Scene5 -4-
セイバーを見下ろすその目は意思なく無機質だったが、セイバーの未熟さを差し引いても不利と言える能力を持っていることだけはわかる。博士の導き出した回答がその最もたるモノだ。
「保有エネルギー量がA級の18倍だと」
博士がその答えにたどり着いたとき、ムカデ型機械虫は長い帯状の体を鞭のように振り回してセイバーに叩きつけた。クロスさせた両腕でガードするが、セイバーを凌駕する重量と速度の攻撃は100トンを超えるガイファルドを彼方まで吹き飛ばした。
飛ばされたセイバーは地面に接触するとバウンドしながら転がって五度目の接地で両足で踏ん張る。砂煙を巻き上げた制動が終了すると同時に弾けるように走り出した。
モヤモヤとした黒い何かが背後からアクトの肩を掴もうと伸びてくる。そんな気配を感じつつもアクトは前だけを見据えていた。
「おおおおおおおお!」
張り上げた気勢は心と体の震えを討ち消すためのものだ。
しばしモニターを観ていた博士は視線を自席ののコンピューターに向けなおして猛烈なスピードでキーを叩いた。
『もしかしてあの機械虫は』
「無茶だアクト。退避してふたりと合流するんだ」
激高して叫んだ剛田の声はアクトには届かずセイバーは戦闘を継続。突進するムカデ型機械虫とセイバーはそのスピードのまま正面から衝突するが、重量の軽いセイバーは押し負けて斜め前方に弾かれる。
「相手がデカすぎるぜ」
巨人と称されるガイファルドが小さく見えるほどにムカデ型機械虫の体長は長く、巨大に見える。
弾かれたセイバーが一回転して着地したところを鋭利に光る鎌のような牙が襲いかかった。それをジャンプでかわすと落下の勢いを乗せた両腕を頭部に叩きつけた。
しかし、セイバーの両腕に伝わる反作用は、落下の勢いとセイバーのパワーにそぐわない小さなモノであり、わずかに怯ませただけでダメージと言えるようなモノを機械虫に与えることはできなかった。
「レオンとノエルはまだか?!」
通信機に向かって叫ぶ剛田だったが、多数の機械虫に囲まれた状況がそれを許さない。
「セイバーを回収する。援護射撃だ。ムカデをセイバーに近づけさせるな」
上空からイカロスが機首下部にある機銃とミサイルで援護を開始したのだが、ムカデ型機械虫に命中したかに見えたがなぜかその攻撃は直撃していない。
「セイバーは安全空域であるイカロスの高度まで上昇するスラスターの装備がありません」
直立すると五〇メートルに届こうかという体長のムカデが相手では、セイバーを回収するのは容易ではない。下手に近づけばイカロスにも甚大な被害が及び兼ねないため、軽々に高度を下げて回収作業をおこなうことはできないのだ。
「剛田さん、駄目です」
続いて砲雷撃管制士からの報告も剛田を焦らせるモノだった。
「戦闘艦ではないイカロスの兵装ではあの機械虫に対しては有効な攻撃ができません」
重ねて機械虫の分析を終えた博士がこの状況に追い打ちをかけるような結果を口にする。
「なんてことだ、あの機械虫は連結することでA級以上の機械虫になっているんだ」
「連結だって?!」
機械虫が出現してから現在までにA級と区分される個体以上のモノは確認されていなかった。
「奴らのコアは電池のようなもの。それ以上の出力は出せないが、連結することで直列回路のように疑似的に出力を上げている。なによりその莫大なエネルギー総量が特殊な力場を作り出してガイファルドのフォースフィールドに近い特性によって外部からの干渉を阻害しているようだ」
博士は自分で導き出した分析結果に苛立ちを覚え、キーボードのあるコンソールを強く叩いた。
「まさか今日に限ってこんな個体が現れるなんて。レオンやノエルでも苦戦するかもしれないのに今のセイバーには荷が重すぎる」
セイバーは唯一の優位性である運動性を駆使して素早く動き飛び回りる。
『クソ硬たい装甲だな』
心の中で愚痴りながらも渾身の力で攻撃を叩き込んでいた。
「レオン、ここはいいからセイバーの支援に向かって。きっとセイバーはまだフォースが上手く使えない」
「ひとりでこの数を相手にするつもりかよ」
B級二体とA級一体を活動停止にしたが、残りをノエルだけで相手にするのはさすがに厳しい。それでもノエルは静かに返した。
「未熟なセイバーが新種を相手にするよりずっと楽」
そう言われたレオンは躊躇せず組み合っていたA級機械虫を蹴り剥がして走り出した。
「すぐ行くぞ!」
蹴り飛ばされた機械虫は背中を見せたレオンに対して口中にエネルギーを集約させていく。
「させない」
静かな気合を込めて機械虫に突進し顎下からダガーを突き上げる。口中に集約されたエネルギーは閉じた下顎を吹き飛ばして上空へと撃ち放たれた。ダガーを持った両腕をクロスさせ、纏っていたフォースをダガーへと集約させると、ノエルを中心に赤い花びらが散り広がった。
