Scene7 -4-

  ルークと光司と別れたアクトは柳生博士に連れられて、まだ立ち入ったことのなかった本部研究所へと向かった。


  ロイドは今後のためにロボタウンの立地を確認すると言って別行動となった。アクトが案内しようかと声を掛けると、護衛対象と一緒に居るところを目撃されない方が良いという理由で別行動となった。今後のためとは共命者を護衛する仕事である。アクトはロボタウンだから安全だし人はほとんど居ないのだからとは思ったが、それが彼のやり方なのだろうとロイドともそこで別れた。


  久しぶりの外界は気持ちよく晴れ渡り、春の訪れを感じさせる。オフィスビルから本部研究所までは二キロほどあるので電動モーターカーに乗り込んで移動するのだが、残念ながら緑が覆い茂るような場所はなく、申し訳程度に建物の周りに植木があるだけだ。


  桜や梅といった季節を感じさせるものはないが、心地よい風を受けながら広々とした道を走るのはいい気分だった。そんな中で目に飛び込んでくるのはここで働く様々なロボットたちだ。


  「よく働いてくれる。彼らの力なくしてこの施設も我々の基地の完成もなかったから。感謝しないと」


  ロボタウンと呼ばれるだけあって、見える範囲にロボットだけで人間は見当たらない。施設内に数えるほどいるだけで、会社説明会で聞いたところによると働いているロボットの台数の約四パーセント程度だということだ。


  「もしかしてこのロボットは博士が作ったんですか?」


  ロボットたちを見つめる彼の優し気な目を見てアクトは聞いてみた。


  「うん、ぼくが作った。と言っても最初はコピーからだよ」


  コピー。つまり博士が設計したわけではなく、オリジナルがあるということだ。以前PR3と話したときに「発見した」と言った言葉を思い出す。


  「ガイファルドと同じように発見したんですね?」


  「PR3から聞いたのかい?」


  うなずくアクトに博士は唐突に話を始めた。


  「今から十年くらい前にふたりの冒険家がある物を発見したんだ。そしてある場所到達した。それによって知識と栄華、欲と罪、征服に償い、正義に真理に力に世界。いろいろな物事を手に入れ、この世界に解き放った」


  漠然とし過ぎた話にアクトなんのことについて話しているのかわからず唖然として聞いていた。しかし、博士の表情からそれが真剣で重要なものなのだと思い黙って言葉を待った。


  「神王寺の技術は今の世から見れば大した技術だろう。その技術で建造された機動重機による機械虫との戦いを見たとき、少なからず凄いと思った人は多いはずだ。だがそれはガイファルドたちが出てくるまでの時間稼ぎに過ぎない。本当の戦いはこれから始まる。かもしれないんだ」


  いつもの博士とは違う力のこもった言葉。だったのだが、最後は「かもしれない」とゆるく締めくくった。とは言え何か重要なことなのだろうと思ったが、それがなんなのかわからない。ハッキリと言わないのは理由があるのだろう。


  「いろいろと知りたいこともあるだろうけど今はこれくらいにしておいてくれ。まずはセイバーと一緒に強くなることを考えて欲しい」


  「はい、わかりました。いつかその話の続きを聞かせてください」


  博士は少しだけ険しい目のまま、口元だけほころばせた。


  そんな話をしていると本部研究所の入り口が見えてくる。車を車庫に止め所内に入り、施設の見学と説明、そこで働く管理AIロボと数人の所員に挨拶を済ませた。


  ここは本部研究所だけあって全ての研究開発部署がそろっていた。ロボタウンのあらゆる部署の研究成果を集結して、新たな物を生み出すに相応しい場所である。


  「これで君が今後働く場所の紹介は以上だ。細かいことはその都度聞いてくれればいい。何か質問はあるかな?」


  「えと、質問ではないんですけど……」


  少し言いづらそうにするアクトに博士は首を傾ける。


  「なんだい? 何か言いづらいようなことがあるのかい?」


  「あのう、以前配属予定だった機動重機エレクトロニクス部門に行ってもいいのかなぁって。ほら、あの事件でずっと出社してないんで、みんな心配してるかもしれないですし」


  「そらまぁ心配はしてるだろうな、昏睡状態で集中治療室だってことになっているんだから」


  「なので元気になったって挨拶に行っても?」


  「まぁいいだろう。ただし僕も一緒に行かせてもらうよ。君は正体は最重要機密だからね。うっかり余計なことを喋られては困るし」


  「え、えぇ。一緒に行くのはいいですけど、いやぁそんなポカしないですよ」


  自分はそんなにおっちょこちょいに思われているのかと思いつつ、アクトは博士を連れて機械重機エレクトロニクス部門へと向かった。


  電動モーターカーで走ること五分、他の建物と比べると比較的小さな倉庫併設の建物へと到着する。ここでは電気電子的な新技術や現状の技術の向上の研究をおこない、他部署に製作してもらったメカを組み合わせるなどして、併設の倉庫でテストするといった仕事をしていた。


