第二話:魔導教授は転生する

 俺の理論は正しく、即興で作った魔術も完璧だったようで転生に成功した。

 そして、健やかに育ち五歳になっている。

 ……ただ、困ったことがあるとすれば。

(転生先が異世界とはな。おかげで姉さんに会いに行けない)

 眼前に広がる光景は近世手前のヨーロッパのよう。

 そして、魔法や魔力が俺の世界よりもずっと広まり日常生活に浸透している。

 とはいえ、誰もが魔力を持っているわけではなさそうだ。

 感覚的に言えば、二十人に一人ぐらい。多くはないが少ないとも言えない。

 そして、今は貴族の馬車、その前に並んでいた。

 列を作っているのは俺を含めて貧しい身なりの者たち。

 貴族の馬車に乗っているのは人買いで魔力を持っている子供だけを買っていく。

 子供を買っている連中は犯罪者ではない、国営施設の者たちだ。

 魔力持ちというのは便利な存在として見られている。

 常人に比べて圧倒的に強く、こうして金で買った子供なら、洗脳して忠誠心を抱かせながら訓練を行えば、強力かつ便利な道具にできる。

 魔力持ちを産んだ親は金が入って幸せ、国は使い勝手のいい駒が手に入って幸せ、売られる子供以外はみんな幸せになる。

(そんなことがまかり通るぐらいには人の命が安い世界だ)

 俺の順番が近づいてくる。

 馬車の中では子供の魔力量を測定しており、すすり泣きや怒声、歓喜の声が響いてくる。

 すすり泣きや怒声が子供との別れを悲しんで……というのなら救いはあるのだが、そうではない。チェックした結果、魔力持ちじゃないとわかり買ってもらえない、あるいは魔力量が少なくて安い値段がついたことに対して親がそうしている場合がほとんど。

(ここは地獄だ)

 この区画はスラム。掃き溜めだ。

 そして、俺もここを根城にしている。

 少々、面倒な境遇に転生したせいでもあり、表と違って、力さえあればなんでもできるところが気に入ったからでもある。

 いよいよ、俺の番がやって来た。

「親はどうした、坊主」

「俺は孤児だ。俺が俺を売りにきた」

 兵士たちが戸惑う。

 自分を買えという孤児が現れるのは想定していなかったようだ。

 俺はこの世界に起きた最後の戦争で、どこかの兵士が娼婦に産ませた子供。

 そして、母は俺を産んでまもなく死んだ。

 その後は、娼婦仲間が育ててくれて、三歳からは一人で生きてきた。

 俺を育ててくれた人たちには感謝しているし、恩返しもしている。

 兵士たちは、俺を見てひそひそと話し始めた。

 どうやら、俺のことを知っているらしい。

「待てよ……まさか、その黒髪、その整った顔、その目つき。おまえは黒い魔狼か」

「そうだ」

 三歳からの二年間、いろいろと武勇伝を残している。

 舐めてくる相手を力でねじ伏せて生きてきたし、生きるためにいろいろと無茶もしてきた。汚い仕事を行う五歳児はよほど異端なようで、このあたりでは有名人になっている。

 ……そして、前世と同じく痛々しい二つ名をつけられた。

「黒い魔狼さんがなんでわざわざ?」

 兵士たちの纏う空気が変わる。

 俺を幼児として見るのをやめ、対等な相手として見るようになったからだ。

「買われた子供たちは教育を受けられると聞いた。成績が良ければ貴族の養子になれるとも。俺は、この生活から抜け出したい」

 これは本音ではあるが、本当の目的はその先にある。

 元の世界へと行く。

 今ある知識と設備だけでは世界を渡る魔術構築は不可能。

 こちらの世界の知識、技を磨く環境。なにより高度な魔術を使うために必要な触媒と設備を揃えるためには人脈と金がいる。

「おもしれえな、ちんちくりんのくせに、目も口も頭もぜんぶ大人だ。いいぜ、買ってやる。ほら、魔力があるかのチェックだ。この水晶に魔力を込めろ」

 今の体は極めてスペックが高い。

 頭脳明晰、容姿も優れ、運動神経も申し分ない。

 娼婦たちは俺を見て、貴族の種から生まれた子だと噂していたぐらいだ。

 三歳から、前世の知識を駆使し、優秀な肉体を作るために最適な栄養素を摂取しつつ、最適な訓練を行い、さらには魔術で肉体改造をすることで、理想的な成長を続けてきた。

 ……しかし、魔力だけは低い。

 魔力は魂から溢れるもの。

 だからこそ、前世と変わらず中の下、凡人だ。

 このまま測定すれば、それなりな評価しか受けず、その評価なりの場所に押し込められ、ろくな教育を受けられないだろうし、貴族と縁ができることもない。

(高く買われ、良い教育を受けるにはズルが必要だ)

