第3話 事の始まり2

 目を覚ますと真っ先に目に映ったのは、視界全てを覆いつくす青。ここまで何者にも遮られない空は現代の日本ではなかなかお目にかかることができないものだ。ぼーっとそんなことを考えている内に、だんだんと頭が覚醒してくる。


 見覚えのない場所。見覚えのない風景。


 自分の置かれた状況の理解不能さに少しずつ焦りと不安が込み上げてくる。


 俺はどうしてこんなところで…?


 ふと周囲から人の気配を感じ、見回してみる。俺の他にも既に何人かが上体を起こし、困惑した様子で辺りを見回している。その中に見知った顔を見つけた。


「拓海!」


 俺は立ち上がり、拓海の名前を呼びながら近づいていく。俺の声に反応した拓海は勢いよく首を振って辺りを見回し、こちらを振り向いた。


「春風!」


 拓海も慌てて立ち上がり、こちらに近寄ってくる。


「これどうなってんだ?俺らなんでこんなとこに!?」


「それは俺だって聞きたいよ!」


 完全に動揺してしまっていた俺たちは周囲のことも気にせず、そう声を荒げ合ってしまう。


「おーい2人とも、まぁ落ち着けって」


 ふとそんな声が聞こえ、声のした方を向く。そこには大学の所属学科、サークル共に俺たち2人と同じでよくつるむ友人の玄治がいた。


「玄治!」


「お前もいたのか!」


 俺たち2人の慌てぶりに比べ、玄治はずいぶんと落ち着いているように見える。


「俺ら以外にも知り合いが結構いるみたいだぞ」


 そう言って玄治は順に指差していく。ここにいる3人以外の知り合いはまだ眠ったままのようだったが、俺たちを含めると10人ほどの知り合いがこの訳のわからない現象に巻き込まれているようだ。


「玄治はここがどこだかわかるか?」


「いや、俺もここがどこかはわかんねぇや」


「そっか…」


「ひとまず知り合いだけでも起こした方がよくねぇか?」


「そうだな…」


 3人で手分けして友人たちを起こしていき、知り合い、俺を含め10人が全員集合した。顔を突き合わせ、何度か言葉を交わすも、この状況について誰一人知っている者はおらず、みんな一様に困惑した表情を浮かべたまま時間ばかりが過ぎていく。


 このままでは埒が明かない。ひとまず周囲をもっとちゃんと観察してみようか。


「俺、ちょっと周りを見てくるよ」


「あぁ、ちょっと待って。俺も行く」


 玄治も立ち上がり、俺の方に歩いてくる。


「あーやっぱ二手に分かれた方がいいか。俺あっちの方見てくるわ」


 そう言って玄治は向こうに歩いていく。俺は玄治とは逆の方向から見ていくことにした。


 この場所。だいたい20メートル四方程度の広さで、周囲に見えるのは果てしなく続く青空のみ。まるでここだけが下界から切り離されているのかと錯覚しそうになる。


 未だに眠っている人に気を付けながら外側へと歩いていくと、何かの破片のようなものが散乱しているのが見えた。かなりの量だ。それらは左右にそれぞれどこかへ向かって伸びていくように広がっていた。何か意味があるのかもしれない。


 チラリと玄治の様子を伺ってみる。すると、俺の視線に気づいた玄治が、俺が観察していた欠片と似たようなものををこちらに向かってひらひらと振ってみせてくれる。


 俺も一欠片拾い上げ、それをひらひらと玄治の方に向けて振る。俺の合図を確認した玄治はくるりと反転し、左右に首を振りながら歩き始める。周囲の観察を再開したようだ。


 俺はもう少し欠片を物色してみた。小学生の頃の社会科見学で見た土器を彷彿とさせるような感触がする。更に他の欠片も手に取って眺めてみるが、今度は先程の土器のような感触ではなく、もっとつるっとしていた。


 さすがに何もわからないな…。


 少しでも何か情報が欲しくて、こうしていくつか欠片を手に取ってはみたものの、特にこういったものに詳しいわけではない俺が、どれだけ眺めてみたところで何かがわかるということもなかった。諦めて他を探すことにしよう。


 欠片を割ってしまわないよう、そっと地面に置き、先に見える、青空と地面の境目を目指して歩く。


 目的のところまで辿り着き、恐る恐る下を見下ろしてみると、そこはほとんど切り立った崖のようになっており、心なしか崖下から服を引かれているかのような感覚がした。喉がゴクリと鳴る。