  今日は大掛かりなテストはやっていないようで、倉庫には数台の作業ロボが充電待機してるだけだった。


  「上に行ってみましょう」


  エレベーターに乗りオフィスに行くと奥の方に従業員が集まっている。ちょうど昼休みだったため、みんな食事をとりながらワイワイとくつろいでいた。


  「くれぐれも額のダブルハートは見られないようにな」


  念を押されるが包帯でぐるぐるに巻かれたこの頭なら見られる心配はないだろう。


  「こ、こんにちはぁ」


  なんとなく会いづらくて聞こえるか聞こえないかというような大きさの声で挨拶してしまう。部屋の中に入ると数人がそれに気が付いてこちらに視線を送った。


  誰だ? といったような表情でこちらを見ているが、少ししてハッと気が付いたように眉を上げ、みんなにそれを知らせる。すると一斉にこっちを見て立ち上がった。


  突然の出勤と包帯姿に驚いたのだろう。みんな表情を硬くして足早にこちらにやってきた。


  「どうしたんですか!?」


  久々ということと酷い有り様を見てか固い言葉での声掛け。さぞ驚いたのだろう。


  「いやぁすみません、長らくお休みを……」


  「博士! このような場所に顔をお出しになるなんて恐縮です」


  「ん?」


  みんなは次々に深々と頭を下げて挨拶した。


  「そんな堅苦しい挨拶は要らないよ。顔を上げて」


  そう言われてみんなはようやく顔を上げる。


  「柳博士、ご連絡いただければお迎えに上がったのに。今日はいったいどのようなご用件でいらしたのですか?」


  いつもゆるっとしている花田所長がこんなにもかしこまっている。それに『柳』博士と呼ばれていたことにアクトの脳のメモリーバンクがざわついた。


  聞き忘れていた柳生博士が『柳』と呼ばれていた件。


  『ヤナギ……ヤナギ……』


  次の瞬間、メモリーバンクの中から見事にそのことについてのデータを引き当てた。


  「柳……博士?!」


  ガーディアンズのエグゼクティブメカニカルプロデューサーの柳生博士は、神王寺コンツェルンの運営する対機械虫防衛組織(通称 G.O.T)のエグゼクティブメカニカルプロデューサーでもあったのだ。アクトもリンも柳という名前は知ってはいたが、会ったことも写真等で見たこともなかったので、今の今まで気が付かなった。


  博士は目を見開き驚くアクトを横目で見ながらニヒヒと笑っている。


  「今日はね、彼が挨拶したいって言うからその付き添いで来たんだ」


  「彼?」


  ここでやっとみんなは博士の横に居る包帯男を注視する。


  「あ、どうも。ご無沙汰してます」


  「天瀬! おまえその姿。体は大丈夫なのか?!」


  所員にとって博士の存在が大きく眩しすぎて過ぎたため、気が付かれないほどアクトの影は薄くなっていた。ようやく気付かれたことで彼の痛々しい姿に悲痛な声を上げると共に、集中治療室から出て退院してきたことに安堵される。連絡もせずに長らく休んでいたことに後ろめたさを感じていたが、どうやら心配して貰えていたのだとアクトは少し嬉しい気持ちになった。


  「まだ体は痛いんですけど、出歩ける程度には元気になりました」


  体の痛みはダブルハートによる脳の潜在能力の覚醒に肉体が追いつかなかったためなのだが、この包帯は少しばかり大袈裟ではある。


  「退院した報告のついでに、配属部署の変更のお知らせをしに……」


  まだ正式入社が決まっていない研修学生でありながら、本部研究所への人事異動という異例の事態を知らせるのに気が引けてしまい言葉が尻すぼみになった。


  「ただいま戻りました」


  と、後ろのドアが開いて覇気のない女性の声が届いた。


  「どうしたんですか?」


  出入り口に集まる人を見てそう問うてくる女性は、春からここで同期として入社予定の日向

ヒナタ

 凛

リン

だ。


  「リンちゃんリンちゃん、彼氏が戻って来たぞ!」


  「彼氏?」


  今までもそう茶化されたことはあったふたりだが、リンはピンと来ずに首を傾げた。

  見慣れぬ白衣の中年男性を見て軽く会釈した彼女は、その横の包帯男に視線を移した。ぽやっとした目がギョッと見開かれると、口を開けてワナワナと体を小刻みに震わせる。数秒固まっていたのち、その場に泣き崩れてしまった。


  「ア~ク~ト~」


  あのとき、ひとりロボタウンの研究所まで走って逃げ込んだリンは、すぐさま状況を警備に告げてアクトの救助を願った。急ぎ本部に連絡をして警備ロボの緊急手配が要請されたときには機械虫までも現れたため、GOTの機動重機出動要請へと変更される。その後現場に駆け付けた機動重機たちから報告され、数時間後にその内容が彼女に伝えられた。


 巨人が機械虫を倒したこと、新たな白い巨人が居合わせたこと、彼女らを襲ったと思われる見知らぬロボットが二体が踏みつぶされて大破していたこと。そして、その近くに血だまりがあったということだけで、アクトの姿はなかったこと。


