第306話 健二、人生のステージを一段上がる

「お~い、パパ帰ったぞぉ~!」


俺がデレデレになりながら、部屋に入ると、アケミさんが少し青い顔でフーフーと息をしながら、お腹を擦っている。


「ど、どうした? じ、陣痛か!? お腹が張るのか?」


俺は慌てて駆け寄る。


「あ、だ、大丈夫よ? あなた。 急に痛くなっちゃって…… これが陣痛って言うのかしら?」


「ああ、そうかも? よし、安心しろ! 良いか、ヒッヒフーの呼吸だ! ああ、安心しろ! アケミと子供は俺が何としても守る! 良いか、落ち着け!!」


「あ、あなたも、落ち着いてね? まだ大丈夫だからね? 30分ぐらい前に最初の痛みが来て、今さっきだから、まだ間隔があるから。」


「おお!? そ、そうなのか? よし、アリスちゃん呼ぼう! おーーーい、誰か~! アリスちゃん呼んでーー! 陣痛!!」

俺は、直ぐにドアを開けて、スタッフに命じたのであった。



「少し、今の内に何か口にしておいた方が良いかもな。」

俺は迷わず例の果物と泉の水、そして最近作って好評だったクロワッサンを皿にだしてあげた。


「ありがとう。 少し落ち着いたら食べるわね。 初産って長丁場になるって言うから。 でも私、あなたの妻で幸せよ? 凄く安心だわ。 だから落ち着いてね?」


何か、俺、テンパってるのか? 逆に宥められる感じで、立つ瀬無しだよ。


そ、そうだな。 落ち着かないとな。 落ち着け! 落ち着けー!



15分ぐらいでアリスちゃんこと、産婆のアリス婆さんややって来た。


「ヒョッヒョッヒョ、やっとワシの出番ってか? 陣痛の間隔は?」


「今は30分ぐらい。 さっき2回目が来たところです。 宜しく頼みますね!」


「そーか、相変わらず、気が早いのぉ~。 まだまだじゃな? うん、任せい!」


そして、何か俺は部屋から廊下へと閉め出され、代わりにジョニスさんと他のメイドが続々と部屋へと入って行き、テキパキとお産の準備を始めるのであった。



 ◇◇◇◇



あれから、どれ位時間が経ったのだろうか? 1分なのか、1時間なのか、全く判らない。

時々苦しそうなアケミさんの声が漏れ聞こえている様だ。 頑張れ! アケミさん! 頑張れ俺の子!!

俺は為す術無く、ただ呆然と立ち竦んで居るだけの木偶の坊であった。


俺は知らず知らずの内に、堅く拳を握っていたらしく、気が付くと、軽く手が痺れていた。

大丈夫だよな? アケミ! 頑張れ!


一際アケミさんの苦しげな声が大きくなった――


「オンギャーー!!」



「「「「「おーーー!」」」」」



「う、生まれたのか!?」

緊張と喉の渇きで上手く声がで無い。



その時、バタンとドアが開き、メイドの1人が、「おめでとうございます! 元気な女の子がお生まれです!」と声を掛けてくれたのだった。


「あ、アケミは?」


「奥様も大丈夫です! お二人ともご無事です!!」


「よ、良かった~~」


俺は思わずヘナヘナと廊下に座り込んでしまう。



「おっと、イカン! まだそんな時じゃない! 中に入っても良いか?」


「少々お待ちを!」


メイドが一旦中に戻り、10分程中でバタバタする音と元気な可愛い鳴き声がきこえて居る。


そして――


開かれたドアから中に入り、そこには、草臥れ果ててはいるが、嬉し気な顔で真っ白な布にくるまれた赤ちゃんを抱くアケミさんの姿があった。

後で聞くと、初産という事で、かなり時間が掛かったらしく、アケミさんは5時間程、激痛に耐えていたらしい。



「アケミーー!! 無事か? 大丈夫か? ありがとう! 痛く無いか? 大丈夫か? ああ、こ、この子が俺とアケミの子! ああ、何て小さくて可愛いんだ!

