Scene7 -1-

  PR3とロイドの共命者暗殺自作自演事件から三日。能力覚醒によって酷使されて激しい筋肉痛と関節痛に襲われているアクトは、一日二回の治療を受けるために通院し、治療カプセルの中で大切なことを思い出した。

  治療カプセルから出たアクトはその足で指令室へと向かった。

  指令室はオペレーター席らしき物が五つほどあり、中央には司令長官の座席がある。一見して大きな船の艦橋っぽいイメージだ。だが、やはり今は作戦活動中ではないので、その司令長官の席にアーロンは居ない。


  「あのう」


  アクトは指令室のオペレーターの席にひとり座る女性に声をかけた。


  「えーと、ハルカ……さん? でしたっけ」


  二度ほど顔を合わせたことのある女性のオペレーターのうろ覚えの名前を呼んでみる。

  彼女は手を止めて回転式の椅子を回して振り向いた。回転によって少しだけなびく甘栗色の髪。薄い化粧の乗ったその顔は大きな目と口が特徴的で、日本人離れした美貌をしている。


  「どうしたのアクト君」


  「アーロン司令に用があるのですけど」


  ハルカの声は特に大きくないのだが、シャキシャキとした通る声をしている。その声に少し圧され緊張気味に要件を返す。


  「司令は今、上の長官室で柳生博士と打ち合わせているから行ってみたらいいわ」


  「ありがとうございます」


  ぎこちなく頭を下げて長官席の後ろのドアから階段を上がった。

  踊り場で向きを変えてさらに歩を進めた先に部屋があり、アクトは呼び出しのボタンを押した。少ししてアクトを確認したらしくドアが静かに開いた。出てきたのは博士だった。


  「アクト君どうしたんだ?」


  「アーロン司令に相談があって来ました」


  部屋の奥のテーブルにアーロンは座っていた。


  「入りたまえ」


  アーロンに促されたアクトは一礼してから部屋に入った。


  「あのですね、実はここに来ていろいろあり過ぎてすっかり忘れていたのですが、会社に復帰できないかと思いまして。あれからずっと無断欠勤してる状態で、学校もなんですけど、一応もうすぐ卒業式もあり、地上に戻れないかなと……」


  「アクト君は会社勤めしたいのか?」


  「まぁしたいというか、このまま放置しておくのはどうかなって。もしかしたら友人も心配しているかもしれませんので」


  あの日、先に行かせて逃がしたリンのことを思い出す。「あとから行くから研究所まで走るんだ」と言ってそのままだった。


  「ルークはたまに仕事で地上に行くって聞いたのですけど、オレも地上に出て会社や学校に挨拶しに行けませんか?」


  博士とアーロンは一度顔を見合わせた。


  「アクト、君には三つの選択肢がある」


  アーロンが差し出した指を見て、ここに来たばかりのときに恐ろしい三択を迫られたことを思い出し、アクトは背筋を伸ばした。


  「1、このまま事故に巻き込まれて死んだことにする。2、事情によりどこか遠くに引っ越したことにする。3、制限を以って一部日常生活に戻る」


  日常生活……その言葉にアクトは反応し、テーブルを叩いた。


  「戻れるんですか!?」


  最悪区切りを付けるくらいはしたいと思っていたアクトは正直日常生活に戻るとまでは思っていなかったため、その提案に過剰に反応する。


  「今アクト君は大怪我を負って集中治療室に入っていることになっている。このまま死んだことにする方が戦いに集中できていいとは思うんだけどね」

  「いや、社会的に殺されるのはちょっと。それに神王寺の機動重機メカトロニクスの仕事もやりたいんですよ。ガイファルドっていう戦うための力は手に入りましたが、ライゼインはいないとは言え、他の機動重機たちは頑張っているじゃないですか。だから」


  「だから?」


  博士は言葉を止めたアクトに首をかしげて聞き返す。


  「ガイファルドとは別に機動重機の強化案やら新兵装のアイディアもあるので試したいなぁって。もちろんここの秘密は厳守します」


  つまり趣味ということだ。


  「先ほど博士から君は面白い着眼点と発想を持っていると聞いていたんだ。確かに我々以外の地球の戦力の向上はそれなりにあった方がいい。だが過剰な武力の保持は他国への圧力や侵略、戦争の被害を大きなものにしかねないため、GOTの機動重機部隊には頑張って欲しいとは思っている」


  「そうなんだ。だから我々の技術は……」


  と言って博士は言葉を切った。


  「ともかくアクト君が日常に復帰したいということはわかった。不幸中の幸いだ君は両親を失い実質ひとり者であり、秘密が流出する可能性は低い」


  「俺の口は獲物を見据え喰いしばる獣のアギトのように堅いです!」


  「餌を差し出されたすぐに開きそうなアギトだな」


  あっさりと返され口を開けるアクトを見ながら博士はアーロンに耳打ちをして、アーロンはそれにうなづいた。


  「よし、ならば明日から君の制限付き日常復帰を認める」


  「やった!」


  制限付きというのが気になってはいたが、アクトは素直にそのことを喜んだ。


  「では明日地上に向かうので八時半に私の部屋に来てくれ」


  「ありがとうございます!」


  アクトはビシッとした敬礼で応えた。

 



  翌朝、博士の部屋に行くとPR3とロイドが待っていた。メディカルチェックでもするのかと思いきや、アクト体の各所に包帯を巻きだした。これは重体で意識不明だったアクトがようやく退院することができたという演出だという。


  「では出発する。くれぐれも元気いっぱいで動き回るなよ」


  博士に釘をさされはしたが実際アクトの体は侵入者役のロイドとの戦いで無理した代償が残っており、とても元気に走り回れるような状態ではなかった。そのロイドがアクトと博士のあとに付いてきていた。


  「なんでロイドが一緒に来るんだ?」


  「あなたの警護です。地上では誰がいつアクトを狙うとも知れませんので」


  博士もうんうんとうなずく。


  「安心してください。四六時中べったりとくっついているわけではありませんから」


  ロイドは優しい笑顔でそう言った。

  博士の部屋のある幹部ブロックから一般の従業員ブロックへとやってくると、そこからエレベーターで上に上がる。更に進みセキュリティの高そうな部屋に入る。そこは広いエレベーターホールになっていた。


  「goodmorning」


  「おはようルーク」


  私服姿のルークがエレベーターを待っていた。


  「あれ? アクトにロイドまで」


  「今日からアクト君は日常に復帰することになった。まぁ上でも会ったら仲良くやってくれ」


  「そなのか、んでロイドは?」


  「ワタシはアクトの警護です。ついでにルーク、あなたもね」


  「俺もかよ。まぁ俺は上に行っても大したことはしないけどな」


  「仕事なんだろ?」


  「仕事と称した気分転換だ」


  いったいどんな仕事なんだろうかという疑問を持ったところでエレベーターが到着した。

  四人がエレベーターに乗り込むとエレベータのパネルの下にアニメでよくありそうな隠しパネルが開く。そこに押すとエレベータが動き出した。


  「くくっ」


  ルークの口から何かが漏れるのを聞いてアクトが視線を送ると、チーンと小さなベルが鳴りゆっくりとエレベーターのドアが開いた。

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