 少ない魔力を補う手を、俺は何百と持っている。

 魔力が少ないのは前世からのコンプレックスであり、魔導教授と呼ばれるほどの知識と技はコンプレックスを乗り越えるために手に入れたもの。

 魔力を高める。普通ならこれをそのまま水晶に叩きつける。

 しかしだ、俺はその魔力を循環させることで体表に留め、さらに魔力を生み出す。

 先の魔力と今の魔力を束ね、さらに魔力を生み出し、それすらも束ねる。

 魔力の超圧縮という技術だ。

 その超圧縮した魔力を一気に解き放つ。

「すっ、すげえ、こんな魔力量、見たことねえよ。間違いねえ、こいつは特級だぜ」

 ……俺は薄く笑って頷く。

 一度に放出できる魔力が少ないなら、留めて、束ねて、爆発させればいい。

 そして、俺はそれを目の前でやっても気付かれないほどうまく隠せる。

 事実、目の前の男はなんの疑いもなく、膨大な魔力を持つ子供と認識した。

 これで望みどおり、高く買われ、いい施設に入ることができる。

 そんなことを考えていると拍手の音が聞こえたので、そちらを向く。

 馬車の奥から、身なりがよく、モノクルをかけた男が現れた。

「へえぇ、君、面白い。面白いよ。すごい、すごいね、なんてすごい、

 あまりの驚きにポーカーフェイスが崩れかけた。

 今、この男は魔力量ではなく、魔力制御と言ったのだ。

 俺の手品を見抜いている。

「ああもう、怖い顔しないでよ。僕はね、君を気に入ったの。この子の配属先、僕の施設にしてよ。してよというか、けってー。上には僕から言っとくから」

「レオニール伯爵、ですが、あそこはっ」

「君、この子はもったいないって言う気でしょ。それは違うよ、あの実験は、すばらしい才能を使わないと意味がないの! 僕の研究が完成すれば、究極の魔術士が完成する。いくら僕の研究がすごくても、材料がしょぼかったら、どうにもならないんだよね」

 レオニール伯爵という男は、身振りも声もまるで子供のように見えた。

「ですが、今まで何人もの素晴らしい才能が無駄になっているのですよ。やはり、彼はファルスラナ侯爵のもとへ預けるのが最適かと」

「無駄とは僕にも彼らにも失礼だね。研究はトライアル&エラーだよ。失敗して、学んで次に活かす。僕は一度たりとも無駄な実験はしてないよ。……ということで彼は僕がもらうことに決定したから。君、僕に意見できるほど偉くないでしょ。わきまえて。あとね、ここ、もうほかの掘り出し物なさそうだし、ここからは勝手にやっといて」

 そうして、レオニール伯爵と呼ばれた男はまた馬車の奥に引っ込んでいく。

 その前に、もう一度俺の顔を見た。

「んん? その髪、濡れた黒。それに、その目、どっかで見たような。まぁ、いっか。おやすみ、おやすみ」

 今度こそ、レオニール伯爵は消えていった。

 俺の測定をやった男は立ち尽くし、それから肩を落とした。

「すまねえ、なんとかしてやりたかったが、無理だったようだ。がんばれよ、坊主」

 男の俺を見る目に同情心があるのは気のせいじゃない。

 魔術にかかわるものには、踏み外してしまうものが多い。

 レオニール伯爵の目は、踏み外してしまったもののそれだ。

 そこへ行けば俺は実験材料にされるだろう。

「面白い」

 前の世界では、人体実験など許されなかった。

 近代魔術はさまざまな科学の助けがあり、効率的に研究できるにもかかわらず、古代魔術に劣る点が多い。

 それは人権や倫理、そういう足枷があったからだ。

 ただ魔術の発展だけを考えるなら、人間、それも魔力を持った者を実験に使うのがもっとも効率的なのは間違いない。

 タブーを犯してまで得た研究成果を自分のものにしてしまいたい。

「面白い、っておまえ! わかってないだろう。あそこは。いっ、いや、なんでもない」

 そこまで言って、男は口を閉ざす。

 口止めされているのだろう。

「俺は買われたんだ。どう使われても文句は言わない。それより、俺の代金をくれ」

「普通は親に渡すんだが、そんなもん、どうするんだ?」

「金は使えるさ。どこででもな」

「わかったよ、ほら」

 そう、どこででも。

 この世界でも金はある意味最強の武器。

 渡された金貨入りの革袋はずっしり重い。

 特級の魔力持ちの値段はなかなかのようだ。これだけあれば、いろいろとやりようはある。この金は剣にでも盾にでもなってくれるだろう。

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