第330話 ギュレット牛
翌日の朝、ウェルディさんの馬車と2台で出発する訳だが、幾ら俺が修理という名の魔改造を施したと言っても、そこらの
まあ、旅の醍醐味と考えて、ノンビリと楽しむとしよう。
しかし、俺やマダラ達がそんな風にスローペースを内心嘆いていると中、ウェルディさんはというと、
「何これ!? 昨日までとは馬車の動きも重さも違うんですけど! どうしちゃったの? ランタ(馬の名)もサンタ(馬の名)も滅茶滅茶スピード速くなったよーー!」
とハイテンションで騒いでいた様子。
最初の休憩の時、感極まった様でに、身振り手振りを入れて大絶賛していたからね。
まあ、休憩度にそのウェルディさんの馬(ランタ&サンタ)にも飲み水屋飼い葉等の他に、ヒールやクリーンを掛けておいたので、疲労の蓄積も無く、一般の馬にしては、かなり良いペースで走っている事は間違い無い。
いや、俺達の能力的な秘密の漏洩から生じる危険を無視するのなら、もっと移動速度を上げる手段は幾つでもあるのだが、現状どの程度の関わりを持つか
「せめて、これだけの苦労が報われる様な牛肉であってくれと祈らずにはいられないな。」と心の中で呟くのであった。
こうして移動して居る間に徐々に、ウェルディさんの警戒心が薄れてきたのか、アケミさんやユーちゃんとも仲良く話し、遊んだり、抱っこしたりする様になってきた。
そんな感じでお互いに慣れて来て、気安く接する内に時折漏らされる愚痴混じりの会話から、ギュレット子爵家やアルメニダ王国の内情等を知る事が出来た。
更にはサスケさんが纏めた定時連絡の報告がそれらを補完する様な情報であったりしたお陰で、アルメニダ王国の王や貴族連中の考え方、が良く理解出来たのであった。
まあ、それらに加え、相当にストレスの溜まっていたウェルディさんの理由も明らかになってきた。
ウェルディさんは次女であるが、長女と母親は、流行病で5年前に他界している。ギュレット家は二男二女の兄妹構成であったが、6年前に長男は隣国との戦で戦死し、次男が跡取りとなる予定らしい。
更に酷いのは、長女と母親の病死に件の王都近隣の大貴族の嫌がらせが一枚噛んで居て、治療が間に合わず、同じ流行病を患っていた領民と共に帰らぬ人となったという。
こうして、連続で家族を失って悲しみに暮れるギュレット家ではあったが、領民と力を合わせ、漸く、ここ数年でギュレット牛ブランドとして安定した物を提供出来る様になったという事だった。
もうね、そう言う話を聞いてしまうと、思わず全員感情移入しちゃって、知らず知らずの内に拳をギュッと握り締めてしまっててたね。 アケミさんや女性スタッフ達も涙を流していたし。
だからって訳じゃないけど、試食する前ではあるけど、全員、暗黙の了解で「助ける」って方向になっていたと思う・・・。
やっと、やっと4日間の移動を経て、目的地であるギュレット子爵領に入った。
周囲には放牧されてる黒い毛の牛の姿が見える。
まあ、当然と言えば当然であるが、牛糞の独特なあの匂いも漂って居る。
日本に居た頃の農家の親戚の家の周囲にも牛や豚を飼っていて、こんな匂いしていたなぁと思い出してしまう。
我々は、このまま、ギュレット子爵の館の方へ向かい、試食させて貰う事になっている。
この匂いは兎も角、どんなお肉なのか、ワクワクが止まらない。
そして、やや大きめの屋敷が見えて来たら、ウェルディさんの馬車のペースが上がったのだった。
馬車を玄関の前に停めると、馬車の御者席から飛び降り、
「父上様ー! 兄上ーー!」
と大声で叫んで呼んで居る。
フフフ、とても貴族のご令嬢には見えないね。
玄関のドアが開き、ガッチリとした身体付きの老紳士と言った風情の濃いめの栗毛の男性が微笑みながら、ウェルディさんを抱き留めていた。
その後ろから、推定25歳くらいの先の老紳士に似た面影の青年がやって来て、ウェルディさんの肩を叩きながら、ホッとした表情をしていた。
ウェルディさんは、俺達の馬車の方を指差しながら、何やら、これまでの事情を必死で説明している様子。
俺達は、馬車を出て、会釈をしながら、挨拶をした。
言う
「初めまして、越後屋の会長をしております、ケンジと申します。
此方は、妻のアケミに、娘の優子です、此方2人は、副会長のコルトガに番頭のコナンと申します、以後お見知りおきを。」
と手早く紹介をおえると、
「儂は、ロベルト・ウィ・ギュレット、こちらは次男のケント・ウィ・ギュレット。
この度は、娘を助けて頂き、心からのお礼を申し上げる。
貴殿らに出会ってなければ、どうなっていた事か・・・。」
と、軽く涙ぐみながら、ガッチリ握手をされたのだった。
そして、どうぞ、屋敷の中へと、案内をされるのだが、その際、馬車の車体サイズにそぐわない、明らかに異常な人数が降りて来た事で、驚かれる一幕もあったりしたが、些細な事である。
まずはお茶でも・・・というロベルトさんを手で止め、まずはお肉を見せて貰いたいと、要望を出してみた。
すると、ロベルトさんが、メイドを呼んで、指示を出し、俺と、コルトガさん、コナンさんの3名を厨房の方へと案内してくれた。
他のみんなは、ホールと応接室の方へ、分散して通された様である。
厨房の作業台のまな板の上に鎮座すは、素晴らしい、牛肉塊・・・・が3つ鎮座している。
どうやら、3種類の部位を見せてくれるつもりらしい。
厨房を預かるシェフと思しき男性が、肉切り包丁だろうか?大振りの鋭い刃をシャキシャキとシャプナーっぽい物で、磨ぎながら、やって来て、ロベルトさんと頷き合って、肉塊から、サンプルとなる部位を手早く切り離して行った。
俺自身も解体するし、調理もするが、流石はプロである。素晴らしい手際だ。
切り出された部位は、どうやら、リブロース、サーロイン、何処か不明な部位が2つ。
「まずは、厚めに切った肉を焼いて食べる料理(我々は厚焼き肉と呼んでますが)に美味しい部分がこちらになります。」つまり、俺の推定サーロイン部分
「此方は脂身が少ないので、焼きすぎると堅くなりますが、脂っこくなくて、薄焼き~厚焼きまで美味しく食べられる部位になります。」これは俺の推定、リブロース部分?
