第21話 決着2
味方の人員にかなり余裕が出てきたところで、俺は次の指示を出すことに決めた。
玄治と由依、たった2人であの怪物の攻撃を今も持ちこたえ続け、もう限界も近いはず。いや、もしかしたら既に限界を超えているかもしれない。
急ぎ人員を集め、作戦を伝えていく。
作戦内容は特に何の捻りもない、ただの数によって押し切るだけのもの。
あの巨人の周囲を近接武器や盾を持った人間で固めつつ、防御主体の立ち回りをしてもらい、その外側から魔術と矢による支援攻撃にて少しずつ弱らせる。
「あの巨人さえ倒せば俺たちの勝利は確実。でもこれ以上の犠牲はいらない。倒れていった仲間たちの分も、俺たちは絶対に生きて帰るんだ」
この場にいる全員を見回しながら、俺は言葉を紡ぐ。
張り詰めたような空気感を纏った味方たち、前衛十数人、後衛約20人を、俺が先頭となって率いて戦うことへの覚悟を、その言葉と共に確固たるものとする。
「行くぞ!」
「「おおおぉぉぉ!!」」
気合いを込めた号令と共に駆け出す俺の後ろを、仲間たちが雄叫びを上げながら続く。
玄治と巨人の激しい戦闘が行われている場所にある程度近づいたところで、俺たちの接近に気付いた巨人が、警戒するように身を引いた。
「玄治!」
今回の戦いの一番の功労者の名前を呼びながら駆け寄ると、玄治は巨人の方へ身体を向けたまま、自身の身体をだらりと弛緩させた。
槍を持っていた右手の指から力が抜け、槍が地面に転がる。
直後、へたり込むようにして地面に座る玄治。彼の両腕はだらりと力なく垂れ、地面に着いてしまっていた。
「大丈夫か?」
「待ちくたびれたぞ…マジで…」
玄治は疲れ果てた様子でへらりとした笑顔を、俺の方へ振り向いて見せてくれる。そんな様子に少し安心しつつも、至る所が欠けたりひび割れたりしている彼の槍や土に塗れた鎧、切り傷だらけの身体から戦いの壮絶さが伺え、急ぎ治療を受けさせるべきだと感じた。
「玄治、大丈夫なのか?」
拓海や、他の仲間たちも続々と近寄ってくる。衛士たちはそんな俺たちの前に立ち、巨人を牽制するように睨みつけながら武器を構えた。
「咲、千尋、玄治を支援部隊のとこまで連れて行って治療してやって」
本来の持ち場を離れている彼女らだが、俺たち前衛組は今ここを離れるわけにはいかない。ちょうど良かった。
「まかせて」 「うん、わかった」
2人は快く了解して玄治の方へ近づいていき、しゃがみ込んで玄治の腕を取って自身の肩に掛けようとする。
「…!もうちっと優しく…」
「ご、ごめん」
そんなやり取りをしながら、肩を貸してくれる2人に挟まれてゆっくりと歩いていく玄治。
身長差のせいか、少し引き摺らているようにも見え、それが少しおかしかった。
ふと彼の背中、土だらけではあるものの、特に目立った傷のないそれは、玄治があの巨人に一切引くことなく勇敢に戦い続けた証のように思えた。
フッと1つ息を吐き、巨人の方に向き直す。
さぁ、決戦の時だ。
「巨人の攻撃は絶対に1人で受けるな!最低3人で。揃えられないなら必ず躱せ!」
巨剣を縦横無尽に振り回す巨人。その周りを防御姿勢で取り囲み、時折牽制としての攻撃を加える味方前衛たち。
「後衛、攻撃を途切れさせるな!常に巨人の目をくらまし続けろ!」
巨人の胸部から上の部分に、何度も襲い掛かる炎や氷、土の塊。そのうちいくつかは巨人の顔面にぶつかり、飛散して巨人の視界を遮断する。
1発1発は精度重視のほとんどダメージにはならないもの。しかし確実にダメージは蓄積されていた。巨人の身体には無数の軽度の火傷や打撲によって至る所が赤く腫れている。
巨人の耳を劈くほどの咆哮。その気迫はとどまるところを知らず、むしろ傷を負う毎に増しているんではないかと思わせるほどだ。
