Scene2 -1-

 超大型トレーラーがロボタウンで有名な街の港から出発した。神王寺コンツェルン研究所のあるこの港街は、もともと小さな漁港があったのだが、研究所を作るにあたり船を造船するようなドックのある大きな港に作り替えられた。


 研究所のあるロボタウンまでは数キロ離れてはいるが、一番隣接しているということで便乗するかのように街はさかえ、神王寺コンツェルンは大型トレーラーなど物資搬入のための道路や警備システムを設置導入する見返りとして、街に対して多額の費用を出資した。


 現在その道を走るのは、港で大型コンテナを乗せたトレーラーだ。その上空を護衛らしきヘリが飛んでいた。実はコンテナは船ではなく大型潜水艦で極秘裏に運ばれてきた重要機密物が入った物だった。


「なんだあれ? あんなでっかいコンテナひとつだけ積んでるけど。今日納品予定の新素材実験のマテリアルにしてはちょっとでかすぎだよな」


「そうね、あれLLコンテナの三倍あるんじゃないの? レーザーコーティング発展型のレーザーアーマーシステムのテストに力を入れてるって言っても、あれだけの量は必要なさそうよね」


 車道と隔離された自転車道を軽快に走りながら話すのは、四月に神王寺コンツェルン研究所の機動重機関連部門に配属になる予定の男女だ。


「おいリン、迂闊うかつにそういうこと言うと情報漏洩じょうほうろうえいで内定取り消しだけじゃ済まなくなるぞ」


「あっ」


 リンはあわてて口をふさいだ。


 幸いにも出勤ラッシュの時間だが、神王寺の研究所に続くこの通りには人影はほとんどない。もし居たとしても九割の人は所員だろう。


 就職の内定を得たふたりは港から少し離れた社員宿舎に仮住まいしている。二ヶ月前から始まった研修のために週の半分は研究所に出入りしているからだ。


 半年前にライゼインが機械虫に敗北して大破して以降、部隊の隊長である神王寺 雷翔しんおうじ らいとと主力起動重機のゼインを失った神王寺コンツェルンは、他の防衛機動重機たちのバージョンアップはしていたものの、ライゼインに代わる主力機動重機の製造はおこなっていなかった。少なくとも表面上は。例え秘密裏に新造していたとしても、たかが研修二ヶ月の就職内定学生にそんな情報が伝えられるはずもないのだが。


「アクトの憧れていたライトさんが亡くなってしまったのが会社に大きな影響を及ぼしているっていうのは間違いよね。機動重機の部署縮小とかなってしまわないか心配だわ」


「死んでなんかない!」


 ぼやくリンにアクトは一喝した。


「ライトさんの死体は見つかってないんだ」


「きみの気持ちはわからないでもないけど、コックピットブロックが圧壊したってログがあったっていうし、あの爆発だからね。でもまぁどこかで生きていたらいいなとは私も思うよ、うん」


「そうさ、絶対に生きてる」


 研修で知り合って二ヶ月、同じような話でアクトが熱くなるのはもう四度目だったので、リンもあまり強くは言い返さなくなった。


 物語から出てきた正義のキャラクターのような神王寺 雷翔しんおう じらいとに強く憧れていたアクトは若干ヒーローとロボットオタクだ。


 アクトは過去に機械虫の被害に合い、そのときに両親を亡くしている。そのとき彼はライトとゼインに直接助けられた。


 世界のために戦う彼の姿もさることながら、そういった経緯もあって彼を尊敬しているアクトは、彼と同じ会社で働きたいという思いに至った。その強い思いによって難関である神王寺コンツェルンに就職しようと決意したのだ。


 その後、人並みの頭脳で努力した学力と知識、割と高い運動能力、懸命に鍛えた肉体に、尋常ならざるヤル気をアピールして、神王寺コンツェルン研究所員の切符を見事に手にすることができたのだった。


「本物の正義のヒーローはあんなことで絶対に……」


 ブオーーーー


 大きなエンジン音が迫り巨大なトレーラーがゆっくりとふたりを追い抜いた。三機のヘリもバタバタとプロぺラの音を立てて飛び去って行く。ふたりの会話はその音に消されてしまったので、ふたりはしばらく口を閉じた。


 アクトの内定が決まる直前の昨年夏、神王寺ライトは機械虫との連戦の果てに相棒のゼインの爆砕に伴い消えてしまった。


 ライゼインの敗北によって、内定が決まっていた者たちの多くが辞退したという噂を聞いたので、もしかしたらアクトは繰り上がりの合格なのかもしれないと思っていた。しかし、それでもアクトはその内定を喜んだ。ただ、目標はライトの手助けから仇討に変わってしまったのだが。