「こちらは、やや脂身が多く、コッテリとはしますが、薄焼きや煮込みにも使えますし、良い味が出ます。 多分、カルビとかか? あっちはミスジだとうか? 肩肉、すね肉、
いろいろ推定しながら、説明を受けていくが、どれも、良いサシが入った素晴らしい肉である。
「どれもこれも、美味そうですね! これなんか、最高のサシが入った霜降り肉じゃないですか!!」と思わず、大興奮する俺。
「ちょっと、コナンさん、部位の写真と説明のメモちゃんとしっかりとっておいてよ!」とコナンさんにややこしいところを丸投げ。
「ロベルト様、大変恐縮なのですが、これら、全て、購入させて下さい! 実際に食べて見たいので、調理させて頂いて良いでしょうか?
今後の事等をご相談させて頂きたいですが、このままじゃ、生殺しで、話し合いに集中出来ませんので、お願い致します。」と待てない俺は、懇願すると、
「ほほう、この肉の価値を食べる前に理解されるとは、ええ、勿論食べて下さい!」と笑顔で応えるロベルトさん
俺はいくつかの調理法を試す為、マイフライパンやニンニク、タマネギ塩胡椒、料理酒代わりのブランデーマスタード、バター醤油、を取り出し、ステーキ用に1cm厚に切った肉に塩胡椒を振り掛け下ごしらえを済ませる。
そして、焼こうかとコンロを探すと、薪を使うコンロしかない様で、どうしようかと一瞬悩むも、食欲には抗えず、魔道具のコンロを取り出して、フライパンを上に載せ、火を点ける。
牛脂をフライパンに置いて、フライパンを回して、溶けた牛脂のあぶらを万遍無く行き渡らせ、油の焼ける良い匂いがしたところで、スライスしたニンニクを弱火で少し炒め、油にニンニク成分を溶かし込む。ニンニクがきつね色になる頃にニンニクスライスを別の小皿にと取り出して、焦げない様にする。
次に、塩胡椒した推定サーロインの肉(筋切りバッチリ)をステーキフォークでフライパンに載せると、「ジュワー」という、肉の焼ける良い音と匂いが厨房に充満して来る。5分くらいで音が変わった頃合いで、肉を裏返し、スプーンで、肉の回りの油を肉に欠け鉄焼いて行く。香付けにブランデーを少し掛けてフランベし、フライパンに蓋をして、火を止め少しだけ余熱で中に火を通す時間を置く。
皿を用意して、焼いた肉とニンニクスライスを、上に置き、フォークとナイフで、切り分けて行く・・・。
「うん、久々にステーキ焼いたけど、レアのミディアム寄りぐらいかな。 バッチリだな。」と言いながら全員に1本ずつフォークを配り、小皿に盛った塩、マスタード、醤油で、みんなで実食タイムである。
申し訳無いが、真っ先に食べさせてもらったよ。
「自画自賛じゃないけど、この肉最高じゃないですか! 口の中で、溶ける感じだし、肉本来の甘味も出てて、美味い・・・食べてみて!」
と促す前に、シェフも、ロベルトさんも、コナンさんもコルトガさんも食べて、唸ったり、黙り込んだり、美味しいと叫んだりと一騒ぎ。
確かに肉の味としては、ミノタウロスにやや落ちるのかも知れないが、ほぼ同格というか、誤差と言っても過言では無いと思う。
しかも、ミノタウロスの肉をGETするには、命懸けであり、そうそう気軽に手に入る物ではない。 そう、これは、魔物では無く、普通の家畜の牛なのだ。
「最高ですよ!」とロベルトさんに親指を立てて見せると、一瞬意味が判らなかったのかキョトンとしていたが、周りの反応もあって、絶賛の意味と理解したらしく、笑顔で喜んでいた。
こんな霜降りの素晴らしい肉を前に、ちょっと「味見」程度で止められる訳も無く、怒濤の勢いで、ドンドンお代わりのステーキを焼いていくと、騒ぎを聞き付けたウェルディさんや、アケミさん達、スタッフ達までなし崩し的に参加して、ステーキや、焼肉、煮込み代表として、切り落としで作った牛丼から、ミートスライサーで薄切りにしたシャブシャブにまで発展し、ミンサーを使ったハンバーグで締めたのだった。
「モー食えん」とお腹を擦りながら言うみんなの顔は笑顔で満ちていた。
ほぼ全員の腹がギブアップした事で、イベント強制終了になったのだ。
正に肉テロというに相応しい、ギュレット牛恐るべしである。
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