身体を沈み込ませ、跳躍する巨人。前衛たちの頭上スレスレを一瞬で飛び越え、後衛部隊へ肉薄する。
そんな巨人の身体をたちまちいくつもの魔術が襲った。
前衛部隊に囲まれていた時に行使されていた魔術よりも威力の増したそれらは、空中にいた巨人を打ち落とすことに成功する。
巨人は時折、俺たちの想像を超えた動きを見せることがある。そういった時、特に後衛部隊の人間たちが自らを自分たちの手で守れるよう、生成したまま放たずに空中に待機させていた魔術たち。
不格好に着地した巨人を、全体の指示役でもある俺を含む中衛の人間が囲む。
どうやら今の攻撃は、保険としての期待した働き以上のものがあったようだ。
巨人の胸部から頭部左側にかけてが大きく焼け爛れ、ポタポタと血が滴り落ちている。
片膝を付き、巨剣を地面に突き立てながら、もう片方の手を地面に付いた状態で苦痛に喘ぐように荒い呼吸を繰り返すも、残った右目から放たれる眼光は鋭く、未だ交戦の意思があることを悟る。
巨人がその気である限り、俺たちが手を抜くことは許されない。
「後衛部隊!距離をとりつつ魔術の準備を!」
後衛部隊の面々は、後退しながら魔術の生成を開始。
中衛の人間は巨剣の間合いに入らない位置で巨人を取り囲んだまま、攻撃をせずじっと剣を構えて様子を伺う。
前衛の人間は、半分が囲みに加わり、もう半分は俺たちと後衛部隊の間を埋める。
再び、巨人の咆哮が大気を揺らす。
「っ…!」
彼の体力の際限のなさには驚嘆する他ない。
少しでも気を抜けば、その迫力に今にも飲まれてしまいそうだ。
剣の柄を握り直し、一定間隔を意識して呼吸を繰り返す。
「春風!後衛の準備整ったぞ!」
後ろから中衛に回った拓海の声が届く。
「作戦通り、精度重視の攻撃を絶え間なく行わせてくれ!」
「あぁ!…後衛!攻撃かい…」
俺の指示に対する拓海の返事の後、後衛への指示と思われる彼の声が途中で止まる。
なんだ?何かあったのか?
疑問に思い、拓海へ呼びかけを行おうとしたその時、視界の端に巨人を囲む味方たちの間を抜けて、1人の男が巨人へと近づく姿が映った。
「…!」
その男は巨人のもとまで辿り着くと、俺たちへと正対して自身の両腕を地面と平行になるまでゆっくりと上げた。まるで巨人を俺たちから守るように。
鍛冶師の男だった。
彼は確か村長の家にて手錠に繋がれ、今も監禁されているはず。
どうやってここに?彼を捉えた村長自ら彼を開放したのか?
疑問で頭がいっぱいになる。
ふと彼の腕に視線を送る。
言葉を失った。
彼の腕、肘から先が、まるで俺たちが元居た世界において、紫外線から肌を守るために着用する黒い手袋、確かアームカバーとかいう名称だったか、それを着けているかのように真っ黒だった。
しかしよく見てみれば、その腕の形は歪で、自然な腕の曲線というものを描いておらず、所々欠け崩れているかのようで。
極めつけはその腕の先に付いているはずの指。
少なくとも俺には、その輪郭から5本の指を判別することができなかった。
「…これ以上はもう…やめてくれないか」
鍛冶師の男の声が静かに響いてくる。その言葉には、あるはずのない質量のようなものが感じられた。
男の目はこれ以上ないくらいに見開かれ、眉間には深く皺が刻まれている。
俺はついゴクリと生唾を飲み込んだ。
この場にいる誰もが、地面に足を縫い付けられているかのように動けないでいる。
「…どうして、ここに?」
焼け焦げた両腕を上げたままの彼に対しての問いを辛うじて捻りだす。
「…命を無駄…に…させないために…」
鍛冶師の男からは途切れ途切れの言葉が返ってくる。
なんだ?どこか様子が…?
