第142話 うっかりさん

さて、人数が増えた事で、通常の馬車のペースに速度を合わせて走る為、笑っちゃう程にペースが遅く、結局夕暮れまでにはゴライオスまで辿り着く事が出来なかった。


まあ、しょうがないので、途中で野営する事になったのだが、他の救助者達は休憩の度に何度もお礼を言って来る程にまともなのだが、クッコロだけは横柄な態度が取れない。

して貰って当たり前、私は伯爵令嬢と特別待遇を事あるごとに言って来る。


そんなクッコロを無視して取りあえず、土魔法で大部屋の小屋を2つ作り、小さい小屋を男性用、大きい方を女性用にした。

更に監禁生活が長かっただろうと、疲れを癒やす様に風呂を2つ男女別に用意してやったのだが、小屋も風呂もクッコロ専用を作れと命令して来た。


「あー、本当に面倒で迷惑な人ですね。

クッコロさん、あなたは自分の置かれている立場を理解してますか?

あなたは、私のお情けでここに居るんですよ?

ちゃんと理解されている他の方々は助けたいと思いますが、あなたの様な態度の方は、助ける気すら起きませんよ?

そんなに偉い方なら、ご自分の力で生きて下さいよ。」

と言い放つと、


「クッ! だ、誰がクッコロさんだ! 私にはアーデリル・フォン・ゴライオスという名があるのだ!」

と絶叫していた。


もう、面倒だし、騒ぐと魔物が寄って来そうなので、シールドを張ってキャンプエリアから閉め出してやった。

そう、さっきから周囲にゴブリンとそして少し離れた所にはフォレスト・ウルフの反応があるんだよね。

こいつが騒ぐせいで。


「ああ、せめてもの情けです。これを渡して置きましょう。」

とシールドに穴を空けて、盗賊の小汚い長剣を1本シールドの外に落としてやった。


それから5分もしない内に日が沈み、こちら側では、風呂に入る男女16名。


俺はアケミさんと夕食の準備を始めたのだが、


「ねぇ、ケンジさん、あれ、あのままで良いんですか? 一応嘘でも伯爵家の次女ですけど?」

と苦笑いしながら聞いて来た。


「はぁ……そうなんだよね。あんなのでも伯爵令嬢なんだよね。本当に何か貴族制度とか世襲制って変だよね。」


前世の世界を知る俺としては、愚王や横暴な貴族という存在で国民や領民が不幸になるのが、納得いかなかった。

愚王でなくとも、それを容認する王が理解出来ない。

まあ一国を運営する事が素人考えでも大変な事は理解出来るんだけどね。


<主ー、匂いとあの女の騒ぐ声に釣られてフォレスト・ウルフとゴブリンが寄って来てるよー>

とコロが俺に心配そうに声を掛けて来た。


「ハハハ、コロは優しい子だな。」

と頭を撫でてやると、ピョン吉も寄って来て、頭を差し出して来た。


フフフと笑いながら2匹を撫でていると、羨ましそうにアケミさんも何故か頭をこちらに向けて来た。


えー、そっちで対抗する感じ? と苦笑いしつつ、アケミさんの頭も撫でてやると、


胸のポッケからサリスも抗議の声を上げていた。

しょうがないので、サリスの頭も人差し指の腹で軽く撫でてやった。


撫でられた全員が、ニヘヘって感じで笑っていた。




さて一方、締め出しを食ったクッコロさんだが、遮音されてるとも知らずに、シールドの前で、シールドをドンドンと拳で叩きながら、ギャーギャーと騒いで居た。

しかし、こいつ、『クッ殺せ!』とか言ってた割には、死に際が汚いな。潔く戦って自分で道を開けよ!


このクッコロさんこと女騎士は格好ばかりで、全く気配察知も魔法どころか、身体強化さえも出来ず、剣術もLv1程度で、日々鍛錬もしてないんじゃないか?

本当に形だけの女騎士様であった。

親や周囲が諫めるも全然反省しないという困りもので、かなりの従者がストレスで退職したり、長続きしない。

庶民の間では、『ゴライオス領のお荷物』と影で言われている。

彼女のしでかし歴は長く、これまで何度もやっと纏まった(収まった)話を蒸し返し、合意に至った内容にチャチャを入れ、引っかき回した経歴の持ち主で、その影響で長女で姉のエンシエッタ嬢は纏まっていた縁談が壊れ、泣く泣く格下の家へと嫁ぐ事になったり、隣の領主と揉めたりと、数限りない。

当然そのとばっちりは、領民へも跳ね返り、早く何処か関係無い所に嫁ぐなりして欲しいというのが一般的な声である。




今回盗賊に捕まった件も、実力も無い癖に、侍女を連れ、先走って見事に捕まり、その侍女達が今回ベッドに縛り付けられていた3人の犠牲者達であったのだ。

これでどうして盗賊をやっつけられると思ったのか、3日間程問い詰めたい気分だ。

普通に『戦闘向きでは無い』と自覚しているアケミさんよりもレベルもステータス値も格段に低い。

いや、アケミさんはレベリングと森での自主訓練で、それなりに討伐する能力を身につけているから、クッコロが10人掛かりで掛かったとしても、アケミさん1人で完封出来るだろう。



