第4話 事の始まり3

 何やら周りが騒がしい。ただ、なんとなく違和感があるというか、喧噪が微妙に遠い気がする。そう思いながら目を開けると、真っ先に視界に映り込んできたのは見たことのない街並みであった。


 ところ狭しと立ち並ぶ木材を組み合わせた建物の数々と、一切舗装のされていない、ただただ踏み均されただけの地面。


 現代の日本とは文明レベルがまるで違い、まるでタイムスリップでもしてしまったかのような感覚に襲われる。


 意識を失っている間に一体何が起こったのか。


 いや、もうどれだけ考えても無駄なのかもしれない。相次ぐ理解不能な現象に、俺は思考を放棄しかけていた。


 ふと視線を下げる。俺は次は少し小高い丘のような所に寝ていたらしい。


 そういえばさっきから、ガヤガヤとした話し声が耳に入っていたんだったか。確かにそこかしこに会話を交わしている人たちがいる。


 こちらをジロジロと、値踏みでもするかのように見ている者、チラチラと窺うようにしている者など様々だが、こちらに近づいてくるような気配はない。


 こうして大勢の見ず知らずの他人から注目を浴びるのはあまりいい気分ではなかった。


 早いところここから移動したい。そう考えて、既にだいたい起き上がっていた友人たちと少し話した後に立ち上がり、移動を開始しようとしたその時、人ごみの中からパンパンと手を叩く音が響いた。


「おーら、解散しろ解散。お客人に対して失礼だろう」


 そう言って、こちらに近づいてくる1人の男。顔にいくらか刻まれた皺などからみて年齢は40代半ばから50手前ほどだろうか。それにしても、随分と体格が良い。身長185センチでそこそこがっしりした体型の玄治よりも更に一回りほど大きく、近づかれるだけで少し圧倒されそうになる。


「申し訳ない、お客人方。町の者たちが失礼な真似をした。よく言い聞かせておくからあまり気を悪くしないでほしい」


 後頭部を手でかきながら、申し訳なさそうな表情を浮かべる男。


「さて、まずは自己紹介からか。俺はこの村の村長をしてるジンガっていうもんだ。よろしく頼むな」


 ジンガと名乗った男は微笑みながら、俺たち全員に視線を送った。その間に俺とも目が合う。つい会釈を返したが、それを見たジンガは満足そうに頷いた。


「ひとまず手配しておいた宿の方にお前さんたちを案内しようと思うんだが、何か不都合とかはあるか?」


 再度ジンガは俺たち全員を見回した。俺もみんなの反応が気になって見回してみる。黙り込んで考え事をしている人やヒソヒソと相談かなにかをし始めている人たちなど、みんなジンガに従うべきなのかどうか迷っている様子だった。


 かくいう俺も、正直な話かなり迷っていた。右も左もわからないこの状況において、ジンガという存在は一筋の光のように思えるし、俺たちを騙そうとしているようにも見えない。ただ、これだけ不可思議なことが立て続けに起こると、どうしても警戒してしまう。


 ジンガの方をチラリと窺うと、彼は俺たちのことを静かに見守るように眺めていた。


 不意に背中を誰かにつつかれ、後ろを振り向く。そこには玄治がいた。


「迷ってても仕方ないぞ?ほら、みんなに呼び掛けてくれ」


「いや呼び掛けるってなにを?というかなんで俺?」


「みんなをジンガって人に従うよう誘導すんだよ。俺じゃああんま声通らないし」


「いやそれ別に俺じゃなくても…」


 軽い調子で笑みを浮かべながら顎をしゃくって前へ出るよう促してくる玄治。


 こいつ、相変わらず適当というか、軽いというか…。


 そもそも玄治からは、他のみんなが抱いている不安とか戸惑いといったものがあまり感じられない。どうして彼はここまで落ち着いていられるのか。


「ほら立って。大丈夫、お前はできる男だって」


 そう言って、玄治は俺を腕で押し出そうとしてくる。


 ただ、玄治の言うことも一理あるのは確かだ。ジンガの案内を断ったとしても俺たちだけで果たしてどうにかできるものなのか。


 ジンガの案内を受けるのであれば早いところ返事をした方がいい。彼は今のところ頼ることのできそうな唯一の人間である。待ちぼうけさせて機嫌を損ねられるのはまずい。


 はぁ…やるしかないか…。


 正直、こういったみんなを先導するような真似は苦手だし、向いていないとも思う。本当、玄治の気まぐれも勘弁して欲しいものだ。


 なんとか自分の中で折り合いをつけ、みんなに呼び掛けをするために立ち上がる。


「あー、みんないいかな。こうして迷ってても仕方ないし、ひとまずジンガさんの案内を受けてみないか?」


 全員に届くよう、気持ち張り上げ気味の声で呼びかける。全体に視線を送りつつ、知り合いのいる辺を重点的に、念を送るように見つめる。


 というか、まず言い出しっぺの玄治が真っ先に俺の後に続くべきなんじゃないか。俺は俺の方を見てうっすらとニヤついている玄治を睨みつけた。


「そうだな」 「迷ってても埒が明かないか」


 玄治以外の知り合いたちは俺の視線の意味をちゃんと理解してくれたようで、続々と立ち上がり、俺の方に近寄って来てくれる。玄治もそれに続いた。


 俺たちの行動に呼応するようにして、他の人たちの表情からも迷いがとれていく。程なくして、全員が立ち上がり、追従の意思を見せた。


「ジンガさん、俺は橘春風といいます。案内よろしくお願いします。」


 一応この場の取りまとめ役となった俺が代表して挨拶をした。


「タチバナハルカ…随分と長い名前だが、もしかしてお前さんたちの世界ではそれが普通なのかい?」


「え?いえ、橘というのが名字で春風の方が名前なんですが…」


 というかこの人、客人とか別の世界とか、もしかして俺たちのこの状況についての知識があるのか?そうであればなにかしら話をしてみたい。


「ミョウジ…?ふむ、異世界の文化か…」


「あの、少しお伺いしてもいいですか」


「ん?なんだ?」


「俺たちについて何か知っていることがあれば教えて頂きたいのですが…」


「お前さんたちについて?ふむ…そうだなぁ、俺が知ってることといえばお前さんたちが俺たちの世界を救いに山の賢者様にこことは別の世界から召喚されたってことくらいだが…」


「なるほど…そうですか…」


 やはりここは俺たちがいた世界とは全く別の世界らしい。正直あまり信じたくはなかったが、これまで数々の不可解な出来事を経験してきている以上、納得せざるを得ない。


「んじゃ今度はこっちから質問してもいいか?お前さんたちの世界のこと、色々聞かせてもらいたいんだが…」


「あぁ、はい。いいですよ」


 そうして宿に案内をしてもらう傍ら、俺はジンガさんとお互いの世界についての話をした。

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