第295話 新婚旅行前の一仕事

一夜明けた。


記念すべき、『2人』の一夜だ。


まあ、本当に情けないと云うか、申し訳無い事に、決定的な事は無かったのだが……。


だが、しかし、希望の光は見えて来た気がするのである。


今までピクリともしなかったのだが、昨夜はピクピクとしていた。 まあ、これ以上言葉にするのは自粛するが、アケミさんに優しくお腹を撫でられた時に……な。



結婚して、正式な夫婦となった今、誰に憚る事も無いと、2人は生まれたままの格好でピットリと引っ付いて寝ていたのだ。


これからきっと、何かが変わる気がする。




さて、今日は午前中から高速鉄道の試乗会である。


「おはようございます。 あなた……。」


「おはよう、アケミ……。 やっぱ照れるな。」


「ですね。 さあ、今日も良い一日にしましょう!」


朝の日差しを浴びるアケミさんの笑顔が眩しかった。




朝食を取ろうと食堂へ行くと、何やらすれ違うスタッフ達がニマニマしている。

どう言う事?


そこで、俺はハッと気付いた。 そ、そうか、こいつら、昨夜が初夜って思って居るのか!

なるほどな……。


まぁ、これに関しては、本当にアケミさんに申し訳無いのだが、待っててくれ! 希望の光は見えているのだから!

最悪、あの薬に頼る方法もあるし――


そう、あの詳細解析で手に入れたレシピに俺は手を出していた。 しかし、いよいよまでは……と封印しているのである。


お、俺だって、身も心もアケミさんと一つになりたいんだよ!


何やら生暖かい視線が交差する朝食タイムを終え、俺はアケミさん、ステファン君、コルトガさん、コナンさんを従え、ドリーム・シティに今回設置した真新しい駅へと到着した。


スタッフの先導で、試乗会に参加する来賓の方々が到着した。


「皆様、おはようございます。 昨日はありがとうございました。

さて、これが今回新開発した高速鉄道の車両になります。 どうぞこの洗練されたフォルムをご覧下さい!」

と言って両手を広げると、それを合図に車両庫から美しいのボディをした車両が現れた。


「「「「「「「「「「おおおーー!」」」」」」」」」」

「な、なんと!」

「これは、また凄い!」


この世界には存在しない空力を考えられた様なカモノハシの様なボディライン。


うん、まんま記憶の隅にあった新幹線の形を再現してみました。 多分スタイルだけで言えば、この世界だと500年ぐらいは先行しているだろうな。


俺は得意気に説明を始める。


「まず、速力を上げていくと、必ず問題になるのが空気の壁です。 手を振る時、こうやって手の平を縦にすると、空気を押しのける感覚がしますよね?

しかし、手の平を水平にすると、どうでしょうか? 空気の抵抗がなくなりますよね? これは水の中でやるとより顕著に判る事ですが、これが空気抵抗と言います。

スピードを上げていくと、この空気抵抗はバカに出来ない程、大きく影響するので。

そこで、この新開発の車両では、空気抵抗を低減する為のフォルムと、更に高速移動時に衝突するであろう、虫や小石、雨や氷等から車両を守る為のエアー・シールドを発生させながら走行します。

まあ、余計な説明より、乗って実感して頂いた方が早いですね。 どうぞお乗り下さい。」


興奮する来賓の方々を客車に乗せ、色々と案内して廻る事、20分……漸く全体を案内し終わり、いよいよ発車である。


ピーと言う笛の音がホームに鳴り響き、列車が音も無く、滑る様に動き始めた。


「ようこそ、未来の旅の世界へ!」



もうね、色々説明しようとしてたんだけど、誰もはしゃぎすぎて聞く気0ですよ。


設置済みのレールが切れる10km程手前で静かに止まり、今度は逆向きに走り、出発点のホームへと戻って来た。


兎に角、試乗した全員が大興奮で大絶賛し、降りるのを嫌がり、もう1回試乗をお強請りする人まで居る始末。

大のオッサンがキラキラした目で上目使いに見上げて来ても、キモイだけだからな?