 視線を少し上げると、白いモヤとモヤの間から顔を出す緑が目に入った。それらはどこまでも遠くにまで続いている。


 俺たちのいるここは、どうやらここら一帯で最も標高の高い場所らしい。ホッと安堵の息が漏れる。


 こういった景色を、俺は今までの人生では経験したことはない。だが、日本のどこかには望める場所もあるのではないか。そう思うと、少しは不安も薄れるような気がした。


 さて、ひとまず友人たちに情報を共有した方がいいかもしれない。


 振り向いてみると、起き上がっている人の数はだいぶ増えていた。未だ横になっている人も次第に起こされていっている。


 俺たち以外にも知り合い同士で固まり、いくつかのグループが出来上がりつつあった。


 あちこち聞こえる困惑した声や悲鳴染みた声などが重なり、辺りがだいぶ騒がしい。


 そんな喧噪の中、友人たちのもとまで戻ると、既に玄治も戻ってきていた。


「あぁ、おかえり。そっちはどうだった?」


 この場にいる他の友人たちにもちゃんと聞こえるよう、少し大きめの声でさっき俺が見てきたことを伝えていく。


 続いて玄治も話し始めた。玄治は俺が見ていない他の3辺を手早く見回ったらしく、3辺のどれもが崖のようになっていたこと、散らばった破片はこの場にいる人たちをぐるりと囲むようにして散乱していたことが主な話の内容であった。


 話を総合すると、俺たちは四方が切り立った崖であるこの狭い土地の上で、奇妙な破片群に囲まれながらさっきまで眠っていたことになる。


 どうしてこんなところにいるのか。そもそもどうやって俺たちをここへ運び込んだのか。


 疑問は深まるばかりで一向に進展がない。辺りの空気が焦りと不安で満たされていく。


「そうだスマホ!スマホで救助を呼べば!」


 不意に、近くのグループからそんな声が上がった。


 スマホ!すっかり忘れていた!


 慌てて自分のズボンのポケットからスマホを取り出し画面の明かりを付ける。この場の雰囲気も心なしか明るくなったように感じられる。だが無情にも、画面端には「圏外」と表示されていた。


 思わず口から溜息が洩れ、全身から力が抜けていく。


 他のみんなも同様のようで、再びこの場が静寂に包まれる。


 他に打つ手はないだろうか。ひたすら考えを巡らせながら、視線を泳がせていると、玄治がどこかに視線を固定したままでいることに気付く。それにつられて俺も彼の視線の先を目で追う。


 いったい何時からそこにいたのか。視線の先には、フード付きの黒い外套で全身、頭頂部から足の爪先までがすっぽりと覆い隠された何かがいた。来ているものの背丈に比べ、外套の丈が長すぎて引き摺ったためだろう。裾がかなり薄汚れていた。


 あの外套の中身はなんだ。見た目から判断すれば、身長170センチ程度の細身の人間であるような気がするが、果たして本当にそうだろうか。どうも違和感がある。


 それに、なんとなく目を離すことができない。腕にうっすらと鳥肌の立つ感覚がする。


 やがて他のみんなも、あの黒い外套を着た何かに視線が吸い寄せられていく。この場に、先程まではなかった緊張感のようなもの生まれつつあった。


 不意に、黒い外套が身じろぎのようなことをしたと思ったら、今度は何か音のようなものが聞こえてくる。その直後のことだった。


「きケ!!」


 一帯に大銅鑼を叩いたような大音量が響く。明らかに人のものではない、複数の人間の声が混じっているかのような声。場の緊張感が更に増す。もはやあの黒い外套から目を離せる者などここにはいなかった。


「おマエたチのしめイは、きたノはテにすムこクリュうをフウイんするコとであル!」


 ふわりとフードから1枚の札が出てくる。それはゆらりゆらりと浮きながら独りでに俺の目の前まで来ると、急に事切れたようにゆっくりと落ちてくる。


 俺はそれを両手で受け取った。


「コくりゅうヲとうバツシたのチ、ソれをからダにはルことデふういンはカンりょうさレル!シめいヲハタしタとき、キかんハゆるサレルだろウ!」


 シメイとかコクリュウとかフウインとか。訳の分からない単語の羅列に、みんな茫然としている。


「何訳わかんねぇこと言ってんだ!ここはどこなんだよ!」


 俺たちとは別のグループを作っていた男が突然立ち上がり、黒外套に向かって怒鳴り散らしながらズンズンと歩いていく。


 男が例の破片が散乱しているところに右足を下ろそうとしたその時、男の姿が一瞬にして消え去った。


「いってぇ!」


 突然、後方で声がした。反射的にそちらを向くと、今さっき消えた男の姿がそこにはあった。男が怒鳴り始める前に座っていた場所だ。自身の腰に手を当て、痛そうにさすっている。


 一瞬、何が起こったのか分からなかった。あの黒外套がなにかしたのだろうか。もう一度黒外套に視線を送る。だが黒外套は、声を発し始める前に少し動いたっきりで、その後は一切動きを見せていない。


 すると突然、体が白い光に包まれていく。


「な、なんだ!?」


 他の人も同様のようで、みんな一様に戸惑っている。その間も、光は強さを増していく。


 視界が暗転した。

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