおかげ? 食事って大事だもんね。美味しいものを食べたら、それだけで気分が明るくなるものだし。
自然と、臆することなく、人によっては照れが混ざりそうな言葉を春日井が口にする。
言葉を選ばずに言えば、春日井は馴れ馴れしく、それでいてどこか馬鹿っぽい喋り方をする。でも、そんな仕草は、他人が気さくに接するための彼女なりの気づかいなのだろう。
落ちこむ陰キャに目をかけて、さり気なく励まそうとしてくる少女は、なるべくして人気者になった聡明さを持っていた。
「んじゃ、食べよっか。いただきます」
手を合わせ礼をする春日井に釣られて、俺も「いただきます」をする。心愛の弁当は、見た目通りに美味しく、思わず「美味い」と声を漏らした。
「それはよかったです」
俺の呟きに、心愛は得意気な明るい声色でそう応えた。
すべての授業を終えたホームルームの最中、心愛からの
『夕飯をつくってあげます。買い物に行きましょう』
……何故?
ホームルームを終えて教室から出ると、既に心愛が待ち構えていた。
「弁当に続いて夕飯をつくってくれるなんて、いったいどういう風の吹き回しだ? 見ての通り、俺はもうピンピンしてるぞ。体調不良の気配なんて欠片もない」
「だからこそですよ。病み上がりが大事というでしょう? ここで一気に元気を取り戻すんです。まあ、食べたくないならやめておきますが」
「待て待て、食べたくないなんて言ってないだろ。お願いします!」
「はあ、なんで最初から素直になれないんですかね」
そりゃあだって、そんなに心配されてるなんて思ってないし。
まあ、よく考えて見れば、他人から心配されてもおかしくない、そんな失恋をした俺ではあるのだが。
風間だって多分、心配してくれているんだよな。ひさしぶりに学校に出てからというもの、いつも以上に構ってくる。春日井もだ。以前はあんなに仲良くなかったはずだ。
「あのさ、心愛。俺って幸せ者なのかね」
「どうしました? 突然頭が沸きましたか?」
「ひどっ。今、お前にも感謝していたところなのに」
「それはいい心掛けですね。是非、一生を終えるまで私への感謝の念を忘れずに生きて欲しいです。精々利用させてもらうとしましょう」
「やっぱりあとで高額のお返しを期待されてないか!?」
「さて」
くすりと、からかうように心愛が笑った。本気で心配してくれていたのだと確信できる、そんな暖かい笑顔で。
「そういえば、今日は木曜日でしたっけ。ということは、駅前のスーパーが冷食半額でポイント10倍デー。荷物持ちもいることですし、これは買い溜めをするチャンスですね」
「いい奧さんになれるよ、お前は」
「……じゃあ、もらってくれますか?」
「はは、それはいいな」
「……ばーか」
俺が軽く承諾すると、心愛が切り捨てるように毒を吐く。完全に、昔のような心地の良い幼なじみの距離感。
心愛を見ると、茜色の夕焼けに照らされ、赤味を増した顔に笑みを浮かべていた。
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