第241話 色々作ろう!

さて、早々に当面ヤル事が無くなってしまったのだが、編み機の作成を先に始める事にした。


昔、昭和の時代の話だが、お袋が編み機に凝った時期があって、当時横にスライドするだけで編み上がって行くその魔法の様な仕組みが不思議で不思議で堪らなくて、ついつい軽く分解してしまって普段滅多に怒らないお袋から大目玉を食った事があった。

小学生の頃の話である。 今では懐かしいほろ苦い思い出ではあるが、あの時の構造を思い出しつつ頭の中や紙に構造を描き出して行く事から始めた。

人生は不思議な物で、何が、そしてどんな体験が、先々の役にたつか判らない物である。


あの時、お袋に怒られた苦い経験を無駄死にさせない為にも、これは一つ成功させねばならない事案である。


そして頭を捻る事3時間ぐらいで大体の構造を紙に描き出す事に成功した。


次はいよいよ手動版の試作である。

錬金を駆使して細かいパーツやレールを作ったり、毛糸を通す機構を作ったりして行く。

ここら辺のパーツは量産するとなると、鋳造とかになるのかな? 果たして鋳造だけでここまで細かいパーツが作れるんだろうか? 等と考えながら黙々と作業を進めて行く。

当然だが、1日では試作のパーツ作りが終わる訳もなく、引き続き2日間細かいパーツ類を無数に作り上げた。


そうして、4日目から漸く試作機の組み上げに取り掛かるのであるが、組み上げる段階で色々な不備や想定違い、寸法のバラツキが発覚してしまい、手直しや変更を入れ漸く組み上がったのは日付が変わった頃であった。


結構技術革新を起こしたり、当時のこの世界の人が驚く様な発想を世に広めた過去の勇者達であるが、こう言う細かい産業革命的な事には興味が無かった様で、紡績や糸を紡ぐ機械等もミシンもまだこの世界には存在しなかった。

そう言う方面に対して興味が無かったのか、知識が無かったのか、それとも善意に解釈するるなら、それで生計を立てている人達への救済だったのかは不明だけど、最悪他国へと出す際の値段調整を行えば済む話だと思って居る。


「フフフ、まあそんな心配は完成してからの話だけどな。」と一人夜中の錬金工房で笑うのだった。


結局良い時間なので、実際のテストは明日の朝毛糸を受け取ってから始める事にして、部屋に戻って眠りにつくのであった。




翌朝、朝食を食べ終わると、直ぐに毛糸を貰い、動作実験を始めた。

実際に毛糸を使ってみて判ったのだが、使う毛糸の太さによってかなり動きのスムーズさが変わる事が判明し、色々と改良を重ねた。

更に、毛糸用の試作機も作り、厚手の布地の2倍くらいの厚みの生地を編んでみて、通常の太さの毛糸と極細の毛糸の両方の耐寒性能等や重さ等をチェックしたりした結果だが、後で追加した薄手が非常に素晴らしい事が判明したのだった。

通常で考えると太い毛糸の方が温かい様な気がしたのだが、実際は耐寒性能に差が無く、保温力が抜群で、しかも極細の方が編み目が細かいのでインナーとして着た場合でも嵩張らないし、動きを阻害しないのである。

重さは極細の方が軽いので、この極細で量産する事にし決定し、手動式だった編み機を魔導式に変更した。


流石にチャックの様な構造を再現する事は出来ないのは残念ではあるが、フリースっぽいデザインの薄手の物をデザインして色々なサイズを作成する事にしたのだった。

そうそう、小さい頃にお袋の編んだハイネックの物なんかは首がチクチクしてあまり好きではなかったのだが、驚く事にアンゴラ・シープの毛糸ではそのチクチク感が全くなかったのである。

しかし流石はアンゴラ・シープである。

チクチクするどころか、肌触りが凄く滑らかで何時まででも触っていたい様な滑らかさであった。


「これさ、市場に流す際の値段設定はよくよく考えないと拙いね。 従来の羊毛とかの物の10倍くらいで売らないと拙いかもだね。」


「確かに一度この肌触りを味わってしまうと、通常の毛糸には戻れないですね。」

とスタッフ全員がウットリしながら生地を撫でていたのであった。



編み機とフリース擬きの生産までの3週間で、図書館の本棚には徐々に本が集まって来た。

勇者が書いたと思われる元の世界の童話的な物は調べた範囲では存在せず、写本が基本となるこの世界の印刷事情もあって、絵本は驚く程に高価であった。

昔、文字を覚える為にガバスさんに絵本を借りた事があったが、あれが実際にはとても高価な品だった事に、今更ながら驚いた。

ありがとうね、ガバスさん!


