Scene6 -1-

  アクトが基地の医務室のベッドで目が覚めたのは基地に帰還してから十時間後のことだった。イカロスが飛び立ってすぐ、沈黙していたセイバーは意識を取り戻す。アクトが意識を失ったことで精神の合身が解除されためセイバーの意識がアクティブになったからのようだが、アクトを輩出するとセイバーは再び眠るように反応がなくなった。


  セイバーによって合身の強制解除がおこなわれ、急ぎイカロス艦内の医務室に運び込まれた。メディカルチェックの結果は体力の消耗と脳波に多少の乱れがあるものの、それ以外に異常は見られず仲間たちは胸を撫でおろした。


  基地に到着後、ガイファルドたちは洗浄処置を受けたのち、戦いで受けた損傷を治すために各々のメディカルプールに浸かった。


  柳生博士、剛田、ルーク、エマの四人は治療中のガイファルドから戦闘データを抽出している間に食事と休息を取る。その後、博士は抽出したデータと超速機動揚陸艦イカロスが収集したデータとを合わせ、剛田とふたりで今回の戦いについての分析を開始した。


  数時間の検証を終えたふたりは司令官のアーロンに報告し、隊員にミーティングルームに来るようにと招集をかけるが、アクトはいまだ眠ったままだった。


  「何はともあれアクト君が無事でよかった」


  のちに聞いた話だが、博士は泣きそうな顔で言ったという。


  『そんなに心配してくれていたなんて』


  ちょっと感激したアクトだったが、「せっかくいろいろとテストを考えていたのに実験体が居なくなったらいろいろ滞るところだったよ」この言葉に『ですよね』と心で突っ込むこととなる。

  柳生博士はいい人だけど、やはり心根はマッドサイエンティストなのだとアクトは理解した。

 



  「えー今回のミーティングの議題です」


  スクリーンを前にして博士がキーボードを叩く。


  「機械虫の大量侵略、セイバーへの集中攻撃、機械虫の連結強化、そして……」


  「セイバーの異常なリアクター出力。ありゃいったいなんだ?」


  興奮気味に質問するルークを博士はなだめる。


  「やはりそれが一番気になるよな。僕もだ。基地へ帰還中にデータを整理してさっきセイバーから得た情報と合わせて検証してみた。セイバーには情報通信端末が未搭載だったからリアルタイムの情報が得られなかったので完全なものではないけど、予想を交えた検証結果になっちゃうけど聞いてくれ」


  ルークは興味津々に体を乗り出し、エマの心の耳はダンボ状態で言葉を待った。


  「今回の戦いのさなか、セイバーのソールリアクターが信じられないほどの異常出力を発揮したわけだ。推定出力は最大で四千万馬力オーバー。データを見る限りでは極度の緊張状態だったアクト君が発する精神波によるものだと思われる。その精神波は第三領域に達していた」


  スクリーンにグラフが表示される。


  「第一領域は合身前の状態。合身することで第二領域にシフトするが、まぁそれは戦闘に入ったときで興奮状態になったと思えばいい。そして今回の第三領域は極度の興奮状態に近いんだけど興奮すれば第三領域に入るってわけじゃない。脳のスイッチが切り替わることでそうなるわけだ。それには脳波の状態がかかわってくるのだけど、その脳波が一定の基準に達すると精神波っていうガイファルドたちにとってのエネルギー? いや添加剤かな、精神エネルギーみたいなのが高まって、リアクターが発するエネルギーが増大する仕組になっている、ようなんだ」


  「添加剤?」


  ルークの疑問に答えて説明を続ける。


  「そう、ソールリアクターの名が本当に体を表しているなら、人間の魂をエネルギーにしているということになる。そして精神は添加剤。簡単ではないんだけど簡単に言うと気合を入れると出力が高まったり、消費したエネルギーを補充したりとリアクターが仕事をするってことさ」

「でもそれが条件ならわたしたちだって同じことが起こせるはず。今までに精神波の第三領域に何度か達したことはあった」


  「だよな、だけど俺たちにはそんなこと起こったことはないぜ」


  エマの見解にルークが同意する。


  「君らが第三領域にシフトしたときにもソールリアクターの出力の増大はあった。だが、それは十パーセント程度の上昇だったことに比べれば、セイバーに起こった事象とは明らかに違う。レオンのリアクター出力は平均一一二〇万馬力、ノエルは一二四〇万馬力だ。セイバーの出力はおよそ八〇〇万馬力だから実に五倍の出力を叩き出した」


  「五倍かよ」


  ルークは顔を引きつらせ、エマもしかめる。


  「五倍というよりは現在発揮できる最大値を無理やり押し出したということだろう」


  「だがそのせいで」


  コーヒーをすすった剛田が悲し気に語った。


  「セイバーは自ら出したその力によって体に大きな負担が掛かってしまった。生成した生体装甲はボロボロ、筋肉も骨もズタボロだったぞ。ガイファルドがあそこまでボロボロになったのは初めてだからハッキリとはわからんが、完治には二週間は必要かもな」


  「二週間も……レオンなんていつも半日もあれば新品同様なのにな」


  今までガイファルドたちが機械虫に苦戦したことなどない。リアクターが生み出すフォースの恩恵によってその肉体強度は機械虫の攻撃などものともしないからだ。しかし、セイバーが受けたダメージの大半は自らの稼ぎ出した出力を体が受け止めきれなかったことが要因である。その莫大なエネルギーは生まれたばかりのセイバーでは到底耐えられるものではなかった。