 アクトの命懸けの行動により助けられてひとり逃げ延びたと思い込んでいるリンは、酷く後悔し嘆いていたが、数日後に受けた病院の集中治療室で意識不明の重体という知らせに、一瞬の安堵と更なる悲しみの追い打ちを受けていた。見舞いにも行けずただただ意識が戻ることを願い、そのことばかり考えて仕事に身の入らない日々を送っていたのだった。


  「心配してくれてたんだな。ごめん、でももう大丈夫だからさ」


  号泣するリンにあたふたしながら声をかけ、ゆっくりと立たせると、彼女は少しずつ落ち着きを取り戻していった。


  「改めまして、みなさんにご心配とご迷惑をおかけしました」


  「迷惑だなんて、天瀬が無事退院できて良かった。妙なロボットに襲われたり機械虫まで現れた状況で生きていたんだ。不幸中の幸いの極致ってやつだろ」


  「しっかり治してまた研究開発頑張ってくれよな」


  優しい言葉と励ましの言葉が包帯男の心にジーンと染み渡るのだが。


  「あのう、さっき言いかけたんですけど、実は人事異動による配属部署変更の指示がありまして……」


  「入社前に人事異動?」


  すでに配属部署は通達されたのに入社前に人事異動が言い渡されるという異例の状況に花田は不思議そうにぽかーんと口を開けた。


  「それが、本部研究所のメカトロニクス統合開発部門でして」


  「なんだって?!」


  一同仰天。だが、その反応は当然だ。新入社員が本部研究所勤務というだけでも絶対あり得ないのに、その中でもメカトロニクスの総合研究部門とは研究所トップである博士の右腕といった場所であるからだ。


  「なんでそんなことに?!」


  「それがですね……」


  アクトはみんなの驚きと動揺と不可解による質問に対する答えが思い浮かばない。言葉が続かず困り果てているアクトを見て、博士が手を上げた。


  「僕が説明しよう」


  騒然としていたその場が沈黙に包まれて視線は博士へと注がれた。


  「彼は事故によって脳に損傷を負ってしまったんだ。最先端の技術を導入して治療したことで一命を取り留めたのだが、脳外科手術の副作用で一部の脳領域が極度に発達してしまった。そこで、その能力を生かしてもらうために僕の右腕として総合研究部門への異動を言い渡したんだ」


  実際に極度に発達したのはダブルハートによるもので、反射神経、判断力、運動能力といった戦闘に特化した部分である。当然研究開発に役立つモノではない。


  だが、博士の説明を聞いた者たちは、「おおぉぉぉ」と感心、納得、驚嘆など、様々な感情の込められた「おおぉぉぉ」という声で反応した。そんな中でリンは、またしても瞳を潤ませ始める。アクトと別部署になってしまう事態に過敏なっていた心が、過剰に反応しているのだ。


  それを見た博士はやれやれとばかりに一言添えた。


  「だがしかし、そうは言っても彼はまだ経験が浅いので現場での勉強も必要であろう。人手も足りていないので雑務もこなしてもらわなきゃならない。様々な部署への連絡や情報共有や技術指導などなどの下働きもしてもらう予定だ。たまにはここにも顔を出すことになるだろうから、そのときは今まで通り迎えてやってくれ」


  「と、いうことらしいので、よろしくお願いします」


  「良かったなリンちゃん」


  博士の説明を聞いてリンは少しだけ笑顔を見せた。


  「でもリンちゃんがそこまで天瀬にぞっこんだったとは。からかい半分で言ってたけど自粛しないといけないな」


  それを聞いたリンは少し冷静さを取り戻したのか涙を拭って言い返し。


  「違います、違いますよ。死ぬかもしれなかったアクトが元気になったからちょっと気が緩んだだけです。決してそういうことではありません。ありませんよー」


  『面と向かって否定されるのもちょっと辛いんだけどなぁ』


  「そうかそうか。ならふたりで飯でも食べてきなさ。天瀬も昼はまだだろ?」


  「はい、挨拶が終わったらって考えてましたけど」


  花田は博士とアイコンタクトを取ると博士も薄笑いを浮かべてうなずいた。


  「今日のメイン業務は超リニア駆動システムバージョン2・3の試作機が届いてからだからな。十四時までは特に忙しいことはないからゆっくり飯を食べておいで。


  「え、でも私お弁当買ってきたところですよ」


  「それは晩御飯に食べたらいいじゃないか。せっかく天瀬が体に鞭打って挨拶に来たんだから飯のひとつも付き合ってあげなさい」


  「そういうことなら……」


  上目遣いでアクトを見ながらもじもじと答えた。


  「じゃぁアクト君、僕は先に本部に戻るからゆっくりしてきなさい。緊急の要件があるときは呼び出すから」


  博士は左手首の通信用のブレスを指でトンと叩いて見せた。


  「リンさん。食事が終わったらアクト君を本部まで送ってください」


  「あっはい、丁重に送らせて頂きます」


  彼女は妙なかしこまり方で博士に応えてから一礼をし、アクトの腕を引いて階段を下りて行った。

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