第10話 風間のち春日井
昼休みになると、朝に話していた通り教室に心愛がやってきた。心愛は迷うことなく俺の席にやってくると、弁当箱を俺に向かって差し出す。
「昼食の配達にあがりました」
「本当にきたのか」
「そりゃ来ますよ。約束しましたし」
蔑んだ視線を向けてくる。そして、「はぁ」と大きく息を吐いて。
「でも、安心しました。大分昔の軽いノリが戻ってきましたね。親しき間の礼儀が無くなってきました」
「礼節は文化や間柄で大きく異なるものだ。俺は幼なじみの文化圏を取り戻しているだけだよ」
軽口を叩いていい相手だと、この数日で認識できたからな。
幼なじみとはいえど、距離を置かれている相手に馴れ馴れしくなれるほど、俺は肝っ玉が据わっていない。
まあ、それはともかくとして、だ。
「というかさ、思ったんだが。弁当を朝受け取れば、わざわざ昼休みに配達しなくて済んだんじゃないか?」
「そ、それはそうでしたが……私に持ってこられるのが迷惑ということですか?」
「そうじゃなくて、お前だって手間だろうし、なによりさ」
クラスメイトたちが好奇の視線でこちらを見ていた。昨日、風間に教えてもらったが、心愛はちょっとした有名人だったらしい。
そんな女子が教室に入ってきたとなれば、クラスの奴等(特に男子)は様子が気になって当然だろう。当然、俺との仲を怪しむやつもいる。
ようやく状況を自覚できたのか、心愛の頬が火照って真っ赤に染まった。
「き、気にしなければいいじゃないですか!」
「まあ俺はそうだけど。お前はそういうのを気にするタイプだって思ってたから」
「た、確かに昔はそういうことがありましたが、私はもう高校生ですよ。変なからかわれ方でもしない限り、笑って過ごせるくらいの余裕もあります!」
いや、どう見ても気にしてるじゃないか。というか顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしているけど……この事態が想像できなかったんだろうな。
「細かいことは気にしないでください!」
「そうだぞそうだぞ。そんな細かいことを気にしているとモテないぞ」
と、風間のことを考えていると、隣の席に座る当人が話しかけてきた。
「しかし幼なじみの手作り弁当か、羨ましすぎて憤死しそうだぜ。オレも欲しいなー、幼なじみ。どっかにいねえかな、オレの幼なじみ」
「お前が知らないならいるはずないだろう」
「はっ、てめえは小さい男だな。自分の可能性も信じられねーのかよ」
「過去を捏造できる自分の可能性ってどんだけ高く見積もるんだよ。人の大小を通りこして現実が見えてないだろ」
「わかんねーだろ? オレが覚えていないだけで、実は幼なじみがいるのかもしれない。たとえば、小さなケーキ箱があるとする。中に幼なじみが入っているかは、開けてみるまでわからないだろう? つまり、シュレディンガーの幼なじみってわけだ」
「なにがつまりなのか全然わかんねーし、ケーキ箱に幼なじみは入んねーよ」
「まあ、冷めた現実主義者の沢渡は置いといて。白雪さん、ちーっす。昨日の放課後ぶり。オレは風間。風の通り道と書いて、風間だ。よろしくな」
書かないだろ。
「どうも、白雪です」
ペコリと、心愛が頭を下げた。
「なになに? 今日は大所帯で昼飯みたいな流れなの? わたしも混ぜてもらっていい系だったりするのかな、これ」
春日井まで席にやってきた。
「いや、べつに一緒に昼食というつもりでもなかったんだが……」
「でも白雪さん、お弁当二つ持ってきてるよ」
そう言われ、心愛が自分の分の弁当も持っていることに気付いた。あれ……もしかして、心愛は俺と一緒に食べるつもりだったのか?
「あ~、それとも二人で食べるつもりだったのかな。風間くん、わたしたちは邪魔しないように退散しましょうか」
「ま、待ってください! そんなことはありませんから! ただ私は、弁当を届けて別々に食べるというのも、なんか変だなと思っただけです。先客がいるのであれば、教室に戻るつもりでしたが!」
心愛が、顔を真っ赤にして春日井の言葉を否定する。やっぱり、こういうからかいが苦手なんじゃないか。全然笑って余裕そうに過ごせてない。
「よければ、二人も一緒に食べましょう」
「じゃー、そうしようかな。風間っちはどうする?」
「んや、残念ながらオレは弁当がないから学食だ。白雪さんはオレの席使っていいぜ」
風間はそう言い残すと、自分の机を俺の机にくっつけて、教室から出て行った。春日井は自分の席から椅子を持ってくると、合体した俺と風間の机に向かい合うように置く。
「じゃあ、ここで三人で食べよー!」
心愛は風間の椅子に座り、三人で弁当を置いて机を囲んだ。
「しかし沢渡くん、両手に花だね。この学校で美少女として有名なわたしと白雪さんとダブルでデートな食事なんて、明日から男子生徒に命を狙われてもおかしくないうらやまハーレムっぷりだよ、まったく!」
「自分で自分の男子人気を恥じらいもなく誇れる春日井の堂々とした性格を、俺は心底尊敬するよ。それにしても、当然のように心愛と話してるけど、二人は知り合いだったのか?」
「一年の時に同じクラスだったのよね。って、ゆっちーってば、クラスメイトと幼なじみの一年の時のクラスもわかってないの? 他人に関心なさすぎじゃない?」
「心愛のクラスは覚えてるが、そこに春日井がいたことは認識していなかった」
「まっ! ゆっちーにとってわたしはその程度の女だったのね。あたしゃショックだよ……」
いやだって、その頃知り合ってすらないし。
まあでも、当時から春日井は他のクラスでも名が通るくらいには男子人気があったことだろう。なのに知らないということは、彼女が指摘している通り、俺は他人に関心の薄い人間である。
「え……」
すると、隣の心愛が小さく声をあげた。
「心愛、どうしたんだ?」
「い、いえ、私のクラスを悠が知っていたことに驚いてしまって」
「確かに、あの頃は心愛と疎遠だったけど、一応幼なじみやってるわけだろ? 同じ高校に進んだら、そりゃどこのクラスになったのかくらいは調べるさ」
「そ、そうですか……」
心愛は頬を赤くすると、照れ臭そうに視線を逸らして弁当箱を開け始める。なんだ? 俺が覚えていることがそんなに嫌――という反応ではないよな。そんなに嬉しかったのか?
てっきり嫌われていたものだと思っていたが、ううん……。
「あ、ゆっきー、めっちゃ嬉しそうだね」
「違いますから。あとゆっきーってなんですか」
「今付けたニックネーム! 白雪の雪で、ゆっきー。ゆっちーとお揃いみたいでよくない?」
「よくないです!」
俺としても、紛らわしいからべつの呼び方にして欲しい。
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