  「で、さっきの続きなんだけど、セイバーは戦闘中に背部スラスターすら生成して見せた」


  「そうだぜ、レオンは博士のプログラムをインストールしてスラスターを作ったのによ」


  「その理由はおそらくアクト君がエンジニアだからだろう。彼は推進システムの原理の知識を持っているからセイバーはその知識を使って自力でプログラムを組み上げたのだと考えれる」


 脳の働きの大半は潜在意識がおこなっているとも言われている。無意識下で(この場合はおそらくセイバーが)アクトのスラスター構造の知識を使い、猛烈な演算処理によってプログラムを組み上げて、ソールリアクターが生み出した莫大なエネルギーを使い瞬時にバックパックスラスターを生成した。しかし、こんな凄いことが常時おこなえるわけではない。戦いのさなかに追い詰められたあの状況こそがその切っ掛けなんだろうと博士は推測した。


  「ってことは俺たちもあれくらい追い詰められたらあんなスゲー力が出るってことか!」


  「いや」


  それを期待するルークに博士は否定的な言葉を返した。


  「そうとは限らない。これはあくまでアクト君とセイバーの場合だろう。ダブルハートによる繋がりはほとん解明されていない。好調不調によるリアクター出力は十パーセント前後の幅がある。そのときの脳波の状態はエマとレオンで違うからな」


  「うーん、そういうモノなのか。アクトが目覚めたらどんな感じだったか聞いてみっかな」


  「どうだろうな、どれほど覚えているものか。この脳波計からすると極度の興奮状態にあったようだからな。怒りの感情や恐怖の感情といった脳波が検出されている。アクト君が目覚めたらそれも含めて更に調査してみる予定だ」


  「火事場のクソ力ってとこか」


  剛田がボソリと言う。


  「剛田さん、もうちょっとセンスのあるネーミングにしないとアクト君が嫌がりますよ」


  博士は眉間にしわを寄せて言うところを見るとアクトというよりは自分が気に入らないようだ。


  「わたしもその単語は使いたくない」


  エマが追っかけで博士に同調する。


  「共命体の誕生時の状況に関係があるのかもしれないな」


  今まで黙って聞いていたアーロンの言葉に博士がハッとする。


  「なるほど……。あの事例と合わせて検証してみるか」


  その声は独り言のように小さい呟きだったので皆にはハッキリとは聞こえなかった。


  「んじゃセイバーのクソ力、じゃなくてミラクルパワーの件は引き続き博士にお願いするとして、もうひとつお前らが知りたいであろうムカデ機械虫についてだな」


  「えーとですね、ご存じの通り機械虫のコアは電池のような物であり、動力炉のようにエネルギーを生み出すものではありません。電池に例えた通り直列に接続することで疑似的に出力をアップさせることができることが今回確認されました」


  それによりC級機械虫たちが連結することでA級を超える機械虫となってしまったのだ。


  「機械虫たちがどんどん連結を繰り返したらガイファルドたちでも手に負えない化け物になっちまわないのか?」


  ルークのその意見に博士は「その心配はない」とすぐに否定した。それは、そのエネルギーにコアと機体が耐えられないからだという。現にあの機械虫はあの場にいたすべてのC級機械虫との連結はしなかった。B級やA級も連結できるのは不明だが、限界はあるから無限にという心配はない。それよりも、連結することによって増加する出力ではなく、エネルギー総量がアップすることで展開される力場の方が厄介であると説明した。


  「あの力場はガイファルドが使うフォースフィールドに近い働きがあり、攻撃に対する抵抗力が大幅に上がりました。ガイファルドのフォースフィールドは力は強いが容量が少ない。自身を強化した余剰の力が体外を覆っており、意識によって瞬間的に強化することはできます。半面フォースフィールドの力を凌駕した場合や連続した力、長期的な力によって突破されてしまう危険がある。対して機械虫が使ったモノは体外に展開することが前提のようで、出力は低いものの大容量で安定したフィールドが形成されていました」


  今まではこれらを心配をするほど強大な機械虫は存在しなかった。今後はこのことも考慮し、準備と作戦を立てていかなければならないとして、この議題は締めくくられた。

 残りの議題は今までにない大群であったことだが、C国の新兵器開発の工業地帯だったからという同じような条件には当てはまりそうにない。A国で機械虫軍が現れたのは荒野であり、周辺にもそのような施設はなかったからだ。機械虫の目的は今以って解明されていない。

  それとセイバー狙って襲ってきた理由も不明だが、のちにアクトは「自分が未熟であることを見抜かれて狙われたんだろう」と悔しそうに語った。


  「諸君らが今回も無事に戻って来られたことは喜ばしいことだ。不測の事態もあったが結果的に新たな経験と分析しがいのあるデータ、何よりそんな厳しい状況の中でのアクトとセイバーの実践も大きな収穫だ」


  アーロンは無表情というか威厳ある凛々しい表情を崩さずにそう話したが、みんなはなんとなくその目が喜びを放っているように感じた。

  ミーティングが終了した現在の時刻は朝の十時。博士は寝不足だと言ってそのままミーティングルームのソファーで仮眠に入り、剛田は今回の戦いに関する情報を元に新しい兵装を考案すると鼻息荒く自室に戻っていった。

  ルークとエマはトレーニングの時間らしくアクトの様子を確認してから気持ちを新たに自主トレを開始した。

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