 アクトは内定から研修が始まるまでの期間、更なる知識と体力と技術を身に着けるために必死で努力した。


『対機械虫用防衛機動重機のパイロットになる!』


 それがアクトの密かな野望だった。


「そりゃ無理だろ」


 それが研究所で働く先輩たちの言葉だった。


「対機械虫防衛部隊に関しては超極秘だからな。だから俺たちみたいな技術屋も細かく分けられて、実験結果や研究成果は本部研究所に集積されてそこで形になるんだ。本部研究所の大半の従業員がロボットやコンピュータだしな。超極秘の機動重機のパイロットどころかテストパイロットでさえ無理ってもんだ」


 そんな言葉を聞いてもアクトはあきらめの気持ちの欠片もない。


「神王寺の親族たちに取り入るしかないんじゃないか? 無理だろうけど」


 そんなVIPと顔を合わせる機会なんてそうそうないのだが、近い未来に一度だけその機会があった。


 トレーラーとヘリが通り過ぎたころでリンがアクトに質問した。


「ねえ、アクトはまだあの計画を実行しようとしてるの?」


「計画って機動重機のパイロットになって戦うってやつ?」


「あぁ、それは計画じゃなくて野望ね。その野望に到達する前の段階」


 アクトの頭に『?』が浮かぶ。


「入社式に……」


「神王寺会長やら兄弟姉妹の重役たちにってあれか!」


「直談判するって言ってたよね」


「とうぜんするさ」


 アクトは冷静な目と覇気ある声で答える。


「数少ないチャンスなんだ、やらないわけにはいかない」


「それをチャンスって言うん?」


 あきれれ顔のリンをよそにアクトはその志をあらわに拳を握った。


「なんにしてもなにかしら実績はあった方がいいわよね。入社式までの短い期間で奇跡的な凄いことをやってのけなさい」


 リンがそうアクトを励ましたときだ。


 ドンッ


 空で大きな音が鳴り、ふたりは空を見上げた。なんと、飛んでいた一機のヘリから爆炎が上がっている。


「え、なに。故障?」


 その光景をただただ見上げるふたりだったが、残りの二機になにかが飛んできて再び爆発した。


「攻撃だ!」


 アクトは叫び自転車を止めた。


「え、え? ちょっと」


 リンも急ブレーキをかけて自転車を止める。


「あのヘリの装甲材は初期の機動重機に使われたいたものだぜ。それを一撃で打ち破る火力の攻撃って機械虫か?」


 ヘリにはライゼインたちの動力源であるスピリッツリアクターは搭載されていないので、厳密な防御力は違うのだが、アクトたちはまだそのことを知らない。だが、現代技術を超えた高強度の装甲材であることに変りはなく、それを打ち破るなにかがヘリを狙撃したことは間違いない。


 バランスを失ったヘリがぐるぐると回りながら墜落してくる。


『まさかこっちに落ちてくるなんてことはないよな?』


 そう思いつつ見ていると、右に左に揺れながらだんだんと距離が縮まってきているように思えた。


「走れ!」


 暴れまわりながら降下してくるヘリの落下点は予測不可能だ。前方で停止したままのトレーラーを追い越したところで三階建ての建物程度まで迫ったヘリは、ふたりに風を叩きつけて通り過ぎると地面に側面を叩きつけ、ローターでアスファルトを切りつけ荒れ狂いながらトレーラーと衝突した。残り二機のヘリは煙を上げながらもなんとか不時着したようだ。


 三機ともあの攻撃を受けても大破しないのはさすがに神王寺の誇る対機械虫空撃重機だけのことはある。普通墜落したら原型を留めるなんてことも難しいだろう。


「あそこ見て!」


 リンはモクモクと煙を上げるヘリを指さした。墜落してトレーラーと接触したヘリの近くで誰かが這っている。


「生存者だ!!」


 アクトとリンは自転車をUターンさせ、生存者のもとに駆けつけた。


「大丈夫ですか?」


 リンが優しく声をかける。


 生存者の男性は半身に酷い火傷を負っている。体を強く打ったであろう、助け起こそうとすると顔に苦悶の表情を浮かべ痛みに耐えながらも、腕に抱えるジュラルミンケースの鞄を力強く抱きしめている。


「ここから離れよう」


 ヘリやトレーラーが爆発するなどの二次被害を想定し直ぐにその場を離れた。

「しっかりしてください」


 男はアクトの呼びかけに応えて腕を掴んだ。


「君は誰だ?」


 力のない声の彼の問いにゆっくりと答えた。


「オレは天瀬 空翔あませ あくと。神王寺コンツェルンの対機械虫防衛機動重機関連の研修生です。あなたも研究所関係の人ですか?」


「これを……、この鞄を研究所に……」


 男はアクトの質問に答えず、鞄を抱く腕の力を緩め、懐から一丁の拳銃を取り出して差し出した。


「必ず……、必ず届けてくれ。私のことはいいから急いでこの鞄を!」


 差し出された拳銃に戸惑うアクトとリンに、男は必至でそう訴えた。


「早くっ!」


 切迫している状況を感じ取り、意を決して鞄と拳銃を受け取り立ち上がる。


「リン、行こう」


 男の指示に従って自転車を走らせた。

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