そして、誰とは言わないが……クーデリア王の土下座せんばかりの勢いに推され、結局希望者だけと、もう1回走らせる事にしたのだった。


「「「「「「「わーーい」」」」」」」


と声を揃えて子供の様に喜ぶオッサン達。


「へ、陛下! やりましたな!」

お付きの大臣だか、重鎮だかが、ガッツポーズをしていた。


結局、2回目の試乗は、誰一人降りる事無く、全員そのまま乗っていた。 ハハハ。


『泣きの1回』を終えた後、早速誘致合戦が始まったが、後のややこしい事は、ステファン君とコナンさんに丸っとお任せして、俺達は城へと戻ったのであった。


だって、俺達新婚さんだもん。 これから新婚旅行行くんだよ!!

やっぱり、形ばかりでも新婚旅行って大切だと思うんだよね。


気は心って言うじゃん? 俺の場合、心理的な問題があるから、気分転換的な要素は重要だと思うのだよ。


城に戻ると、そろそろライゾウさんが帰ると言って居た。


「すみません、ライゾウさん、お呼びしておいて、バタバタしてて、なかなか時間が作れなくて。」

と頭を下げてお詫びした。


「なーに、しょうがねぇよ。 色々立場があるだろうからな。 お陰さんで、なかなか普通に生きてると体験出来ない様な事も体験出来たしな。

あー、後はアレだ。 嬢ちゃんの晴れ舞台も拝めたし、もう、これで思い残す事たぁ~ねぇかなって。」


ライゾウさんは嬉しそうに語ってくれた。


「ねぇ、ライゾウさん、ちょっと相談があるんですがね。 折角アケミさんの晴れ姿を見られたんだし、この際、アケミさんの子供も孫として接してやって欲しいんですよ。

あーっと、判り辛い言い方でした。 回りくどいの無しで言います。 ライゾウさん、店ごと、こっちに移住しませんか? 獲れたての新鮮な魚も、美味しいお米もあります。

お弟子さんとお店、両方こっちに持って来て、ここで寿司を握りながら、暮らしませんか? 奥さんと築いた大事なお店も、ソックリそのまま、全部こっちに移設出来ますよ。

もし良ければ、奥さんのお墓も、こっちに。」


「え!? ここにかい?」


「ええ、ここに。 ここにはライゾウさんの様な本物の寿司職人が居ないのですよ。 この国には、美味しい食材は沢山あるんですが、残念ながらライゾウさんの様な美味しいお寿司を握ってくれる職人が居ないのですよ。

何とか考えて頂けませんでしょうかね?」


「た、確かに、寿司のネタは最高だったな……。 海苔も最高だったしなぁ。 うむーー。 み、店は丸ごと持って来れるんかい?」


「ええ、勿論、店の中の埃までも全部持って来ますよ。 丸っと。 お墓も、その周囲の土ごと、丸っとこっちに移動します。

お弟子さんのお弟子さんの住む場所もちゃんと用意しますし。」


「そ、そうか。 少し考えさせてくれるか? 弟子達の事もあるから、一旦帰って、話してみるわ。」


ライゾウさんは、暫く考え込んで居たが、最後にそう言って来た。

これは、もしかして脈有りなのか!?


「ええ、良い返事を頂ける様に祈りつつ、いつまでもお待ちしてますよ。 決まったら、マーラックの別荘にご一報頂ければ、飛んで行きます!!」

と俺が言うと、


「ホントに一瞬だもんなぁ。ハハハ。」

と笑っていた。


俺とアケミさんは、ライゾウさんを常設型ゲートまで見送った後、待望の新婚旅行に出発したのであった。


さて、この新婚旅行だが、計画段階でかなりのすったもんだがあった。

原因は勿論、コルトガさんとサスケさん。

今回はケンジ達が、何処に行くかも判らないので、着いて来ると言い張ったのだ。


新婚旅行に同伴者とか、どんな罰ゲームだよ! そんな落ち着かない新婚旅行はゴメンだ!

よく、マザコンの男性の母親なんかが新婚旅行に着いて来ると言う、冗談の様な話は前世で聞いた事があったが、厳ついオッサン2人が着いて来るとか、確実に離婚案件だよな。


「いやいや、新婚旅行だよ? 新婚旅行に着いて来るとか、ちょっと意味判らないからね?

せっかくだから、2人っきりで旅をさせてよ! じゃないと俺、グレるよ?」

と何とか宥めすかして、最終的に、逐一連絡を入れるという事で何とか納得して貰ったのであった。

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