ちゃんと指は揃ってるかな? こんにちは、赤ちゃ~♪ 俺がパパだぞーー!」


「あなた、アケミ、頑張りました! ちゃんと手足の指は5本ずつ揃ってましたよ。」


「ああ~可愛いなぁ。 アケミ、ありがとう! 本当にありがとう!!」


俺は分娩台で横になっているアケミさんと赤ちゃんを両手で覆う様に軽く抱きしめ、それぞれの頬にキスをするのであった。

勿論! その前に全身に3回クリーンを掛けたさ。


あと、産後の色々な処置とかの状況を聞いて、念の為、アケミさんに『ヒール』を掛けておいた。

やはり、初産という事で、加減が難しく、若干裂けちゃったらしい。

ヒールが効いた様で、かなりアケミさんの顔色が良くなったのでホッとする健二であった。



「あなた、あなたの娘ですよ。 抱いてあげてくださいね。」


「ああ! ああ!! 抱くぞ? 抱いて良いのか? 大丈夫だろうか?」


生まれたばかりの我が子は、それはそれはとても小さく、儚げで、触れると壊れてしまうんじゃないか? とちょっと手を伸ばしては鳴き声にビビり手を素早く引っ込めるを繰り返しつつ、やっと無事に抱く事が出来たのであった。


「ウキュー 可愛い! 可愛すぎるぞー! マイ・ラブリー・ドーター!!」


軽く叫びながら、身悶えする俺を見て、


「あらあら、流石のケンジ様もデレデレですねぇ~。 フフフ」

とジョニスさんが微笑んでいたのだった。




さて、時は遡って、健二達が立ち去った後の会議室での事である。

健二達が去って5分程、茫然自失になっていた特使御一行であったが、青い顔をしていた大臣が真っ先に復活し、徐々に健二の残した言葉を頭で繰り返す内に、段々と怒りと屈辱で真っ赤な顔色になって行く。

そして、プルプルと震えながら、両手の拳を ダンッ! とテーブルに打ち付けた。


「な、何をほざきやがる! ポッと出の若造が!! 巫山戯るな! 俺を誰だと思ってやがる! 何が国民だ! 国は王族や我々選ばれた血を持つ、貴族の物だろう? 虫けら共が生きようと死のうと知った事か!

クッソーー! 今に見てろ! どっちが上か判らせてやる!」


そのテーブルを殴った音で我に返った王子様は、慌てて大臣を諫めるのだが、大臣は止まらなかった。


「殿下! 何を弱腰な事を! あれだけの屈辱を受け、まだ頭を下げろと言うのですか? そんな風だからあんな若造に舐められるのですよ! 嘗てのクーデリア王国は武の国でした。

大陸の乱世を武で乗り越え、今のクーデリアがあるのです!! 良いでしょう、こんな国、潰してしまえば技術も物もこっちの物。 ガハハハハ!」

と狂った様にバカ笑いするのであった……。


ただ、このバカな大臣は知らなかった……シャドーズの優秀さも、この会議室に……いやこの第2のダミー城というか、この都市全体に張り巡らしている『セキュリティー・カメラ』網の防犯体制も。


まあ、そんな訳で、彼らの言動は全て丸っと、サスケさん率いる5人衆とシャドーズが把握していたのである。


まあ、ボヤキ程度なら、本気度の大小こそあれ、生きて居れば、ボヤく事ぐらいはあるが、ここまで明確な犯行予告があれば、話は別である。

自国でそれなりの立場と権力を持つ彼らが、謂わば敵地で、明確な意思と害意を露わにしたのなら、これはある意味『宣戦布告』とも言えるだろう。


残念な事に、大臣以外の主要メンバーがこの事態のヤバさに気付くのは、もっと深刻化して、戻るに戻れない状態になってからであった……。

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