その眼力や両腕の凄惨さに気を取られていたが、よくよく観察してみれば、息を荒げ、どこか足元も覚束ない様子が見て取れる。
次の瞬間、鍛冶師の男の身体からフッと力が抜けたと思うと、そのまま地に倒れ伏した。
「玄治、身体の調子は?」
「あー、多分大丈夫そうだな」
「そっか」
腕や肩を回しながら、調子を確認する玄治。その動きや表情を見て、俺はふぅと息を吐く。
これで玄治に後遺症でも残ろうものなら、これからの雲行きが怪しくなっていただろう。
玄治は巨人との戦闘によって全身、特に両腕を負傷していた。
これといった外傷は見当たらなかったが、内側の筋肉には多大なダメージを負っていたのだろう、ほとんど腕を動かせない状態になっていた。
それがここまで、それも短時間で回復させることができるのだから、治癒魔法というのは本当に便利で。
しかしそれでも限界はあった。
両腕が真っ黒に焼け焦げた鍛冶師の男は、未だ意識を取り戻していない。
見たところ熱があるようで、心労からくるものなのか、何かしら病原性のある菌によるものなのかはわからないが、魔法で癒すことはできないらしい。
加えて、彼の腕も元のように戻ってはいなかった
熟練の治癒魔術師たちの必死の治療により、真っ黒であった腕は肌色を取り戻した。しかし、そのためには焦げた部分を全て取り除く必要があり、炭化は場所によっては骨にまで至っていた。
結果として、今現在の鍛冶師の腕は、肌で全体が覆われているものの、内側を大分削り取られ、歪で細々とした姿となっていた。
そして何より目を引くのは、彼の両腕の、手首より先がないこと。
損傷のとりわけ酷かった手首周辺は、魔法をもってしても修復は不可能で、そのまま放置した場合、その傷がもととなって二次的な不幸が鍛冶師の男の身に降りかかる恐れがあった。
彼の治療にあたった人たちは、そんな懸念から意識を失ったままの鍛冶師の男の両手首を切断した。
どうして彼の腕はこんなことになっていたのか。
なんとなく予想はできる。だがそれはあくまでも予想であり、真相を知るには彼本人か、村長に訊いてみるのが一番だろう。
「おーい2人とも、手ぇ空いてんなら手伝ってくれん?」
ふと遠くから聞こえた拓海の声。
俺たちは拓海を手伝うために拓海の方へと近寄っていく。
彼の足元には、1人の衛士の亡骸と、薄汚れた1枚の大きな布切れがあった。
命を落とすきっかけとなったであろう傷痕や、その他いくつかの小さな傷とボロボロの革鎧。遺体からゆらりと漂ってくる血の臭いが鼻を刺激する。
つい目を逸らしたくなるのを堪えながら、協力して遺体を布の上に載せ、布の端を掴んで持ち上げ運んでいく。
そうして、たくさんの胴体部分が布で覆い隠された状態の遺体で埋め尽くされた場所まで来た。
辺りに充満する血の臭いで、腹の底からせり上がってくるものを堪えつつ、持ち上げていた衛士の遺体を置き、下に敷かれた布切れの端を遺体の首元と足元のところでしっかりと縛って遺体の首から下を包み隠すようにする。
そうしている間にも、次々と運び込まれてくる遺体の数々。
今回の戦争は、鍛冶師の男の乱入により双方共に戦闘継続の意思を失い、戦いを一時中断する運びとなった。
このまま再開の目処が立たなければ、引き分け、痛み分けという形で幕を引くことになるだろう。
いや、失われた命の数を考えると、牛人側の方が負けであると言えるかもしれない。
牛人たちの方へと目を向ける。
彼らもまた、俺たちと同様に遺体を一か所に集めている最中であったが、生き残っている者の数は俺たちよりも明らかに少なかった。
未だ多くの牛人の遺体がそこら中に横たわっていることに加え、負傷したまま治療の施されていない者で溢れている。
「そうだ玄治、千尋は?」
足元の自分の槍を拾おうとしていた玄治に、俺はそう尋ねた。
「他のけが人の治療に向かったはず。…なんか用でもあったん?」
「うん、ちょっと…」
玄治の質問に曖昧に頷きながら、周囲へと視線を配る。
「んー、あぁあそこ。…ほら何人か人が集まってる」
玄治の視線の先を見ると、確かに人垣の中に千尋の姿があった。
「ほんとだ。ありがとう玄治」
俺は玄治にそう告げ、小走りで千尋のもとへと向かう。
人垣のところまで来ると、千尋は1人の衛士の治療を行っている最中であった。
俺の後をついてきていたらしい、玄治と拓海が横に並ぶ。
彼女の治療している姿をしばらく黙って眺めていると、
「一通りの治療は終わりました。まだどこか痛むようなところはありませんか」
と、患部に添えるようにしていた両手を下ろし、治療を受けていた衛士の男にそう尋ねた。
「いや、もう大丈夫だ。それよりも他の負傷者のところへ行ってやってくれ」