ノエルの奮闘の背後でレオンがスラスターを噴射させて跳躍したとき、ついにセイバーはムカデ型機械虫に巻き取られて拘束されてしまう。ムカデ型機械虫はそのままセイバーを一気に締め上げた。
「がぁぁぁぁ」
セイバーの体から生成されている損傷の激しい生体装甲に更なる大きな亀裂が走る。
『このままセイバーが潰されたらオレは死ぬのか。この苦しさは死ぬ苦しさだろ。あんなに強い巨人が機械虫にやられるなんてオレが共命者だからか? 痛い、苦しい。嫌だ、死にたくない』
アクトの心に死の恐怖がよぎった。
ムカデ型機械虫の鎌のような巨大な牙が動きを封じられたセイバーの首に迫ってくる。
『ふざけるな、こんなところでお終いなんてことあってたまるか。こんなに苦しいのも人々が嘆くのも、世界の希望が消えたのも、全ておまえらが原因だろ。そのおまえらは全部オレがぶっ潰すんだ。それまで死んでたまるかよ!』
アクトの中で死の恐怖とそれに抗う心が激しく交錯する。
『オレは死なない。ぶっ潰す。死にたくない。この俺の手で。苦しい。許さない。殺される。殺してやる!』
「セイバーの精神波が激しく乱れながらも第三領域に達しました」
「あぁぁぁぁぁぁ」
精神が崩壊しそうなほどの心理状態のアクトの発した精神波がソールリアクタに伝わり平常時とは異なる異常稼働しつつエネルギーを増幅。セイバーの額のダブルハート眩く発光し始め、莫大なエネルギーは全身へと伝わっていった。光の中で変わらず締め上げるムカデ型機械虫だったが、ベキベキと体に悲鳴を上げだしたのはその機械虫の方だった。
「セイバーのソールリアクターが発する波動が急激に上昇しています!」
セイバーは自らの生体装甲を砕くほどの力を発揮してもがき暴れる。機械虫の関節接合部に亀裂が入り、巻き付いた胴体は無理やり押し広げられた。セイバーはその隙間を使って脱出し、下がっていた頭部の顎を殴り上げた。インパクトの瞬間に光が弾け、機械虫の牙ごと顎周辺の装甲を割り砕いた。
「リアクターの波動、なおも上昇」
ムカデ型機械虫の長い体の回転力が生み出した鞭のような攻撃をセイバーはがっしりと受け止める。本来なら吹き飛ばされるはずなのだが、両足は大地に根付いたように踏みとどまっていた。
「うおおおおおお!」
そのまま受け止め抱え込んだムカデの体を力任せに引きちぎる。撃ち込む拳は軽々と装甲を貫いて振り回す蹴りは機械虫を砕いた。
ノエルと交戦していた機械虫群は突然転身して、一斉にセイバーに向かって移動を開始し始めた。
「セイバーとの情報通信端末が未搭載のため正確な数値ではありませんが、過剰光とリアクターの通常稼働パルスとの比較から、出力は推定四〇〇〇万馬力に迫る勢いです」
博士たちは絶句した。
「レオンやノエルもいつかは二〇〇〇万馬力近くまでは上がっていくだろうと思っていたが、これはその想定の範疇をはるかに超えている」
連結した機械虫から吐き出された光球もフォースフィールドに阻まれて体表を流れて消えていく。セイバーは鬼神のごとき力と動きによってA級を超えるムカデ型機械虫の複数のコアを一撃ごとに潰していき、数十秒でスクラップにしてしまった。
セイバーが纏うフォースは荒れ狂い、味方にさえ襲い掛かってきそうな迫力でノエルもレオンもその場を動けない。
最後に潰したムカデの頭部を投げ捨てて振り向いたセイバーは、自分に迫る残りの機械虫に向かって走り出して跳躍。支援に向かっていたレオンを背部からの噴射によって一気に飛び越え猛然と迫る機械虫群との距離を詰めた。
「セイバーの背部に何かしらのスラスターが生成されました」
「なぜだ、どうやって?」
A級を超えるムカデ型機械虫を素手で屠った力で、残りの機械虫もまさに虫けらを踏みつぶすように蹂躙してのける。基本出力を大きく超える推定四千万馬力で暴れ回るセイバーを、レオンとノエルはただ見ていることしかできなかった。
群がる機械虫を一掃したセイバーは一度辺りを見回し、全ての機械虫を殲滅したことを確認すると、糸の切れたマリオネットのようにその場に崩れ落ちてしまう。
呆然とする一同だったが一拍置いてノエルが駆け寄りセイバーを抱き起す。
「リアクターから発せられていた波動が低下していきます。現在通常時の二十パーセントほどまで下がりました」
「至急3体のガイファルドを回収、基地に帰還する」
イカロスはガイファルドたちを乗せるて飛び立ち、基地へと向かった。
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