ある程度は詳細解析Ver.2.01大先生の結果を見て知っていたのだが、3人の侍女達に聞いた時には、思わず怒りを収められずに、もの凄い殺気がダダ漏れしていたらしい。

アケミさんに頭を抱きしめられて、やっと我に返った程だった。


そして、この侍女達3人だが、もう屋敷には戻りたく無いと心底振り絞る様な声で呟いていた。


「そうか、大変だったな。心機一転で新しい所で暮らすなら、力になるぞ!」

というと、3人は号泣しながら、喜んでいた。

つまり、それ程ヤバい奴って事だ。


ちなみに、10歳の少女は可哀想に、まだ死んだ様に眠ったままである。

綺麗な衣服に着替えさせてやって、スタミナ・ポーションと泉の水等を少しずつ飲ませてやったので、かなり顔色も良くなった。

この10歳……実際には9歳なのだが、孤児のメリンダちゃんという名前で、彼女もこのクッコロさんに巻き込まれ、盗賊に捕まった1人である。

何をどう言う風に考えたのか知らないが、仕事を欲して色々フラフラしていたこの子を、わざわざ世話係の1人としてゴライオスの街から連れて出たらしい。

侍女達は散々止めたらしいのだが、クッコロの暴走を止められなかったらしい。

侍女曰く、「心優しい女騎士は、可哀想な孤児の面倒を見る物だぞ?」とか言ってたらしい。




これ程助けなければ良かったと後悔する奴はなかなか居ないだろうな。


挙げ句の果てに周りの女性が全員被害に遭った訳である。

自分だけはセーフっておかしいよねぇ。

そんなに騎士ゴッコがしたいなら、精々頑張ってキャンプの周りに寄って来る魔物でも蹴散らして貰いたい物だよな。


まあゴブリンが先に寄ってきてるけど、騎士ゴッコを所望するぐらいなんだから、ゴブリンぐらいはやれるだろ?


一応、鬱陶しいので遮音に視覚遮断も追加し、シールドを不可視にしておいた。



さて、侍女達だが、このままゴライオスの街に戻ると、自動的に伯爵家へ連行され、クッコロの行方に関しての責任を問われる事になるだろうと言っていた。


うーん、それはいかんな。


救助した他の男女達だが、商団の下働きをしていた男性が4名、盗賊に両親を殺され孤児となった少年が1人、女性陣は同様に商団に着いて来ていた下働きの女性(奴隷3名を含む)であった。

夕食を食べさせながら、16人全員と今後の話をしたところ、面白いと言ったら不謹慎だが、ここに居る16名(意識が戻ってない少女を除く)は全員が全員、ゴライオスの街に未練が無いと言う。

なので、全員を拠点へと送り込む事にした。

まずは、主人が殺されてしまい、隷属相手が空白となっている奴隷の女性3名を『リリース』して奴隷では無い状態にした。


更に少女を含め17名には色々と説明をした上で、ゲートを使って拠点に繋ぎ、一旦俺やアケミさんも一緒に拠点の城へと戻った。


「あれ? ケンジ様? おやおや、沢山お連れになりましたね。ハハハ。」

と俺を発見したステファン君が笑顔で出迎えてくれた。


俺は彼らの事を手早く説明し、面倒を見てやって欲しいとお願いしておいた。


「判りました。では、城の方で仕事をさせる感じで調節しますね。」


「うん、お手数を掛けて悪いけど、色々と大変な目に遭ったみたいだから、数日はユックリ休ませて、美味しい物を食べさせてやってね。」


「はい、お任せを!」



俺とアケミさんがゲートで戻ろうとすると、例の侍女3人組がちょっと不安そうというか、寂しそうな顔をしていたが、「大丈夫、ここは安全だからね。」と言って戻ったのだった。


「フフフ、ケンジさんって、本当に優しいですよね。」


「ハハハ、そうかな? 俺だって怒る事はあるんだけど。 気も小さいしね。」

というと、「ああ、あれは怒って当然ですよ。」とアケミさんが鼻息を荒くしていた。



さて件のクッコロさんだが、俺が『うっかり』忘れて席を外していた15分の間に、シールドの外で大変な事態になってしまったご様子である。

まず最初はゴブリン達に斬り掛かったらしく、1匹だけゴブリンの死体が転がっていたが、剣が地面に落ちていて、破れた服が一部あったが、残ったゴブリン達にエッホエッホとお持ち帰りされたみたいだ。


「まあ嫌な事は忘れよう。 どうせ全部が全部救える訳ではないからね。」

と俺が言うと、


「そうですね。しょうがないですね。」

と冷ややかにアケミさんも呟いていたのだった。


という事で、特に不要となった小屋や風呂を元に戻し、ユッタリと馬車の中で寛ぐ事にした。


何か中途半端になった夕食だったけど、気分転換を兼ねて、ライゾウさんのお寿司を食べて、熱い玉露を飲んで2人で微笑むのでった。

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