「いえ、重傷者の治療の方はあなたで最後ですので、あまり急ぐ必要はないんです。遠慮せず、どこか不調があれば仰ってください」
「そうなのか。いやでも大丈夫。本当にどこも痛むところはないから」
「そうですか?それならよかったです」
千尋はにこりと微笑みながら衛士の男にそう告げると、立ち上がって周囲を見回すような素振りを見せる。
「千尋!ちょっといいか?」
千尋の手が空いた隙を見計らって彼女に声をかけた。
俺たち3人の姿を視界に捉えた千尋は、怪訝な顔をしながらこちらに近寄ってくる。
「どうしたの?」
「お疲れのところ悪いんだけど、ちょっとついてきてもらってもいい?」
「いいけど…。あ、もしかして他にもけがをした人が?」
「あーうん、まぁそうなるかな…」
「…?」
歯切れの悪い返答をした俺を、不思議そうな表情で見つめてくる千尋。
さすがに彼女には説明をしておいた方がいいか。
「実は…」
牛人たちとの戦争中、殺さずに無力化して放置した多くの牛人たち。
おそらく魔術を扱えない彼らの傷を癒して欲しいという旨を話す。
俺が説明している間、玄治が無表情で自身の槍を見つめているのが少し気になった。
「そうなんだ。それじゃあ急がないと」
「…ありがとう」
俺たちはけがをしたまま動けないでいたとある牛人1体の傍へ近寄っていく。
近づいてくる俺たちのことを認識した牛人は、警戒するような素振りを見せた。
持っていた槍を地面に置く玄治。
俺たちは交戦する意思がないことを伝えるために、両の掌を広げて肩よりも上に持ち上げてゆっくりと彼に近づいていく。
そうして彼の傍まで来ると、その足の怪我を確認した千尋はすぐに治癒魔術による治療を始めた。
驚く牛人を他所に、千尋の治療は進む。。
「玄治、それじゃ千尋のことは任せてもいいか?」
「ん、おっけー」
「ありがとう。それじゃ拓海、俺たちは他のところに向かおう」
出血が止まり、だんだんと傷が塞がっていく様子を確認した俺は、玄治にここを任せて他に手の空いた治癒魔術を扱える者がいないか探しに向かう。
「あ、日向、中森!」
日向未菜ひなたみな。彼女もまた治癒魔術を扱える人間の1人で、彼女の隣にいる中森梓なかもりあずさは未菜の高校時代からの友人らしい。
「橘さん。どうかしたんですか?」
2人は俺の方へ視線を向けると、梓の方が返事を返してくれた。
「うん、ちょっと日向に用があって」
「?私ですか?」
不思議そうな顔で首を傾げる未菜。
千尋に行った話と同様の話を彼女にも伝えた俺は、未菜からの了承を受け、先程の千尋の時と同様けがをした牛人のもとへと案内をしてその護衛を拓海に頼んだ。
俺はそうして牛人たちの治療とその治療を請け負った者の護衛を頼んで回った。
俺の頼みを受けてくれた味方たちの尽力により、負傷した牛人たちの治療が全て済んだあたりで、戦闘中断の知らせを受けた村長と村に残った人たちが姿を見せる。
彼らは寝かされている遺体たちをその視界に捉え、傍まで駆け寄っていく。
立ち尽くして言葉を失う者。泣き崩れる者。
「慎二君!」
1人の少女が悲鳴染みた声を上げると、肩甲骨あたりまで伸ばした黒髪を振り乱してとある遺体へと駆け寄った。
今回の作戦が開始して少し経ち、牛人たちの反撃が始まった一番初め、俺たちが牛人たちの身体能力まるで把握できていなかった時に、牛人1体に対してこちらも1人で応戦してしまい、その結果、力で圧倒されて押し倒されでしまった慎二は、胸に剣による刺突を受けてそのまま絶命した。
「そんな…」
慎二の傍まで来た雫は一言そう呟くと、膝から崩れ落ちてしとりしとりと涙を流し始める。
雫の後に続いてきた慎二や雫の向こうの世界からの友人たちも、一様に絶句し、顔を悲しみに歪めた。
辺りが嗚咽の音や叫び声などでだんだんと満たされていく。
真っ白になった犠牲者たちの顔を見つめ続ける彼ら彼女らの姿を見ていられず、俺はつい顔を伏せた。
俺が自身の葛藤とちゃんと踏ん切りをつけて戦闘に臨んでいれば、失わずに済んだかもしれない。
人殺し。そう罵られても仕方がないだろう。
「どこ行くんだ」
「…え?」
ふと後ろからかかった声に、俺は振り向くと、そこには拓海が静かな表情で立っていた。
「どこ行くって…」
拓海の発言の意味が一瞬分からなくなる。
俺は別にどこにも行く気はなかった。ただ突っ立ったまま、あの悲しい光景を見ていられずに少し考え事に耽っていただけ。
「お前、自分の足を見てみろよ」
拓海に促されるまま、俺は自身の足に視線を送る。
俺の右足は、明らかにあの遺体たちの周囲を取り囲んでいる人だかりに向かって1歩踏み出した状態で、その足裏を地につけて停止していた。
どうして?