という事で、まずは子供向けの童話の絵本を作る事にした絵心の無い俺は、誰かに挿絵を描いて貰おうと探したのだが、スタッフ内にメルヘンチックな絵を描ける者など居らず、住民達から公募する事にした。


題材は、みんなが知って居る、ピョン吉、ジジ、コロ等の従魔達にしてメルヘンチックな絵を応募して貰う感じである。

しかし当初の予定では、集まっても50人ぐらいから選考するぐらいに考えていたのだが、ここの住民達のお祭り大好き気質をすっかり忘れてしまっていた。

街ではこれが一大イベント風になって盛り上がってしまい、みんなが俺も私もと応募して来て大変な事になってしまった。


結果、予定した期限の1週間で、応募人数は2000人を軽く超えてしまい、絵の山がドンドンと俺の部屋に積み上げられて行ったのだった。




「ねぇ、何で? 何で絵心も無いのに参加しちゃうかなぁ?

これなんか、見てよ! 俺、俺の従魔のメルヘンチックな絵って題材をだしたのに、これ何? ピカソ風なの? 何処が何だか判らないし。

これも酷いよね。 メルヘンチックって言った筈なのに、なんでメンヘラチックになっているの? 怖いんだけど?」

こっちは何かムキムキの劇画風だし、この2000枚、誰がチェックするの?」

と更に追加分を持って来たスタッフに泣き付いてみたのだが、「それは勿論、ケンジ様です。」とニコリと笑って返し、颯爽と部屋から去って行ってしまったのだった。


そして、俺は仕方なく、2日掛かりで一人黙々と絵の選別を行った。

2日後には心が折れるというか、半分病みかけてしまうのであった。


「かなりの破壊力だったな。 しかも1人1枚で人数分の枚数かと思ったら、何で失敗作だか訳分からないのまで提出するかなぁ? 嫌がらせかよ?

酷い奴とか10枚くらい提出して来てるし。」


3日目の朝、やっと全部に目を通し終わってステファン君に愚痴を漏らしたのだが、

「ハハハ、ケンジ様、そんなのここでは日常茶飯事ですよ?

今回も、みんなお祭りに参加する気分で、誰が何枚描くか競争の様にしてましたからね。」

と渇いた笑いを漏らしながら俺の肩をトントンと叩いていた。 そ、そうか、ステファン君も苦労してたんだね。



まあ、病んだ様な絵とかで精神をゴリゴリと削られてしまったが、収穫としては、5人程絵心がある人物が居た事である。

今回の俺の要望に近いメルヘンチックな絵に仕上げてくれたのが2人、普通に上手な人物が2人、超リアルな絵が描ける人物が1人。


中でも感心したのはこの超リアルな絵が描ける人物である。 今回のメルヘンチックな物にはマッチしないけど、これはもう1つの才能だよね。


何だろう?そうだな、図鑑とか教科書に使えそうな感じ絵だね。 もう写真かよ!?と突っ込みたくなるぐらいに緻密で凄い絵であった。


「じゃあ、この5名を呼んで入選の表彰と賞金を渡そう!」

と俺がお願いしたら、

「ケンジ様、折角だし、表彰の舞台を用意しましょう。」

と言われ、更に用意に3日程待たされたのであった。




「では、これより第一回、絵コンテストの最終合格者を発表します!」


ステファン君が住民全員が集まれる巨大ホールのステージで高らかに宣言すると、沸きに沸く会場。


ん? ちょっと待て! 第一回?? 第二回目は無い筈なのだが? え? 何? まさか恒例行事に組入れる感じなの?

うーん、いやそんなに絵心ばかりは要らないのだけどな?


まあ、良いか。 文化面の発展の為になるかな?



そして、次々と当選者の名前を発表し、壇上に5名の当選者が上がって来る。


ある者は照れ、ある者は感激に咽び泣き、ある者ははしゃいでいる。


俺が壇上で、コチコチに固まりつつ表彰状を読み上げ、商品のトロフィーと、賞金(小金貨5枚)を渡すと更に歓声が沸き起こっていたのだった。


そして表彰が終わると、何時もの様に住民全員の大宴会に突入していた。


俺はソッと控え室に逃げて当選者5名を集め、今後の挿絵等で協力をお願いするのであった。

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