足を動かしたつもりはなかった。しかし現に俺が足を動かした形跡がある。
訳が分からず、思わず拓海の方を見る。
全く動じることのない、ただ静かなその瞳が俺を見据えていた。
「なぁ春風、お前もう休めよ。…ほら、一回そこ座れ」
顎を軽くしゃくって、俺にこの場に座るよう言う拓海に従い、俺は腰を下ろした。
「お前、あれ見ながら一体なに考えてた」
俺に続くようにその場に腰を下ろした拓海は、多くの人が悲しんでいる様を眺めながら、そう俺に尋ねてくる。
「なにって、それは…」
どう答えたらいいものか。先程までの自身の思考の全てを話してしまうのは少し気が引ける。
「俺たちはあれには加われねぇからな」
「そんなことわかってるよ」
念を押すような拓海の言葉。そんなのは当たり前のことだ。
あの場にいる人間はみんな、本物の悲しみを抱いている。
俺たちも、仲間を失ったという点ではあそこにいる人たちと変わりはない。だが、悲しみの大きさには天と地ほども差があるだろう。俺たちと、慎二や他の衛士たちとの間にはたった1、2か月程度の付き合いしかないのだ。その悲しみを共有することはおろか、推し量ることさえできない。
「お前は十分頑張ったよ」
「…人が亡くなってるんだ。頑張りなんて言い訳にもならないよ。…それに俺は、迷ってばかりでちゃんと戦えてなかった」
「あぁ。…でもそれはお前だけじゃねぇ。俺も含めた、こっちの世界に連れてこられた連中全員が足を引っ張ってたんだ。お前1人迷わなかったとしても、状況に大した変化はねぇだろうよ」
確かに俺は弱い。俺1人が全力を尽くせたとして、何かを変えられるようなものではないかもしれない。
それでも…。
「相変わらずお前は自分に厳しいな。…なぁ春風、出来なかったことじゃなく、出来たことについて考えてみようぜ」
「出来たこと…?」
「あぁ。お前はこの戦いで、たくさんの人を率いて戦った。お前の指示がなければ、今頃俺たちは死んでいたかもしれねぇ」
「それは特別俺じゃなくても、それこそ玄治や拓海なら出来たことじゃないか?」
「それはただ能力だけを見た時の話だろ?実際に行動できたのはお前だけじゃんか。どんなに力があっても、それが発揮できた春風と、出来なかったそれ以外とでは雲泥の差があんだろ」
「……」
拓海の言っていることは確かに正論ではあるのかもしれない。だが、正しいからといって納得できるわけではない。
「…ふぅ、まぁ納得できないのならしゃーないけどよ。ただこれだけは言える。お前はたくさんの人を導き、救ったんだ。その功績は決して卑下されるべきものじゃない。…一昨年、俺たちが決勝まで行けたのだって、お前の尽力があってこそだったんだ」
「!」
去年。決勝。
それらの単語に、突然かさぶたが剝がされたかのような痛みが走った。
「はぁー。…ハハ、なんだ気付いてたのか」
「あぁ。悪かったな、何もしてやれんくて」
「いや…うん、もう大丈夫だ。心配かけたな」
「…ふぅ、そうか」
拓海は安堵したような表情を浮かべると、彼が纏っていた張り詰めたような空気が弛緩する。
急に身体が重くなったような、そんな感覚がして、俺はそのまま上体の力を抜いて地面に寝そべった。
そんな俺の様子を見た拓海も、同じように地面に転がる。
2人して、未だ暗い空をしばらく黙って眺め続けた。
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